性的加害行為をめぐる会社の安全配慮義務とは【東京税理士会神田支部ほか事件】
Recently updated on 2025-01-24
- 私は公益団体の職員をしています。ある日、この団体の役員の1人から飲み会に誘われ、その後、私の意に沿わない形で性的暴行を受けました。それにより私はPTSDを発症してしまい、今も苦しんでいます。この役員だけでなく、団体に対しても責任を取ってもらいたいと思います。可能でしょうか。
- 意に沿わない性的暴行を受けたこと自体が認められれば、役員本人に対して慰謝料などの損害賠償請求は可能です。
役員の所属する団体にも請求できるかどうかは、その団体の業務に関連して性的暴行がなされたものと評価される必要があります。飲み会が行われた趣旨、出席者の内訳、その役員の地位や権限、その後の対応など要素を総合的に考慮し、所属する団体が使用者責任を負うかどうかを判断することになります。
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数あるハラスメントの中でも、パワハラ・セクハラ・マタハラは職場の3大ハラスメントといわれています。
これらのハラスメントは、言葉だけはよく知られているものの、実は対策が不十分であったり、被害者の声が無視されている企業が多く見受けられます。カスハラ、就活ハラスメントを加えた5大ハラスメントの記事リンクはこちら。
いかなるハラスメントも許されるものではありませんが、セクハラは特に被害者の心と身体に大きな傷を与えます。
使用者として改めて各ハラスメントについて理解し、就業規則やハラスメント規程をはじめとするルールを定めるとともに、絶対にハラスメントを生まない職場環境を整えるように注意が必要です。
さて、今回は、性的加害行為をめぐる使用者側の責任が問題となった事案をご紹介します。

東京都税理士会神田支部ほか事件・東京高裁令和6.2.22判決
事案の概要
本件は、Y1支部の事務局職員であったXさんが、Y1支部のC部長であったY2さんから、職務上の優越的地位を背景に、同意のない性的行為をされてPTSDを発症し、休職を余儀なくされたと主張し、Y1支部に対しては使用者責任または安全配慮義務違反に基づき、Y2さんに対しては不法行為に基づき、損害賠償の支払いなどを求めた事案です。
事実の経過
当事者について
Y1支部とは
Y1支部は、東京税理士会の目的を達成に資するため、Y1支部に所属する会員に対する指導、連絡および監督を行うことを目的として東京税理士会の一支部として設立された法人格なき社団でした。
Y1支部には、神田税務署の管轄区域内に税理士事務所を設置している約1500名の税理士・税理士法人が所属していました。
Xさんとは
Xさんは、平成27年8月10日、Y1支部との間で期間の定めのない労働契約を締結し、同支部の事務局職員となりました。
Y2さんとは
Y2さんは、平成14年2月に開業した税理士であり、平成21年2月に東京千代田区に事務所を移転しました。
Y2さんは、Y1支部の会員であり、令和元年5月から令和2年6月当時、Y1支部のC部長を務めていました。
XさんとY2さんの動向
XさんとY2さんは、本件性的暴行があったとされえる日(令和元年8月22日)午後6時頃、Y2さんの事務所近くの居酒屋で食事をした後、Y2さんの事務所にしばらく滞在しました。
Xさんの休職
その後、Xさんは、令和元年10月1日からY1支部を休職しました。
令和2年3月30日、Xさん本人、Xさんの代理人、Y1支部のF支部長、乙山副支部長及びY1支部代理人は、Xさんが復職可能であるかどうかについて面談をしました。
また、Xさんは、同年4月22日、Y1支部において、F支部長及び乙山副部長ら合計8名と面談をしました(本件面談)。
復職命令
Y1支部は、令和2年5月22日付書面により、Xさんに対し、休職期間満了に伴い同年6月1日に復職すること、勤務時間・勤務日等は休職前と同様とすることを命じました。
しかし、Xさんは復職しませんでした。
解雇
そこで、Y1支部は、令和2年6月23日付解雇通知書により、本件復職命令に従って復職しなかったことなどが解雇事由に該当するとして、Xさんを解雇しました。
記者会見
Xさんは、令和2年11月16日、記者会見を開き、Y1支部のC部長から性的被害にあったことから、同人に対し、損害賠償請求を行うと発表しました。
訴えの提起
その後、Xさんは、Y2さんから、職務上の優越的地位を背景に、同意のない性的行為をされてPTSDを発症し、休職を余儀なくされたと主張し、Y1支部に対しては使用者責任または安全配慮義務違反に基づき、Y2さんに対しては不法行為に基づき、損害賠償の支払いなどを求める訴えを提起しました。
反訴の提起
これに対して、Y2さんは、Xさんに対して、Xさんが上記訴えに際して記者会見を開き、Y2さんがXさんに対して性的暴行を行ったとの事実を摘示したことにより、名誉を毀損されたと主張し、不法行為に基づき損害賠償金等の支払い、ならびに謝罪広告の掲載を求める訴えを提起しました。

争点
本件では、
①Y2さんによる同意のない性的暴行があったか
②Y1支部の使用者責任の成否
③本件性的暴行防止にかかるY1支部の安全配慮義務違反の有無
④本件性的暴行によりXさんに生じた損害の有無及びその額
⑤本件性的暴行を受けた旨の申告を受けた際のY1支部の安全配慮義務違反の有無
⑥本件面談の不法行為該当性
⑦Xさんが乳がんに罹患し療養していた際のY1支部の安全配慮義務違反の有無
⑧本件解雇の解雇事由の有無及び相当性
⑨本件解雇が労働基準法19条に違反するか
⑩Xさんによる本件記者会見の発表が名誉毀損の不法行為を構成するか
が問題となりました。
本判決の要旨
争点①Y2さんによる同意のない性的暴行があったかについて
裁判所は、「一連の性的行為は、Xさんにおいては、支部役員である税理士と支部事務局の職員という関係を意識して、Y2さんの言動に対してあからさまに拒絶的な態度をとることを当初控えていたものの、Y2さんと性的行為に及ぶことを期待も受容もしていなかったのに、Y2さんにおいて、(…)徐々に性的行為をエスカレートさせていく形で、一方的に行ったものであると推認され、全体として、同意のない性的行為であったとの評価を免れない」として、Y2さんによる同意のない性的暴行があったものと認めました。
争点②Y1支部の使用者責任の成否・争点③本件性的暴行防止にかかるY1支部の安全配慮義務違反の有無について
上記のとおり、裁判所は、本件性的暴行があったものと判断する一方で、同暴行は、Y1支部の業務とは無関係に起きた出来事であるとして、Y1支部の使用者責任及びY1支部の安全配慮義務違反をいずれも否定しました。
争点④本件性的暴行によりXさんに生じた損害の有無及びその額
本件性的暴行によりXさんに生じた損害として、裁判所は、合計314万5400円の損害を認めています。
争点⑤本件性的暴行を受けた旨の申告を受けた際のY1支部の安全配慮義務違反の有無について
また、裁判所は、本件性的暴行申告後のY1支部の対応について、Y1支部がXさん主張の被害回復義務を怠ったとはいえず、また、Xさんの復職に向けた環境整備に関し、一定の措置を講ずる努力をして、Xさんに対する配慮を行っていく旨を通知していることから、Xさん主張の復職配慮義務違反も認められないと判断しました。
争点⑥本件面談の不法行為該当性について
他方で、裁判所は、本件面談の不法行為該当性について、Xさん側は一人で面談に出席したのに対して、Y1支部側は合計8名が出席して実施されており、「そのような状況設定自体、Xさんにとって強い精神的圧迫を受けざるを得ないものであ」り、また、出席者の発言には、「それ自体がハラスメントに当たるといわざるを得ない言動も含まれている」として、Y1支部の本件面談の不法行為該当性を認めています。
争点⑦Xさんが乳がんに罹患し療養していた際のY1支部の安全配慮義務違反の有無
この点については、裁判所は、Y1支部がXさんの休暇申請などを妨げたと認められないことから、Xさん主張は認められないと判断しています。
争点⑧本件解雇の解雇事由の有無及び相当性について
また、裁判所は、Y1支部は、Xさんが出勤することを前提に業務の配分などを考えていたことが推認でき、「Xさんが、本件解雇がされるまでの約3週間、合理的な理由なく出勤しなかったことは、形式的に就業規則55条1項に定める解雇事由に該当するだけでなく、実質的に、Y1支部の業務について、著しい支障を生じさせたと認めるのが相当である」として、「本件解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないとはいえない」としています。
争点⑨本件解雇が労働基準法19条に違反するかについて
さらに、裁判所は、本件性的暴行は、業務と無関係に起きた出来事であり、これに起因して発症したXさんのPTSDは業務上の疾病であるとはいえず、また、本件面談に起因してXさんの体調が出勤できないまでに悪化したとは認められない」として、本件解雇が労働基準法19条に違反するとは認められないとしています。
争点⑩Xさんによる本件記者会見の発表が名誉毀損の不法行為を構成するか
最後に、裁判所は、Y2さんによる反訴請求との関係で、本件記者会見におけるXさんの発表は、Y2さんの社会的評価を低下させる事実の摘示であるとしたものの、「違法性が阻却」されることから、不法行為は成立しないと判断しました。
結論
よって、本判決は、以上の検討を踏まえ、本件性的暴行に関するY2さんの不法行為責任と、本件面談に関するY1支部の不法行為責任についてXさんの請求を認める旨の判断を示しました。
解説
どんな事案?
Y1支部の事務局職員であったXさんが、Y1支部のC部長であったY2さんから、職務上の優越的地位を背景に、同意のない性的行為をされてPTSDを発症し、休職を余儀なくされたと主張し、Y1支部に対しては使用者責任または安全配慮義務違反に基づき、Y2さんに対しては不法行為に基づき、損害賠償の支払いなどを求めた事案でした。
何が問題となったか?
本件では、さまざまな点が争われましたが、特に、Y1支部が、Y2さんによる性的暴行を契機として休職したXさんに対して、使用者として何らかの責任を負うか否かが問題となりました。
本件のポイント
本判決は、Y2さんによる性的暴行の存在を認めるとともに、Y2さんがXさんに対して不法行為責任を負うべきことを示しています(争点①、④)。
他方で、本判決は、本件性的暴行が、私的な飲食に引き続き行われたものであることを指摘し、同暴行とY1支部の事業または業務との関連性がないとして、Y1支部の使用者責任及びY1支部の安全配慮義務違反をいずれも否定しています(争点②、③)。
ただし、Xさんの休職後、復職に関して行われた本件面談については、Xさん側が一人で面談に出席したのに対して、Y1支部側が合計8名が出席して実施されており、「そのような状況設定自体、Xさんにとって強い精神的圧迫を受けざるを得ないものであ」るなどと指摘して、不法行為の成立を認めています(争点⑥)。
従業員が復職をする際には、使用者との間で面談が実施され、復職可能性などについて話し合われることが通常ですが、その対応方法については、個々の事情に照らして慎重に対応することが求められます。
たとえば、面談に誰を同席させるか(人数を含む)、どのような配慮を要するのか、何を聞くべきか、どのような言葉遣いをするかといった事柄は、特に注意が必要です。
弁護士にご相談ください
本件では、Y2さんの性的暴行それ自体については、使用者の責任が否定されていますが、事案によっては、安全配慮義務違反や使用者責任に基づき損害賠償義務を負う場合もあります。
職場のセクハラを防止するための措置を講ずることは、すべての事業主が義務付けられていることです。
就業規則やハラスメント防止規程はもちろんですが、研修やポスターによる周知・徹底、セクハラが生じた場合の対応マニュアルの準備、相談窓口の設置なども大切です。
職場のハラスメント対策についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。
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