労働契約締結時の仲裁合意が認められるか?【ユナイテッド・エアーラインズ(整理解雇)事件】
- 国際的な取引契約においては、「仲裁により最終的に解決される」という条項が入っていることがあります。この条項が入っているときとどうなるのでしょうか?
- この条項は、「仲裁合意」といい、既に生じた民事上の紛争又は将来において生ずる一定の法律関係に関する民事上の紛争の全部又は一部の解決を一人又は二人以上の仲裁人にゆだね、かつ、その判断に服する旨の合意のことをいいます(仲裁法2条1項)。
仲裁は、当事者が仲裁人を選択できたり、国際的な取引において執行が容易になるといったメリットがある反面、仲裁人の判断に対する異議の申立てがほぼ不可能であったり、費用が高額になることがあるというデメリットもあります。
仲裁合意があるときに、当事者の一方が訴訟を提起した場合、被告となった人は仲裁合意があることを理由にその訴えを却下するよう求めることができます(妨訴抗弁。仲裁法14条1項)。また、このような訴訟が提起された後でも、仲裁の手続きを進めることは可能です(仲裁法14条2項)。
このように、仲裁合意の効力は非常に強力ですので、慎重に判断しましょう。特に、労働者の側にとっては仲裁合意が非常に重荷になることがあります。
詳しくは弁護士にご相談ください。
弁護士法人ASKの弁護士相談・顧問契約をご希望の方はこちらまで
仲裁とは
仲裁とは、当事者が仲裁合意に基づいて、紛争の解決を仲裁人(第三者)の判断に委ね、仲裁判断に従う紛争解決手続のことです。
仲裁は、国内の紛争においても利用されることがありますが、特に国際取引紛争の解決に多く用いられています。
そもそも当事者間で仲裁合意がなければ仲裁は成立し得ません。
他方で、当事者間に仲裁合意があるにもかかわらず、当事者の一方が裁判所に訴えを提起した場合、他方の当事者は、仲裁合意を理由として妨訴抗弁を主張することができます。
そして、妨訴抗弁が認められた場合には、訴えは却下されることになります(仲裁法14条1項)。
事件アイキャッチ-1024x576.png)
裁判例のご紹介(ユナイテッド・エアーラインズ(整理解雇)事件・東京地裁令和6年1月22日判決)
さて、今回は、そんな仲裁合意をめぐり、海外航空会社との紛争における仲裁合意の成否が争われた裁判例をご紹介します。
どんな事案?
本件は、海外航空会社のY社において客室乗務員として勤務していたXさんらが、Y社に対して、Y社が行った整理解雇が無効であると主張し、労働契約上の地位確認と民法536条2項に基づく未払賃金の支払いを求めた事案です。
何が起きた?
XさんらとY社
Y社は、米国イリノイ州シカゴに本社をおく国際旅客事業を営む航空会社でした。
Xさんらは、平成9年までにY社の客室乗務員の採用に応募し、同地に所在するY社の訓練施設において正式採用前の訓練を受けました。
本件合意書への署名
Xさんらは、正式採用前の訓練の際に雇用条件等に関する合意書(「Pre-Hire Agreement Regarding Terms and Conditions of Employment」:本件合意書)に署名しました。
本件合意書には、

などが規定されていました。
米国鉄道労働法とは
米国鉄道労働法は、運送業者の商取引または業務に対する妨げや事業中断を回避すること等を目的として、労働者と航空運送事業者間の紛争は原則として代表を通じた当事者間の協議によって解決されるべきことを定め、航空運送事業者については、労働契約の解釈適用に関する紛争について解決するための調整委員会を労使の合意に基づき設置することを義務付けています。
AFA協定とは
AFA協定は、米国鉄道労働法の規定を受けて、最終的な異議申立先をユナイテッド・エアーラインズ客室乗務員システム調整委員会(本委員会)として不服申立ての制度を設置していました。
そして、AFA協定の条項に基づき生じる紛争または不服について、付託を受けた本委員会の決定は、最終的かつ当事者を拘束するものと定められていました。
紛争解決条項の定め
また、本件合意書6項では、紛争解決条項が定められていました(本件紛争解決条項①部分)。
本件紛争解決条項①部分では、Xさんらの雇用条件に何らかの意味で関連するすべての請求、不服、訴因、紛争および訴訟は、AFA・ユナイテッドの不服申立手続き、および労使関係調整委員会の管轄に専属的に帰属することなどが規定されていました。
整理解雇の実施
Y社は、令和2年10月1日までに、新型コロナウイルス感染症による航空需要の減少を理由として、Xさんらが所属していた成田ベースを閉鎖することとしました。
そして、遅くとも同月8日までに、XさんらとY社との間の雇用関係は、同月1日をもって解消されたことを通知(本件解雇)しました。
訴えの提起
そこで、Xさんらは、Y社が行った整理解雇が無効であると主張し、労働契約上の地位確認を求めるとともに、労務提供を提供していないのはY社の責めに帰すべき事由によるものであるとして、民法536条2項に基づく未払賃金の支払いを求める訴えを提起しました。

問題になったこと(争点)
Y社が主張していたこと
Xさんらの訴えに対して、Y社は、仲裁法14条1項に基づき、本件訴えは却下されるべきであると主張していました。
仲裁法14条(仲裁合意と本案訴訟)
1 仲裁合意の対象となる民事上の紛争について訴えが提起されたときは、受訴裁判所は、被告の申立てにより、訴えを却下しなければならない。ただし(略)
2 (略)
争点
そこで、本件では、仲裁法14条1項に基づいて、Xさんらの訴えが却下されるべきか否かが主要な争点となりました。
裁判所の判断
裁判所は、XさんらとY社との間の仲裁合意の存在を理由としてY社の妨訴抗弁の主張を認め、本件訴えを却下しました。
判決の要旨
なぜ裁判所はこのような判断をしたのでしょうか。
以下では本判決の要旨をご紹介します。
仲裁契約の成立および効力の準拠法は米国法となる
まず、裁判所は、仲裁契約の成立および効力の準拠法について検討を行い、米国法が準拠法となると判断しています。
「(…)仲裁は、当事者がその間の紛争の解決を第三者である仲裁人の仲裁判断に委ねることを合意し、当該合意に基づいて、仲裁判断に当事者が拘束されることにより、訴訟によることなく紛争を解決する手続であるところ、このような当事者間の合意を基礎とする紛争解決手段としての仲裁の本質にかんがみれば、仲裁契約の成立及び効力については、法の適用に関する通則法7条により、第一次的には当事者の意思に従ってその準拠法が定められるべきものと解するのが相当である。そして、仲裁契約中で右準拠法について明示の合意がされていない場合であっても、仲裁地に関する合意の有無やその内容、主たる契約の内容その他諸般の事情に照らし、当事者による黙示の準拠法の合意があると認められるときには、これによるべきである(最高裁平成6年(オ)第1848号同9年9月4日第一小法廷判決民集51巻8号3657頁参照)。
本件においては、Xさんらの雇用条件が米国法にのみ準拠する旨明示的に定められており(本件合意書5項)、本件雇用契約の一部として定められている本件紛争解決条項①部分が仲裁合意に該当するか及びその有効性についても米国法に準拠して判断するのが相当である(…)。」
本件紛争解決条項①部分により有効な仲裁合意が成立している
その上で、裁判所は、米国鉄道労働法の規定やAFA協定によれば、本件紛争解決条項①部分により、米国法上、有効な仲裁合意が成立しており、また同部分は仲裁合意にも該当すると判断しました。
「米国鉄道労働法の規定は、(…)①同法は商取引又は業務事業に対する妨げ、同事業の中断を回避すること等を目的とし(45 U.S.C.§151a)、②労働者と航空運送事業者間の紛争は、原則として、代表を通じた当事者間の協議によって解決されるべきものであることが定められているほか(45 U.S.C.§181、§152)、②航空運送事業者については、労働契約の解釈適用に関する紛争について解決するための調整委員会を使用者と労働者間の合意に基づき設置することが義務付けられている(45 U.S.C.§184)。
AFA協定は米国鉄道労働法の上記の規定に従って、Y社とY社の客室乗務員を代表するAFAとの間で締結されたものであり、このうちAFA協定現行24条については、同法に定められた調整委員会を設置するために設けられたと認められるところ、同条によれば、AFA協定の条項に基づき生じる紛争について、Y社が選任した委員、AFAから選任された委員及び会社とAFAとの間の合意に基づき仲裁人名簿から選出される委員で構成される本委員会が審理を行い、その決定が最終的かつ当事者を拘束するものとされていると認められる。
これは、紛争の解決を第三者である本委員会に委ねる旨を合意したものであり、しかも米国鉄道労働法の上記の規定に従って調整委員会を設けたものであるから、本件紛争解決条項①部分により、米国法上、有効な仲裁合意が成立していると解すべきであるとともに、本件紛争解決条項①部分は仲裁法2条1項の仲裁合意にも該当するものといえる。」
本件合意書に署名したことにより有効な仲裁合意が成立している
なお、Xさんらは、仲裁合意が裁判を受ける権利の放棄を含む合意であること、労使間に交渉力格差があることを指摘し、仲裁合意が労働者の自由な意思に基づくものか、有効な仲裁合意の成否を慎重に検討すべきであるなどと主張していました。
しかし、裁判所は、Xさんらが本件合意書に署名し、拘束される旨の意思表示をしたことで十分であるとして、Xさんらの主張を排斥しました。
「(…)本件紛争解決条項を含む上記の条項が本件合意書に含まれており、Xさんらはこれに署名をしている以上は、XさんらとY社との間の契約内容となるというべきである。
(…)有効な仲裁合意が成立するためには、Xさんらが本件合意書に署名し、これに拘束される旨の意思表示をしたことで十分であり(…)、①Xさんらが主張する説明を受けること、②事前雇用契約締結時にAFA協定の交付を受けることが有効な仲裁合意の成立要件となるとは解されない。また、③AFA協定が個々の労働者の知らないところで変更され得るとしても、Xさんらは、包括的に雇用条件はAFA協定によるべき旨に同意しているのであるから(本件合意書3項、5項及び6項)、個々の労働者の知らないところで変更され得ることは、有効な仲裁合意の成立を妨げるものとは解されない。そして、Xさんらの雇用条件はAFA協定に定められており、これまでXさんらはAFAがY社と交渉して得られた雇用条件に関する結果を享受してきたこと、また、米国2021年包括予算割当法に基づく給与相当額補償プログラム及びY社とAFAとの間の労働協約に基づき17か月分の賃金相当額を受け取っていたこと(…)などに照らしても、本件合意書の中で、本件紛争解決条項についてだけXさんらに適用されないとする合理性は見いだせない(…)。
これらを踏まえると、本件紛争解決条項がXさんらとY社との間の契約内容に含まれない旨のXさんらの主張は採用できない。」
結論(Xさんらの訴えは却下される)
よって、裁判所は、本件紛争解決条項①部分は仲裁合意に当たり、本件訴えは本件紛争解決条項によって仲裁に付されるべきとされている紛争の範囲に含まれることから、Xさんらは、仲裁合意の対象となる民事上の紛争について訴えを提起したといえ、不適法であると判断しました。
「以上によれば、本件訴えは、仲裁法14条により不適法であるから、その余の点について判断するまでもなく、Xさんらの本件訴えは不適法である。」
弁護士にもご相談ください
今回ご紹介した裁判例では、労使間の仲裁合意の成否が争われました。
この事案では、Y社が、米国イリノイ州シカゴに本社をおく国際旅客事業を営む航空会社であったことから、このような仲裁合意の成否が問題になったともいえます。
ただ、労働契約締結時の労使間の合意の成否をめぐっては、本件のような国際的な紛争だけでなく、国内の労使間トラブルにおいても度々問題になります。
従業員との間の労働契約やその他の合意、覚書などの締結の際には、後に有効性や成否を争われることがないように慎重に進めることが大切です。
弁護士法人ASKの弁護士相談・顧問契約をご希望の方はこちらまで
労使トラブルについてお悩みのある場合には弁護士法人ASKにご相談ください。