法律コラム

エイジフレンドリーガイドラインとは?【職場の安全配慮義務】

日本記念日協会によると、10月10日は、一番記念日の登録が多い日だそうです。
たとえば、ちくわぶの日、トマトの日、肉団子の日、トートバックの日、缶詰の日…などなど本当にたくさんあるのですが、中でも、経営者・人事労務ご担当のみなさまにとって忘れてはならないのが、「転倒予防の日」であること。

この「転倒予防の日」は、近年、職場での転倒による労災事故が急増していることから、厚生労働省消費者庁が、日本転倒予防学会と協力して、制定したものなのだそうです。
労災申請の中でも転倒事故にまつわるものは非常に多く、職場内の平均年齢が高まりつつある日本の現状を物語っているように感じます。

さて、今回は、そんな高年齢労働者の安全と健康確保のために、厚労省が定めているエイジフレンドリーガイドラインについてご紹介します。

なぜエイジーフレンドリーガイドラインは策定されたの?

働く高齢者が増加

少子高齢化と人手不足が進む中、働く高齢者が増えています。
実際に、内閣府HP上に公開されている「第2節 高齢期の暮らしの動向」によれば、令和5年の労働力人口6,925万人のうち、65~69歳の者は394万人、70歳以上の者は537万人であり、労働力人口総数に占める65歳以上の者の割合は13.4%となっており、長期的に上昇傾向にあります。

労働災害の発生も増加

このような中で、残念ながら、高齢者の労働災害も増加しています。
厚労省による「令和5年 高年齢労働者の労働災害発生状況」によれば、労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の高齢者の割合は、なんと29.3%に及ぶそうです。
また60歳以上の男女別の労働災害発生率(死傷年千人率)を30代と比較すると、男性は約2 倍、女性は約4倍となっており、高齢年齢層の方が労働災害が発生する可能性も相対的に高いといえます。
加えて、労働災害が発生してしまった場合の休業見込み期間も、年齢が上がるにつれて、長期化する傾向にあります。

高年齢労働者の安全と健康を確保することが重要

かかる労働状況の実態に鑑み、厚労省は、令和2年3月に、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」、通称「エイジフレンドリーガイドライン」を策定しました。
高年齢労働者を雇用する使用者(または請負契約によって高齢者を就業させる事業者)は、本ガイドラインに従って、高齢者が安全と健康を確保しながら就業することができるように努めることが求められます。

エイジフレンドリーガイドラインの内容は?

本ガイドラインでは、高齢者を実際に使用している事業場やこれから使用する予定の事業場において、使用者と労働者に求められる取り組みが具体的に示されています。
以下、内容を詳しく見ていきましょう。

事業者に求められる事項

まず、事業者には

  • 安全衛生管理体制の確立
  • 職場環境の改善
  • 高年齢労働者の健康や体力の状況の把握
  • 高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応
  • 安全衛生教育

について、高年齢労働者の就労状況や業務の内容等の実情に応じて、実施可能な労働災害防止対策に積極的に取り組むよう努めることが求められています。

【事業場における安全衛生管理の基本的体制と具体的取組の体系(エイジフレンドリーガイドライン:厚労省)】

安全衛生管理体制の確立とは

①経営トップによる方針表明と体制整備

まず、企業の経営トップが高齢者労働災害防止対策に取り組む方針を表明することからスタートです。
その上で、経営トップは、対策の担当者や組織を指定して体制を明確化するとともに、対策について労働者の意見を聴く機会や労使間で話し合う機会を設けることが必要です。

本ガイドラインでは、考慮事項として、
高年齢労働者が、職場で気づいた労働安全衛生に関するリスクや働く上で負担に感じていること、自身の不調等を相談できるよう、社内に相談窓口を設置したり、孤立することなくチームに溶け込んで何でも話せる風通しの良い職場風土づくりが効果的であること
が指摘されています。

②危険源の特定等のリスクアセスメントの実施

次に、リスクアセスメントの実施です。
高年齢労働者の身体機能の低下等による労働災害発生リスクについて、災害事例やヒヤリハット事例から洗い出しを行い、対策の優先順位を検討します(リスクアセスメント)。
その上で、リスクアセスメントの結果を踏まえて、具体的な取り組む対策について決定していきます。

本ガイドラインでは、考慮事項として、
職場改善ツール「エイジアクション100」のチェックリストの活用が有効であること
・必要に応じてフレイル(※加齢とともに、筋力や認知機能等の心身の活力が低下し、生活機能障害や要介護状態などの危険が高くなった状態)やロコモティブシンドローム(※年齢とともに骨や関節、筋肉等運動器の衰えが原因で「立つ」や「歩く」などの機能が低下している状態)についても考慮すること
・社会福祉施設、飲食店等での家庭生活と同様の作業にもリスクが潜んでいること
が指摘されています。

職場環境の改善とは

①身体機能の低下を補う設備・装置の導入

職場環境の改善のうち、主としてハード面の対策としては、高齢者でも安全に働き続けることができるよう、施設、設備、装置等の改善を検討し、必要な対策を講じることが求められます。

本ガイドラインでは、次のような対策の例が挙げられています。

  • 通路を含め作業場所の照度を確保すること
  • 警報音等は聞き取りやすい中低音域の音、パトライト等は有効視野を考慮すること
  • 階段には手すりを設け、可能な限り段差を解消すること
  • 不自然な作業姿勢をなくすよう作業台の高さや作業対象物の配置を改善すること
  • 涼しい休憩場所を整備し、通気性の良い服装を準備すること
  • 防滑靴を利用すること
  • 解消できない危険(例:戸口の段差)箇所に標識等で注意喚起すること
  • リフト、スライディングシート等を導入し、抱え上げ作業を抑制すること
  • 水分や油分を放置せず、こまめに清掃すること
  • 床や通路の滑りやすい箇所に防滑素材(例:床材や階段用シート)を採用すること
  • 熱中症の初期症状を把握できるウェアラブルデバイス等のIoT機器を利用すること
  • パワーアシストスーツ等を導入すること
  • パソコンを用いた情報機器作業では、照明、文字サイズの調整、必要な眼鏡の使用等により作業姿勢を確保すること …etc

②高年齢労働者の特性を考慮した作業管理

また、職場環境の改善のうち、主としてソフト面の対策としては、敏捷性や持久性、筋力の低下等の高年齢労働者の特性を考慮して、作業内容等の見直しを検討し、実施することが求められます。

本ガイドラインでは、次のような対策の例が挙げられています。

【共通的な事項】
  • 事業場の状況に応じて、勤務形態や勤務時間を工夫すること(例:短時間勤務、隔日勤務、交替制度勤務)を通じて、高年齢労働者が就労しやすくすること
  • ゆとりのある作業スピード、無理のない作業姿勢等に配慮した作業マニュアルを策定すること
  • 注意力や集中力を必要とする作業について作業時間を考慮すること
  • 身体的な負担の大きな作業では、定期的な休憩の導入や作業休止時間の運用を図ること …etc

【暑熱な環境への対応に関する事項】
  • 一般的な年齢とともに暑い環境に対処しにくくなることから、意識的な水分補給を推奨すること
  • 始業等の体調確認を行い、体調不良時に速やかに申し出るよう日常的に指導すること …etc

【情報機器作業への対応】
  • データ入力作業等相当程度拘束性のある作業では、個々の労働者の特性に配慮した無理のない業務量とすること …etc

高年齢労働者の健康や体力の状況の把握とは

①健康状況の把握

労働安全衛生法で定める雇入時および定期の健康診断を確実に実施するほか、高年齢労働者が自らの健康状況を把握できるような取り組みを実施するように努めることが求められます。

本ガイドラインでは、次のような取り組みの例が挙げられています。

  • 労働安全衛生法で定める健康診断の対象にならない者が、地域の健康診断等(例:特定健康診査等)の受診を希望する場合、勤務時間の変更や休暇の取得について柔軟に対応すること
  • 労働安全衛生法で定める健康診断の対象にならない者に対して、事業場の実情に応じて、健康診断を実施するように努めること …etc

②体力の状況の把握

また、安全衛生管理体制の確立の部分でも触れられていますが、

  • 高年齢労働者の労働災害を防止する観点から、事業者、高年齢労働者双方が体力の状況を客観的に把握し、事業者はその体力にあった作業に従事させるとともに、高年齢労働者が自らの身体機能の維持向上に取り組めるよう、主に高年齢労働者を対象とした体力チェックを継続的に行うよう努めること
  • 体力チェックの対象となる労働者から理解が得られるよう、わかりやすく丁寧に体力チェックの目的を説明するとともに、事業場における方針を示し、運用の途中で適宜その方針を見直すこと

が求められています。

本ガイドラインでは、次のような対策の例が挙げられています。

  • 加齢による心身の衰えのチェック項目(フレイルチェック)等を導入すること
  • 厚生労働省作成の「転倒等リスク評価セルフチェック票」等を活用すること
  • 事業場の働き方や作業ルールにあわせた体力チェックを実施する(※この場合、安全作業に必要な体力について定量的に測定する手法と評価基準は、安全衛生委員会等の審議を踏まえてルール化するようにする)こと …etc

また、本ガイドラインでは、考慮事項として、

  • 体力チェックの評価基準を設ける場合には、合理的な水準に設定し、安全に行うために必要な体力の水準に満たない労働者がいる場合は、その労働者の体力でも安全に作業できるよう職場環境の改善に取り組むとともに、労働者も必要な体力の維持向上の取り組む必要があること


が指摘されています。

③健康や体力の状況に関する情報の取扱い

また、本ガイドラインでは、健康や体力の状況に関する情報の取扱いに関して、


が示されています。

高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応

①個々の高年齢労働者の健康や体力を踏まえた措置

脳・心臓疾患が起こる確立は加齢に従って徐々に増加するとされています。
そのため、高年齢労働者については基礎疾患の罹患状況を踏まえて、労働時間の短縮や深夜業の回数の減少、作業の転換等の措置を講ずることが求められています。
本ガイドラインでは、考慮事項として、

  • 業務の軽減等の就業上の措置を実施する場合は、高年齢労働者の状況を確認して、十分な話合いを通じて本人の了解が得られるように努めること

が指摘されています。

②高年齢労働者の状況に応じた業務の提供

健康や体力の状況は、高齢になるほど個人差が拡大するとされています。
そのため、個々の労働者の状況に応じ、安全と健康の点で適合する業務をマッチングさせるように努めることが求められています。

本ガイドラインでは、考慮事項として、

  • 疾病を抱えながら働き続けることを希望する高齢者の治療と仕事の両立を考慮すること
  • ワークシェアリングで健康や体力の状況や働き方のニーズに対応することも考えられること


が指摘されています。

③心身両面にわたる健康保持増進措置

事業者は、高年齢労働者の心身両面にわたる健康保持増進措置として、


が求められています。

また、本ガイドラインは、以下で示すような例を参考として、事業者が、事業場の実情に応じた優先順位をつけて取り組むことを求めています。

  • フレイルやロコモティブシンドロームの予防を意識した健康づくり活動を実施すること
  • 体力等の低下した高年齢労働者に、身体機能の維持向上の支援を行うよう努めること(例:運動する時間や場所への配慮、トレーニング機器の配置等の支援を考えるなど)
  • 健康経営の観点やコラボヘルスの観点から健康づくりに取り組むこと …etc


安全衛生教育とは

①高年齢労働者に対する教育

事業者は、高年齢労働者に対する安全衛生教育において、

  • 作業内容とリスクについて理解させるため、時間をかけて写真や図、映像等の文字以外の情報も活用すること
  • 再雇用や再就職等により経験のない業種、業務に従事する場合、特に丁寧な教育訓練を行うこと

が求められています。

本ガイドラインでは、考慮事項として

  • 身体機能の低下によるリスクを自覚し、体力維持や生活習慣の改善の必要性を理解することが重要であること
  • サービス業に多い軽作業や危険と感じられない作業でも、災害に至る可能性があること
  • 勤務シフト等から集合研修が困難な事業場では、視聴覚教材を活用した教育も有効であること

が指摘されています。

②管理監督者等に対する教育

また、事業者は、
・高年齢労働者に対する教育を行う者や管理監督者、共に働く労働者に対しても、高年齢労働者に特有の特徴と対策についての教育を行うよう努めること
が求められています。

労働者に求められる事項

ここまで、事業者に求められる事項について取り上げてきましたが、本ガイドラインでは、労働者に求められる事項についても示されています。
具体的には、生涯にわたり健康で長く活躍できるようにするためには、一人ひとりの労働者が、事業者が実施する取り組みに協力すると共に、自己の健康を守るための努力の重要性を理解し、自らの健康づくりに積極的に取り組むことが必要である、とされています。
個々の労働者が、自らの身体機能の変化が労働災害リスクにつながり得ることを理解し、労使の協力の下、次のような取り組みを実情に応じて進めることが求められています。

まとめ

このようにエイジフレンドリーガイドラインでは、事業者が、高年齢労働者が安全と健康を確保しながら就業することができるよう、次の5つの事項について、高年齢労働者の就労状況や業務の内容等の実情に応じて、実施可能な労働災害防止対策に積極的に取り組むよう努めることが求められています。

本ガイドラインも参考にしながら、労働災害を防止し、高年齢者も含めたすべての従業員にとって働きやすい職場環境を整備していきましょう。

弁護士にもご相談ください

少子高齢化や人手不足の時代にあって、職場の高齢化はますます進んでいくことが考えられます。したがって、高年齢労働者の労災防止対策や労働者の転倒等を防止するための措置を講ずること、労働者の健康保持増進を図ることは、会社が自覚と責任を持って取り組まなければならない喫緊の課題といえます。

また、冒頭でも述べたとおり、使用者には労働者に対する安全配慮義務があります。
使用者がこれを怠り、労働者が怪我をしてしまったり、病気になってしまったりした場合には、労働者に対して、安全配慮義務違反として損害賠償義務を負うことになります。

労働者の健康や職場環境に関する安全配慮義務についてお悩みがある場合には、まず弁護士に相談してみることがおすすめです。