将棋の指し手の表示を含む動画にかかる著作権侵害の申告行為は、不正競争防止法に定める不正競争に当たるか?【大阪地裁令和6年1月16日判決】
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不正競争防止法とは?
不正競争防止法は、「事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置などを講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的」としています。
「不正競争」とは、以下のものをいいます(同法2条)。
- ①周知商品等表示の混同惹起(1号)
- ②著名な商品等表示の冒用(2号)
- ③他人の商品形態を模倣した商品の提供(3号)
- ④営業秘密の侵害(4号〜10号)
- ⑤限定提供データの不正取得等(11号〜16号)
- ⑥技術的制限手段の効果を妨げる装置等の提供(17号、18号)
- ⑦ドメイン名の不正取得等(19号)
- ⑧商品・サービスの原産地・品質等の誤認惹起表示(20号)
- ⑨信用毀損行為(21号)
- ⑩代理人等の商標冒用(22号)
不正競争防止法では、不正競争が行われた場合のさまざまな民事上の措置、刑事上の措置が定められています。
例えば、「不正競争」によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある場合には、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対して、侵害の停止又は予防を請求すること(=いわゆる差止請求をすること)ができます(同法3条)。
また、故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者に対しては、損害を賠償するよう請求すること(損害賠償請求)ができます(同法4条)。
このほか同法14条では、営業上の信用を回復するために必要な措置(信用回復に向けた措置)なども定められています。
会社の運営においては、他の事業者から営業上の利益を侵害される行為を行われてしまうことがあります。その場合には、不正競争防止法に照らして、適時・適切な対応を求めていく必要があります。
お困りの場合には、まず弁護士に相談してみることがおすすめです。

裁判例のご紹介(不正競争行為差止等請求事件・大阪地裁令和6年1月16日判決)
さて、今回は、将棋の指し手の表示を含む動画にかかる著作権侵害の申告行為は、不正競争防止法に定める不正競争に当たるか?が問題になった裁判例をご紹介します。
どんな事案?
この事案は、Xさんが、YouTubeなどに投稿した動画について、Y社がGoogleなどに対して本件動画がY社の著作権を侵害する旨の申告をした行為が、不正競争防止法2条1項21号の不正競争に当たるとして、Y社に対して、差止めや損害賠償などを求めた事案です。
何が起きた?
Xさんについて
Xさんは、YouTube(ユーチューブ。グーグル運営の動画配信サービス)やTwitCasting(ツイキャスト。モイ株式会社が運営する動画配信サービス)において、オリジナル動画を配信し、収益を得ている動画配信者でした。
Y社について
Y社は、インターネット上で、囲碁や将棋の実況中継などの番組を有料で動画配信することなどの事業を営む会社でした。
本件動画の投稿
Xさんは、本件の各動画(本件動画)をYouTubeやTwitCastingに投稿し、本件各動画はそれぞれ投稿の頃、閲覧可能な状態になりました。
本件動画は、Xさんが出演し、Y社が配信する将棋の実況中継から得た情報をもとに、即時、自らが用意した将棋盤面に各対局者の指し手を表示するなどして、視聴者が、視聴者同士またはXさんとのチャットでのコミュニケーションを行う内容となっていました。
ただし、本件動画内において、Y社が配信する動画の映像や画像、音声等は一切表示などがなされることはないものでした。

Y社の実況中継を見て、対局者の差し手を表示しました!
これをみてみんなとコミュニケーションを取っています!
Y社の配信の映像や音声などは一切出していないのでセーフです!
Y社による削除要請と動画の配信停止
Y社は、Xさんが投稿したYouTube動画が閲覧可能になった頃、グーグルに対して、著作権侵害による動画の削除要請を行いました。
これによって、YouTube上の本件動画は配信が停止されました。なお、Xさんは、これに対して異議申し立てを行い、Y社は期限内に回答を行わなかったことから、本件動画の配信停止は解除されました。
また、Y社は、Xさんが投稿したTwitCasting動画が閲覧可能となった日に、モイ株式会社に対して、著作権侵害による動画の削除要請を行いました。
これによって、TwitCasting上の本件動画は配信が停止され、削除されました。
Xさんがうちの動画の著作権を侵害している!
Googleなどに削除要請だ!


え?Y社さんの著作権は侵害してないですよ!
YouTubeの配信停止は解除されたけど、ツイキャスが削除されてしまった…
訴えの提起
そこで、Xさんは、Y社がGoogleなどに対して、本件動画がY社の著作権を侵害する旨の申告をした行為は、不正競争防止法2条1項21号の不正競争に当たるとして、Y社に対し、Xさんが配信する動画がY社の著作権を侵害する旨を第三者に告げることの差止め(同法3条1項)、動画配信プラットフォーム運営事業者に対して本件動画がY社の著作権を侵害しないことなどを通知すること(同法14条)を求めるとともに、損害賠償の支払いを求める訴えを提起しました。

争われたこと
Xさんの主張とY社の反論
Xさんは、次のような主張をしていました。

これに対して、Y社側は、Xさんの上記①、②の主張についていずれも否定し、削除申請は「虚偽の告知」に該当せず、また、Xさんの営業上の利益を侵害するものでもない、と反論していました。
争点
そこで、裁判では、
①Y社による本件削除申請が「虚偽の事実の告知」に当たるかどうか?
②Y社による本件削除申請がXさんの「営業上の利益」を侵害するかどうか?
などが問題になりました。
※なお、その余の争点については、本解説記事では省略します。
裁判所の判断
裁判所は、上記の各争点について、以下のとおり判断しました。
争点 | 裁判所の判断 |
---|---|
①本件削除申請が「虚偽の事実の告知」に当たるか | 〇(「虚偽の事実の告知」に当たる) |
②本件削除申請がXさんの「営業上の利益」を侵害するか | 〇(「営業上の利益」を侵害する) |
本判決の要旨(ポイント)
なぜ裁判所はこのような判断をしたのでしょうか?
以下では、本判決の要旨をご紹介します。
争点①(Y社による本件削除申請が「虚偽の事実の告知」に当たるかどうか?)について
まず、裁判所は、本件削除申請は、本件動画がY社の著作権を侵害していないにもかかわらず行われたものであり、「虚偽の事実の告知」に当たると判断しました。
「本件動画はY社の著作権を侵害するものではない(この点についてY社は争っていない。)にもかかわらず、本件削除申請は、グーグル等に対し、本件動画がY社の著作権を侵害する旨を摘示するものであるから、客観的な真実に反する内容を告知するものとして、「虚偽の事実の告知」に当たると認められる。
これに対し、Y社は、本件動画はY社の営業上の利益その他何らかの権利を侵害する旨を主張するが、本件削除申請が虚偽の事実の告知に当たるかどうかの判断とは無関係である上、本件動画によりY社の何らかの権利が侵害された事実も明らかでないから、採用できない。」
争点②(Y社による本件削除申請がXさんの「営業上の利益」を侵害するかどうか?)について
その上で、裁判所は、Xさんは本件動画配信によって収益を得ていたにもかかわらず、Y社による本件削除申請により少なくとも一定期間は収益を得られなくなったものであり、本件削除申請は「営業上の利益」に侵害に当たると判断しました。
「(…)Xさんは、ユーチューブ及びツイキャスにおいて、本件動画を配信して収益を得ていたところ、本件削除申請は、グーグル等のプラットフォーマーに対し、本件動画がY社の著作権を侵害する違法なものであることを摘示する内容であり、これによって、Xさんは、ユーチューブにおいては、別紙「Xさん動画目録」の「配信停止期間」欄記載の期間、動画の配信が停止されたことが、ツイキャスにおいては、動画配信によって収益を得ることが少なくとも一定期間停止されたことがそれぞれ認められる。そうすると、本件削除申請は、Xさんが本件動画の配信という営利事業を遂行していく上での信用を害するものとして、Xさんの「営業上の利益」を侵害したと認められる。
これに対し、Y社は、Xさんによる本件動画の配信は、Y社が配信する棋譜情報をフリーライドで利用するという著しく不公正な手段を用いてY社ら棋戦主催者の営業活動上の利益を侵害するものとして不法行為を構成することを指摘して、本件動画の配信に係る営業上の利益は法律上保護される利益に当たらない旨を主張し、これを裏付ける証拠として「王将戦における棋譜利用ガイドライン」(…)を提出する。しかし、棋譜は、公式戦対局の指し手進行を再現した「盤面図」及び符号・記号による「指し手順の文字情報」を含むものと認められるところ(…)、本件動画で利用された棋譜等の情報は、Y社が実況中継した対局における対局者の指し手及び挙動(考慮中かどうか)であって、有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報であると解される。同ガイドラインは、棋譜の利用権等を王将戦主催者が独占的に有する旨規定するが、王将戦主催者が、Xさんを含めたY社の実況中継の閲覧者の関与なく一方的に定めたものであり(…)、Xさんに対して法的拘束力を生じさせるものであるとはいえない。また、前記1のとおり、本件動画はY社の著作権を侵害するものではなく、その他、Xさんが、Y社の配信する棋譜情報を利用することが不法行為を構成することを認めるに足りる事情はない。したがって、Y社の前記主張は、その前提を欠き、採用できない。」
結論
裁判所は、上記各争点①、②の判断や他の争点の判断を踏まえて、本件動画がY社の著作権を侵害している旨を第三者に告げる行為の差止めや本件ツイキャス動画について信用回復措置をとることなど、Xさんの請求の一部を認める旨の判断を示しました。
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今回ご紹介した裁判例では、Y社が動画配信プラットフォーム運営事業者に対して、Xさんが配信した動画がY社の著作権を侵害する旨の申告をした行為が、不正競争防止法2条1項21号の「不正競争」に当たるのかどうか、「営業上の利益を侵害」するのかどうかなどが争われていました。
今日では、会社の運営において、動画配信なども営業に欠かせないツールとなってきていますが、動画配信については、他社から削除要請といったアクションを起こされる可能性も常に想定しておかなければなりません。ただ、違法な要請によって営業上の利益を侵害されるようでは困ってしまいます。
冒頭で述べたように、このような場合には、適時・適切な対応を求めていく必要があります。お困りの場合には、弁護士法人ASKにぜひご相談ください。
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