労働問題

介護施設での変形労働時間制は有効?【クローバー事件】

当社は、横浜市内で介護事業を営んでいます。施設の性質上勤務形態が不規則なため、いわば慣行として、現場従業員に対しては半月ごとにシフトを作成して業務に当たってもらっていました。退職した従業員から、当社の勤務形態が「変形労働時間制を満たしていないじゃないか」と指摘され、残業代の請求をされています。半月ごとの変形労働時間制であっても、労使慣行として認められることはありませんか?
労働基準法では、一定の場合に、1日及び1週間の法定労働時間の規制にかかわらず、これを超えて労働させることができる制度を設けています(変形労働時間制)。変形労働時間制には、1か月単位、1年単位、1週間単位の3種類が規定されており、その他の類型はありません。それぞれ、導入できる要件や手続きが異なっており、これに違反した場合、変形労働時間制の適用が認められないことになります(労働基準法は強行法規です。)。永年、労使慣行として定着していたとしても、変形労働時間制の要件を満たさないと適用されないと考えられています。
詳しくは弁護士にご相談ください。

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変形労働時変形労働時間制とは

制度の概要

変形労働時間制とは、単位となる一定の期間を平均して1週間の労働時間が法定労働時間を超えない範囲において、当該変形労働時間においては、1日及び1週間の法定労働時間の規制にかかわらず、これを超えて労働させることができる制度です。

変形労働時間制の種類
  • 1か月単位の変形労働時間制
  • 1年単位の変形労働時間制
  • 1週間の変形労働時間制

1か月単位の変形労働時間制とは

1か月単位の変形労働時間制においては、1か月以内の一定期間を平均し、1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えない範囲内において、特定の日又は週に法定労働時間を超えて労働させることができます(労働基準法32条の2)。
この制度は、月末や月初に忙しく、月中との繁閑の差が顕著な事業に適しています。

1年単位の変形労働時間制とは

1年単位の変形労働時間制においては、1か月を超え1年以内の一定の期間を平均し、1週間当たりの労働時間が40時間以下の範囲内において、特定の日又は週に1日8時間又は1週40時間を超え、一定の限度で労働させることができます(労働基準法32条の4)。
この制度は、季節による業務の繁閑の差が大きい事業に適しています。

1週間単位の変形労働時間制(事業場の限定あり)とは

1週間単位の変形労働時間制においては、所定労働時間を1週間あたり40時間以内、1日あたり10時間以内と定め(特例事業も同様)、1週間単位で労働時間や休日を調整できる制度です(労働基準法32条の3)。
この制度は、日ごとの繁閑の差が激しく事前予測が難しい事業に適しています。
ただし、事業場における従業員数が常時30人未満の小売や旅館、料理店、飲食店の各事業においてのみ適用が可能な制度であるため、事業場の限定があります。

どの労働時間制を選んだらよいの?

このように変形労働時間制にはたくさんの種類があるため、一体どれが自社に最適なのか悩んでしまうこともあるかもしれません。
変形労働時間制を含めた適切な労働時間制の選択方法は、厚労省徳島労働局のHPにおいて、次のような図が示されていますので、参考にしてみてください。

【変形労働時間制(厚生労働省徳島労働局HP)参照】

変形労働時間制を導入するには?

変形労働時間制を導入するためには、次のようなステップが必要です。

1か月単位の変形労働時間制の場合労使協定を締結して所轄労働基準監督署に届け出るか、就業規則またはこれに準ずるものに制度の定めをする。
1年単位の変形労働時間制の場合労使協定を締結して所轄労働基準監督署に届け出る。
1週間単位の変形労働時間制の場合労使協定を締結して所轄労働基準監督署に届け出る。

変形労働時間制を定めても割増賃金の支払いは必要

なお、よく誤解されることが多いのですが、変形労働時間制を採用していれば、残業代をまったく支払わなくてよいということではありません。
仮に法定労働時間を超える所定労働時間が定められた期間において、労働者を所定労働時間を超えて働かせた場合などにおいては、会社は労働者に対して割増賃金(労働基準法37条)を支払う必要がありますので、注意が必要です。必要です。


裁判例のご紹介(クローバー事件・静岡地裁沼津支部令和5年3月27日判決

さて、今回は、介護施設での変形労働時間制の適用の有無が争われた裁判例(クローバー事件)をご紹介します。

どんな事案?

本件は、Y社との間で雇用契約を締結し、介護施設で介護職として勤務していたXさんらが、Y社に対して、未払割増賃金の支払いなどを求めた事案です。

なにが起きた?

Y社について

Y社は、居宅介護支援事業などを目的とする会社であり、平成29年5月1日付でオアシスという会社から、同社が静岡県沼津市で運営していた介護事業の譲渡を受け、住宅型有料ホームである施設(本件施設)を運営していました。
本件施設の主な業務は、施設介護・訪問介護と通所介護から構成されていました。

XさんらとY社の関係について

Xさんらは、Y社との間で労働契約を締結し、本件施設において介護職等として勤務していました。
Xさんらの多くは、Y社がオアシスから事業譲渡を受ける前、オアシスから雇用されて本件施設で業務に従事していました。

シフト制の実施

Xさんらのうちシフト制である職員の勤務時間を示すシフト表は、施設長において、当該職員から勤務日に関する希望を聞いた上で、毎月16日から同月末日までと、翌月1日から同月15日までの半月ごとに作成されていました。
このシフト表は、オアシスが事業主体であった当時に用いていたフォーマットをそのまま使用して作成しているものであり、事業主体がY社に替わったあとも、オアシスが運営していた当時と同様に、半月単位でシフト表を作成する運用が踏襲されていました。

労働時間の管理

本件施設では、職員にICカードを貸与し、タイムワークスという管理Systemにより出退勤時刻を管理していました(職員が事務室の読み取り機にICカードをかざすと出退勤時刻が記録され、この時刻が勤務月報に記載される。)。
また、本件施設では、時間外労働の前または後に職員が施設長に対し、「早出・残業・休出指示・承認記録表(本件残業指示書)を提出し、施設長から時間外労働についての承認を得るという方式が採用されていました。
この申告にあたっては、時間外労働時間は、15分単位で記載することとされていました。

訴えの提起

Xさんらは、Y社は、Xさんらの労働時間に応じた割増賃金を支払うべきところ、これを支払っていないと主張して、未払割増賃金の支払いなどを求める訴えを提起しました。

争われたこと(争点)

本件では、Xさんらの労働時間や割増賃金の基礎となる賃金の範囲、職位手当の充当の可否などさまざまな点が争いになりました。

中でも、Y社は、Xさんらの訴えに対して、変形労働時間制が適用されることを主張していたことから、Xさんらに対して変形労働時間制が適用されるかどうか?が問題になりました。

変形労働時間制に関するY社の主張

Y社は、Xさんらに対して、①1か月単位の変形労働時間制が適用されること、また②仮に①の適用がないとしても労使慣行として半月ごとの変形労働時間制が成立していることを主張していました。

裁判所の判断

しかし、裁判所は、Xさんらに対して変形労働時間制は適用されず、Y社は、Xさんらの労働時間に応じた未払割増賃金を支払う義務があると判断しました。

Y社の主張裁判所の判断
①1か月単位の変形労働時間制が適用される×(適用されない)
②仮に①の適用がないとしても労使慣行として半月ごとの変形労働時間制が成立している×(成立していない)

本判決のポイント

①1箇月単位の変形労働時間制が適用されるかどうか?

裁判所は、1か月単位の変形労働時間制の適用について、これまでの判例の判断枠組みを示した上で、「本件施設において作成されるシフト表は半月ごとのものであることを指摘し、このような内容では「単位期間(一箇月)内の各週、各日の所定労働時間を特定するものではないから、本件施設について、一箇月単位の変形労働時間制が適用されるものとは認められない」と判断しました。

「労働基準法32条の2の定める一箇月単位の変形労働時間制は、使用者が、就業規則その他これに準じるものにより、一箇月以内の一定の期間(単位期間)を平均し、一週間当たりの労働時間が週の法定労働時間を超えない定めをした場合においては、法定労働時間の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において一週の法定労働時間を、又は特定された日において一日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり、この規定が適用されるためには、単位期間内の各週、各日の所定労働時間を就業規則において特定する必要があるものと解される(前掲最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決)。
この点に関し、Y社は、本件施設では、就業規則第10条2項の勤務パターンによるシフト勤務体制とされ、また、休日は、就業規則第11条のとおり、勤務シフトにより定めているから、XさんX2ら12名については、一箇月単位の変形労働時間制が適用されている旨主張する。
しかし、仮に、Y社の就業規則の定めとシフト表の作成により、所定労働時間の特定がされると解する余地があったとしても、そもそも本件施設において作成されるシフト表は半月毎のものであり、単位期間(一箇月)内の各週、各日の所定労働時間を特定するものではないから、本件施設について、一箇月単位の変形労働時間制が適用されるものとは認められない。」

②半月毎の変形労働時間制が成立しているかどうか?

また、裁判所は、XさんらとY社との間で半月ごとの変形労働時間制の適用について共通認識が形成されていたとはいえず、そのような労使慣行が成立していたともいえない、と判断しました。

「本件施設では、勤務シフト表を半月毎に作成することが続いているが、職員との間で、これが変形労働時間制の運用によるものであるとの共通認識が得られた形跡はなく(かえって、XさんX2、XさんX3、XさんX4、XさんX5、XさんX6、XさんX7、XさんX8及びXさんX13とY社との間の雇用契約書(…)では、変形労働時間制に関する記載に×印が付されている。)、また、職員において、就業規則によらない変形労働時間制の導入を許容していたとみるべき事情も見当たらない。
そうすると、半月毎の変形労働時間制の運用について、労使慣行が成立していたとは認められない。

また、上記のとおり、変形労働時間制を適用するためには、就業規則その他これに準じるものにより、一箇月以内の一定の期間(単位期間)を平均し、一週間当たりの労働時間が週の法定労働時間を超えない定めをすることを要するところ、Y社の就業規則には、半月毎の変形労働時間制に関する規定はない。労働基準法32条の2の規定は、原則的な労働時間制の一定期間内での時間配分の例外であるから、仮に、Y社のいう労使慣行が成立していた場合でも、強行規定である労働基準法の基準に達しない労働条件は無効であるといわなければならない。」

弁護士にもご相談ください

今回ご紹介した裁判例では、1か月単位の変形労働時間制の適用の有無が争われました。

変形労働時間制の運用にあたっては、

  1. 就業規則その他これに準ずるものにより、変形時間における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、
  2. 就業規則において定める場合には労働基準法89条により各日の労働時間の長さだけでなく、始業及び終業時刻も定める必要があり、
  3. 業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき、各日の勤務割は、それに従って、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りる

と解されています。

このように変形労働時間制の運用において、勤務割を用いる場合には、対象従業員に対しては、起算日の前までに各日の労働時間を定めた勤務割(いわゆるシフト表)を作成して、通知する必要があり、厳密な運用が求められます

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変形労働時間制を導入したい場合には、事前に専門家に相談することがおすすめです。
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