【判例解説】仕事中に同僚からの暴力で怪我をした!これは労災?
職場内の人間関係はとても難しいものです。
配属先の同僚や上司とそりが合わずに衝突してしまったり、部内の雰囲気が悪くて暗い気持ちになってしまったり、上層部の働き方に不満があるけど声に出せなかったり、ハラスメントに苦しめられたり、何かの拍子に意図せず同僚を怒らせてしまったり、…と人間関係をめぐる悩みは尽きません。
そんな職場で業務中に同僚から暴力を受けて負傷してしまったときにも、労災として認められるのかが争われた事件がありました。
丸裕事件 名古屋地裁令4. 2. 7判決
事案の概要
Aさんは、ホテルの従業員として、フロント業務に従事していました。
平成30年12月24日、Aさんは、同じホテルの従業員Bさん(この当時、統合失調症に罹患しており、約2か月に1回通院をしていました。)と調理業務に従事していました。
Bさんは、同日午後11時頃、調理をしていたAさんに対して、「次、僕何したらいいですか?」と尋ねたことから、Aさんは、「ウインナーの盛り付けをお願いします。」と答えました。
ところが、Bさんは、「やったことないんで、分かんないっす。」と述べたので、Aさんは、身体は調理場に向けたまま、顔だけをBさんの方に向けて、「前教えましたよね。」「昨日も盛り付けしてましたよね…」と言いかけました。
すると、Bさんは、突然背後からAさんの背中を蹴り、Aさんをつかんで引っ張り、床に倒す暴行を加えました。
Aさんは、Bさんの暴行によって傷害を負い、平成31年4月20日まで労働できない状況になってしまいました。
そこで、Aさんは、処分行政庁に対して、療養補償給付と休業補償給付の支給を請求しましたが、処分行政庁は、負傷の原因と業務との間に相当因果関係が認められないとして、不支給とする決定をしました。。
Aさんは、この処分行政庁の決定を不服として、愛知県労働者災害補償保険審査官に審査請求をしましたが、棄却されてしまったため、名古屋地方裁判所に対して、処分行政庁の不支給決定処分を取り消すよう求める訴えを提起したという事案です。
争点
本件の争点は、Aさんの負った傷害に業務起因性が認められるか否かです。
すなわち、「他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについて」(平成21年7月23日付基発0723第12号都道府県労働局長宛て厚生労働省労働基準局長通知)は、「業務と他人の故意に基づく暴行による負傷との相当因果関係の判断について、「業務に従事している場合又は通勤途上である場合において被った負傷であって、他人の故意に基づく暴行によるものについては、当該故意が私的怨恨に基づくもの、自招行為によるものその他明らかに業務に起因しないものを除き、業務に起因する又は通勤によるものと推定することとする。」(本件基準)としているところ、本件基準の適用の有無と解釈が争われました。
判決の要旨
判断枠組み
労働者の負傷等を業務上のものと認めるためには、業務と負傷等の間に相当因果関係が認められることが必要であり(最二小判昭51・11・12)、また、労働者災害補償保険制度が、労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、相当因果関係を認めるためには、当該負傷等の結果が、当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価し得ることが必要である(最三小判平8・1・23、最三小判平8・3・5)。
そして、厚生労働省は、他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについて本件基準を策定しているところ、本件基準は、裁判所を法的に拘束するものではないものの、労働者が現場での業務遂行中に他人の暴行という災害により負傷した場合、当該暴行は、本件基準で除外されている場合を除き、労働者の業務に内在又は随伴する危険が現実化したものと評価できるのが通常であるから、本件基準はその内容に照らしても合理性を有するといえる。
したがって、業務遂行中における他人の故意に基づく暴行による負傷の業務起因性の有無については、本件基準の内容を参考にしつつ、個別具体的な事情を総合的に考慮して判断するのが相当というべきである。
業務起因性の有無
本件において、Aさんは、業務遂行中におけるBさんの故意に基づく暴行により本件各傷害を負うに至っており、本件基準の内容を参考にすると、本件各傷害は業務に起因するものと推定されるところ、本件事件がBさんのAさんに対する私的怨恨或いはAさんの自招行為であるとは認められないから、この推定が覆されることはなく、Aさんの業務に内在又は随伴する危険が現実化したものと評価される。 したがって、Aさんの傷害は業務に起因するものと認められる。
結論
本件各傷害について業務起因性を否定し、Aさんの療養補償給付及び休業補償給付の各請求について支給しないとした各処分は、いずれも判断を誤る違法なものであり、Aさんの取消請求は認められる。
解説
業務中に、同僚や顧客から暴力を受けて負傷したり、最悪のケースでは命が失われたりすることがあります。
この場合、加害者に対して損害賠償を求めることはできますが、加害者に十分な賠償能力がなく、最終的に賠償金を回収することが困難であることは珍しくありません。
労災保険の利用を検討したいところですが、判例によれば、労働者の負傷等が業務上のものであるといえるためには、業務と負傷等の間に相当因果関係が必要であり、当該負傷等の結果が、当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価し得ることが必要とされています。
「当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価し得ること」という判断枠組みは解釈が難しいですが、本件基準は、「当該故意が私的怨恨に基づくもの、自招行為によるものその他明らかに業務に起因しないもの」以外は、当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価し得ることを推定しようというものです。
本判決では、本件基準の内容を参考にしつつ、Aさんの負った傷害に業務起因性が認められると判断されました。
他方で、従業員同士の喧嘩などの場合は、私的怨恨なのか業務に起因する怨恨なのかという判断が分かれる場合もあります。
業務中に暴力を受けた場合の労災申請については、おひとりで悩まず、弁護士にご相談されるとよいかもしれません。
また、会社としても、機敏な対応を顧問弁護士に相談できる環境が大切です。川崎で中小企業の顧問弁護士をお探しなら弁護士法人ASKにご相談ください。