労働契約申込みみなし制度とは?【野村證券・野村ホールディングス事件】
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- 労働契約申込みみなし制度とはなんですか?
- 労働契約申込みみなし制度とは、労働者派遣において、派遣先等が違法派遣を受け入れた時点において、派遣先等が派遣労働者に対して、その派遣労働者の雇用主(派遣元事業主等)との労働条件と同じ内容の労働契約を申し込んだものとみなす制度です。
違法派遣が行われた場合に、派遣労働者が希望すれば派遣先企業で直接雇用させることで、違法派遣を是正する効果を見込んでいます。
労働契約申込みみなし制度とは?
簡単に労働契約申込みみなし制度についてみておきましょう。
労働契約申込みみなし制度
労働契約申込みみなし制度とは、労働者派遣において、派遣先等が違法派遣を受け入れた時点において、派遣先等が派遣労働者に対して、その派遣労働者の雇用主(派遣元事業主等)との労働条件と同じ内容の労働契約を申し込んだものとみなす制度です(労働者派遣法第40条の6)。
なぜこの制度が設けられたの?
この制度が設けられた趣旨は、違法派遣を是正することにあります。
しかし、違法派遣を単に是正しようとすると、派遣労働者の雇用が失われてしまうおそれがあります。
そこで、派遣労働者の保護を図りながら、善意無過失の場合を除いて、違法派遣を受け入れた側に一定のペナルティを与えることで、違法派遣を是正していこう、と考えられたのです。
労働契約申込みみなし制度の対象となる違法派遣の類型は?
労働契約申込みみなし制度の対象となる違法派遣とは、以下の行為をいいます(労働者派遣法40条の6第1項各号)。
- 派遣労働者を禁止業務に従事させること
- 無許可又は無届出の者から労働者派遣の役務の提供を受けること
- 期間制限に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること
- 労働者派遣法又は同法の規定により適用される労働基準法等の規定の適用を免れる目的で、請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し、必要とされる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受けること(いわゆる偽装請負等)
違法派遣を行うとどうなるの?
これらの違法派遣を行った場合には、受け入れをした派遣先の会社が派遣労働者に対して、直接の労働契約を申し込んだものとみなされます。
そして、仮に、派遣先等が労働契約の申込みをしたものとみなされた場合には、みなされた日から1年以内に派遣労働者がこの申込みに対して承諾する旨の意思表示をすることによって、派遣労働者と派遣先等との間の労働契約が成立することになります。
では、ここからは、本題の裁判例のご紹介です。
野村證券・野村ホールディングス事件・東京高裁令和6.2.8判決
事案の概要
本件は、Xさんが、A社との間で役務の提供を目的とする契約を締結し、A社とY2社との契約に基づき、Y2社を中核とするグループ企業において非常時の事業継続に関する役務を提供していたところ、A社から期間満了による契約終了を通知されました。
そこで、Xさんは、
・Y1社に対しては、同證券は労働者派遣業の許可を得ていないA社から労働者派遣の役務の提供を受けていたことから、派遣法40条の6第1項2号により、Y1社から派遣労働者であるXさんに対する雇用契約の申込みがされたものとみなされ、Xさんの承諾により、XさんとY1社との間に直接雇用契約が成立したと主張して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、同契約に基づく賃金等の支払いを
・Y2社に対しては、A社から労働者派遣の役務の提供を受けていたのは、Y2社であることを前提として、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、同契約に基づく賃金等の支払いを
それぞれ求めた事案です。
事実の経過
Y1社とY2社の関係
Y1社は、証券業を目的とする株式会社であり、Y2社はY1社を含むグローバル金融サービス・グループの持ち株会社である株式会社でした。
XさんのY社での役務の提供
Xさんは、ITに関するコンサルティング等を目的とする株式会社であるA社と役務の提供を目的とする契約を締結し、A社とY2社との間の契約に基づき、Y2社を中核とするグループ企業(Y1社を含む)において非常時の事業継続に関する役務を提供していました。
Xさんと役務を提供する契約を締結しています。
お客さんのY2社で「非常時の事業継続」に関する仕事をしてください。
わかりました。
個別契約の締結
Y2社は、平成23年6月29日、A社の関連会社である香港所在のA1社との間で締結したA社基本契約に基づき、平成30年2月2日、A社との間で、Yグループが定めた事業継続計画の包括的運用(BCM)等の専門的サービスの提供に関するA社個別契約を締結しました。
Y2社さん、BCMの個別契約をしましょう
A社さんよろしくお願いします。
その内容は、
・両当事者はY2社とA社個別契約に関するサービスを割り当てられるA社の人員との間に何らかの雇用関係を発生させることを意図しない
・Y2社は当初の割当人員としてのXを見込んでいることを了承する
・業務提供期間は平成30年2月19日から同年3月31日までとする
などとされていました(なお、同年4月1日以降は、業務提供期間を1年間とする契約)。
うちの人員とY2社さんとの間でなんらかの雇用契約は生じさせません。
あと、うちからXさんを割り当てるつもりです。
わかりました
XさんとA社の契約締結
Xさんは、平成30年1月29日、A社との間で、
・契約期間は平成30年2月19日から同年3月31日まで
・提供する業務は「BCMコーディネーター」
・対価は41万6667円
などとする英文の「CONTRACTOR AGREEMENT」(本件契約)を締結し、Y1社のB部のオフィス内で、B1チームに加わって業務を行ってきました。
(なお、同年3月27日、本件契約は平成31年3月31日までへと更新)。
(Y1社内)Xさん、BCMコーディネーターとして契約しましょう
わかりました。
契約延長のためのやりとり
平成31年3月25日、A社は、Xさんに対し、本件契約の延長のためA社のオフィスに来て書面への署名を求める旨のメールを送信しましたが、Xさんは、「同一労働同一賃金」に関し「Y」(Y1社またはY2社いずれかは不明)との間で確認したいことがあるなどとする返信をして、オフィス来訪の求めに応じませんでした。
そこで、A社の労務担当者は、同月30日、Xさんに対し、本件契約が翌31日に終了となる旨のメールを送信しました。
Xさん、契約延長のため、来社して下さい
同一労働同一賃金の件で確認したいのでいけません。
申込みみなしの通知
Xさんは、平成31年4月4日頃、Y1社、Y2社双方に対し、派遣法(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の派遣等に関する法律)の規定によって先方からの雇用契約の申込みがされたとみなされると主張して、正社員として従前の業務を行いたい旨を通知しました。
しかし、Xさんの同申込みは聞き入れられることはありませんでした。
Y1社さん、Y2社さん、派遣法の定めによって雇用契約の申込みがされたとみなされますので、そちらの正社員として今後働きます。
応じられません
もちろんうちも応じられません
訴えの提起
そこで、Xさんは、
・Y1社に対しては、Y1社が労働者派遣業の許可を得ていないA社から労働者派遣の役務の提供を受けていたことから、派遣法40条の6第1項2号によりY1社からXさんに対する雇用契約の申込みがされたものとみなされ、それによってXさんとY1社との間に直接雇用契約が成立したと主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認ならびに同雇用契約に基づき賃金等の支払いを求め、
・Y2社に対しては、A社からの労働者派遣の役務の提供を受けていたのはY2社であったことを前提に、Y1社に対する上記請求と同じ内容を求める
訴えを提起しました。
なお、XさんとA社との間では、本件に関する和解が成立しています。
争点
本件では、Xさんが、派遣法40条の6第1項にいう労働契約申込みみなし制度の適用により、Y1社またはY2社との間で直接雇用契約が成立したと主張していました。
もっとも、派遣法40条の6第1項の要件を充足するためには、Y社らのいずれかがXさんに関して労働者派遣の役務の提供を受ける者に当たるといえなければならないところ、同法2条1号が定める「労働者派遣」の定義によれば、A社が自己の雇用するXさんを、当該雇用関係の下に、かつ、Y社らのうちいずれかの指揮命令を受けて、同社のために労働に従事させていたといえる必要がありました。
そこで、本件において、Y1社またはY2社がXさんに指揮命令をして自己のために労働に従事させていたといえるか否か、が争点となりました。
第一審(東京地裁令和5年7月19日判決)の判断
第一審裁判所は、上記の争点について、
①BCM組織立ち上げの経緯に照らせば、B1チームの任務は、同チームに呼び寄せた訴外Lらの専門性を発揮して、ホールセール部門全体で非常事態対応の体制を築くことにあったと認められ、Y社らの従業員からL及び同じく専門家である訴外Nに対して、何らかの始期命令等を行うことは想定されていなかったとみるべきこと
②Xさんについては、実際に業務を開始する時点では、BCM関連業務を行うための最低限度の知識を習得しており、業務遂行に関しても、L及びNから指揮命令されたり、Y社らから逐一指示されていた事情は認められず、また、Xさんが行うべき仕事の中心であるオフィス運営に関する事務は、Xさんが専門知識を有する分野であり、その経験を生かして自らの裁量で行うことができる業務であったといえること、これに加えてY社らの従業員は本件契約締結前にXさんと面接をしてないし、Y社らはXさんの業務時間を管理しておらず、Xさんは休暇や遅刻早退についてはN及びLと適宜調整していたことも考え合わせると、XさんもB1チームの一員としてN及びLと同様の立場にあったとみるのが相当であり、XさんがY社らから指揮命令を受けて業務に当たっていたということはできないこと
③Xさんら従事した具体的な作業についても、Y社らからの指揮命令を認めることはできないこと
を指摘し、Y1社またはY2社がXさんに指揮命令をして自己のために労働に従事させたということはできず、派遣法40条の6の要件を満たさないと判断しました。
第二審(本判決)の判断
本判決も、上記の第一審の判決を維持し、XさんはY1社またはY2社の指揮命令を受けて同社のために労働に従事していたとは認められず、Y社らは、派遣法2条1号にいう「労働者派遣」の「役務の提供を受ける者に該当しない」から、直接雇用申込みみなし制度について規定する派遣法40条の6第1項の要件を満たさない、と判断しました。
結論
以上の検討より、Y1社またはY2社との間で直接雇用契約が成立した旨のXさんの請求は認められませんでした。
ポイント
どんな事案だったの?
派遣元会社であるA社から期間満了による契約終了を通知されたXさんが、Y1社が労働者派遣業の許可を得ていないA社から労働者派遣の役務の提供を受けていたことから、違法派遣にあたるとして、労働契約申込みみなし(派遣法40条の6第1項2号)により、Y1社またはY2社との間で直接の雇用契約が成立したと主張していた事案でした。
何が問題になったの?
冒頭でも説明したとおり、労働者派遣法40条の6第1項は、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、同項各号に掲げる行為(違法派遣)をした場合には、その時点において、労働者派遣の役務の提供を受ける者から労働者派遣に係る派遣労働者に対して、労働契約の申込みをしたものとみなすと定められています。
もっとも、同条にいう「労働者派遣」といえるためには、自己の雇用する労働者を当該雇用関係の下において、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させる必要があります。
そこで、本件では、Y1社またはY2社がXさんに指揮命令をして自己のために労働に従事させていたといえるか否か、が問題となりました。
裁判所の判断
もっとも、裁判所は、XさんはY1社またはY2社の指揮命令を受けて同社のために労働に従事していたとは認められず、Y社らは、派遣法2条1号にいう「労働者派遣」の「役務の提供を受ける者に該当しない」から、直接雇用申込みみなし制度について規定する派遣法40条の6第1項の要件を満たさない、としてXさんの主張を排斥しました。
かかる判断にあたっては、
- Xさんが業務を行っていたB1チームが、元々外部から呼び寄せられた専門家Lなどを中心に立ち上げられたチームであり、LやNがY社らの指揮命令に服することなく、その専門性を発揮して業務にあたっていたこと
- Xさんも、専門性を活かして、自らの裁量をもって業務にあたっていた点において、LやNなどと異なるところはなく、XさんがY社らの指揮命令下にあったと認めることはできないこと
などが着目されています。
これらの観点は、会社と労働者との間の指揮命令関係を考える上で参考になります。
弁護士にもご相談ください
近年では、派遣法40条の6第1項の類推適用が争われる事案も増えています。
たとえば、偽装請負をめぐる事案としては、竹中工務店ほか事件(大阪高裁令和5年4月20日判決)などもあります。
仮に、労働契約申込みみなしに対して、派遣労働者が承諾の意思を示したにもかかわらず、派遣先の会社が直接雇用契約の成立を認めないなどの態様をとった場合には
- 派遣労働者が、都道府県労働局長に対し、派遣先の会社勧告を行うように求める
- 都道府県労働局長が派遣先の会社に対して助言、指導、勧告をするとともに、勧告に従わない場合は、派遣先の会社名を公表する
- 派遣労働者が、派遣先の会社等に対して、労働契約上の地位確認の訴えを提起する
などの事態に発展することになります。
労働者派遣についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。