休業補償給付とは?裁判例も紹介【弁護士が解説】
- 神奈川県内のホテルで働いています。宿泊勤務を伴う長時間労働の結果、過労で倒れてしまい、後遺障害が残ってしまいました。労災の休業補償給付が支給されたのですが、どうも1日あたりの給付基礎日額が私の計算と合いません。どのような計算をするべきでしょうか。
- 宿泊勤務があるとのことですが、仮眠時間や休憩時間の過ごし方によって、労基法32条にいう労働時間にあたるかどうかが変わってきます。勤務実態を踏まえて再計算を行い、支給決定が正しいかどうかを確認してみましょう。
休業補償給付とは
労働者が、業務や通勤が原因となる負傷や疾病によって療養する必要があり、これにより労働ができずに賃金を受けられない場合、4日目から休業補償給付等の支給を受けることができます(労働者災害補償保険法14条1項)。
休業補償給付がなされる場合、被災労働者は、休業1日につき給付基礎日額の6割の支給を受けることができます。
給付基礎日額は、原則として、当該労働災害が発生した日以前3か月間に被災労働者が支払いを受けていた賃金総額を、その期間の総日数で割った額として算出されます。
今回は、そんな給付基礎日額の算定をめぐり、仮眠時間の労働時間該当性が争われた事案をご紹介します。
労災保険のおさらい
労災保険は、労働者災害補償保険法に基づき、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするために保険給付を行い、併せて被災労働者の社会復帰の促進、被災労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図ることにより、労働者の福祉の増進に寄与することを目的としています。
労災保険の給付内容は次の通りです。
本ページで取り上げるのは、これらの保険給付のうち、療養のため休業する場合に支給される「休業(補償)等給付」に関するものです。
参考:「請求(申請)のできる保険給付等 ~全ての被災労働者・ご遺族が必要な保険給付等を確実に受けられるために~」
休業補償等給付の計算
休業補償給付と休業特別支給金
労働者が、業務または通勤が原因となった負傷や疾病により療養のために労働をすることができず、賃金を得られない場合、その4日目から休業補償給付と休業特別支給金が支給されます。
休業補償等給付の計算方法
休業1日につき、給付基礎日額の60%が休業補償給付として支給されるほか、社会復帰促進等事業として給付基礎日額の20%が特別支給金として支給されます。
給付基礎日額の80%(60%+休業特別支給金20%)
給付基礎日額の算出方法
給付基礎日額は、原則として、当該労働災害が発生した日以前3か月間に被災労働者が支払いを受けていた賃金総額を、その期間の総日数で割った額として算出されます。
(当該労働災害が発生した日以前3か月間に被災労働者が支払いを受けていた賃金総額)/(その期間の総日数)
具体的な計算方法
仮に、労働者Aさんが、月20万円の賃金を受けており(賃金締切日が毎月末日)、事故(労働災害)が10月に発生したと仮定した場合、具体的な休業補償等給付の計算方法は、次のようになります。
1.給付基礎日額を計算する
給付基礎日額とは、原則として労働基準法の平均賃金に相当する額をいいます。
平均賃金は、原則として、事故が発生した日(賃金締切日が定められているときは、その直前の賃金締切日)の直前3か月間にその労働者に対して支払われた金額の総額を、その期間の歴日数で割った、一日当たりの賃金額のことです。
なお、「賃金」には、臨時的支払われた賃金、賞与など3か月を超える期間ごとに支払われる賃金は含まれません。
上記の例で給付基礎日額は、
20万円×3か月÷92日(7月:31日、8月:31日、9月:30日)
≒6,521円73銭となります。
(なお、給付基礎日額に1円未満の端数がある場合は、これを1円に切り上げます。)
2.給付基礎日額を元に休業(補償)給付を計算する
休業4日目以降について、労災保険から支給される1日当たりの給付額を計算すると、
保険給付 (6,522円×0.6)=3,913円20銭・・・・・・・・・(1)
特別支給金 (6,522円×0.2)=1,304円40銭・・・・・・・・(2)
(1円未満の端数を生じた場合には、これを切り捨てます。)
合計 (1)+(2)=3,913円+1,304円
=5,217円
となります。
(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000154476.htmlより)
休業補償給付支給処分取消請求事件(津地裁令和5年3月23日判決・確定)
さて、ここからは、休業補償給付の支給に関して、給付基礎日額の算定方法をめぐり、仮眠時間の一部に実作業時間があったことをどのように評価するべきか?が争われた事案をご紹介します。
事案の概要
本件は、Aホテルで勤務していたXさんが、業務による過重負荷が原因で心室細動による心停止となり、蘇生後脳症等の後遺症が残ったという業務災害について、労働者災害補償保険法に基づき、処分行政庁に対して休業補償給付を請求し、処分行政庁が同給付を支給する旨の決定(本件処分)をしたところ、Xさんが、本件処分には同給付の基礎となる給付基礎日額の算定に誤りがあると主張して、Yに対し、本件処分の取消しを求めた事案です。
事実の経過
当事者
Xさんは、昭和37年○月○○日生まれであり、平成25年4月以降、Aホテル(本件ホテル)の施設管理課課長として勤務していました。
B株式会社(本件会社)は、ホテル、旅館及び飲食店の経営等を業とする株式会社であり、本件ホテルを経営していました。
なお、本件会社の旧称は、株式会社Aホテルです。
本件ホテルの施設等
本件ホテルは、主に、オーシャンウィング、ハーバーウィング及びCという3つの建物から成っていました。
Cには大浴場があり、その営業時間は、午前5時30分から午前11時まで及び午後1時から午後12時(午前0時)まででした。
また、本件ホテルには、海からチェックインできるように海上桟橋がありました。
Xさんの労働条件等
労働条件
Xさんの労働条件は、本件会社の扱い上、以下のとおりとなっていました。
勤務時間 日勤 午前8時30分~午後5時(休憩1時間)
ナイト勤務 午後3時~翌日午前11時(仮眠時間午前1時30分~5時)
従事する業務の状況
また、Xさんは、本件ホテルにおいて、機械設備の点検・修理の業務に従事していたほか、庭園の手入れ、皿洗いや料理の盛り付け、ルームの清掃員の送迎、農園作業など所属部署以外の業務にも従事していました。
Xさんが、平成28年6月1日から同年8月31日まで(給付基礎日額の算定期間=本件算定期間)の間に、ナイト勤務に従事した日は、以下のとおりでした。
6月 | 6回 | 1日より2日、6日より7日、11日より12日、15日より16日、21日より22日、28日より29日 |
7月 | 6回 | 1日より2日、6日より7日、9日より10日、15日より16日、18日より19日、27日より28日 |
8月 | 6回 | 5日より6日、9日より10日、12日より13日、19日より20日、22日より23日、26日より27日 |
ナイト勤務については、1回当たり3000円のナイト勤務手当が支給されていました。
本件処分に至る経緯
労働災害の発生
Xさんは、平成28年9月18日午前6時15分頃、自宅で心室細動による心停止となり、救急搬送後、約1か月後に意識が戻り、同年11月8日、蘇生後脳症等と診断されました(本件被災)。
保険給付の請求と支給処分
Xさんは、本件ホテルにおける長期間にわたる過重な長時間労働により本件被災をしたものであるとして、労働者災害補償保険法に基づく保険給付の請求をしました。
これに対して、処分行政庁は、平成31年3月8日付けで、労働基準法施行規則別表第1の2第8号に該当する疾病と認定し、給付基礎日額2万5592円(療養開始後1年6か月経過まで491日につき。その後は、年齢階層別の最高限度額適用により、136日につき2万4822円、61日につき2万4757円)として休業補償給付を支給する旨の処分をしました(本件処分)。
審査請求等
Xさんは、上記決定に対して審査請求をしたところ、三重労働者災害補償保険審査官は、令和元年9月30日付けで、審査請求を棄却する決定をしました。
Xさんは、上記決定に対し、再審査請求をしましたが、労働保険審査会は、令和2年12月11日付けで、再審査請求を棄却する裁決をしました。
本件訴えの提起
そこで、Xさんは、令和3年5月14日、本件処分には同給付の基礎となる給付基礎日額の算定に誤りがあると主張して、Yに対し、本件処分の取消しを求める訴えを提起しました。
争点
本件の争点は主に仮眠時間の労働時間該当性でした。
当事者の主張
Xさんの主張
Xさんは、
- 作業に従事しなかった仮眠時間中にも、携帯電話を所持し、本件ホテル内の滞在を義務付けられ、施設関係のトラブルが生じた際には対応していたから、Xさんは、ナイト勤務の担当であった際に、仮眠時間中も労働から解放されていなかった。
- このことから、Xさんは、仮眠時間中に、一定の業務に従事することが常態であったのであり、実作業への従事が皆無とは程遠かったのだから、全体として労働から解放されておらず指揮命令下に置かれていたとして、個別具体的な実作業に従事した日付及び時間の立証がなくとも、仮眠時間の全てが労働時間に当たる
と主張していました。
Yの主張
これに対して、Y(被告)は、
- Xさんが仮眠時間中に実作業をしたことは認められない。
- 仮にXさんが実作業をしていたとしても、具体的な時間及び作業時間が特定されていないから、本件算定期間における賃金額に、当該実作業時間に対応する時間外手当の額を算入することはできない。
- また、Xさんが仮眠時間中に本件会社から携帯電話の所持を求められていたとしても、本件算定期間においても他の期間においてもその携帯電話により役務の提供を命じられたことはなく、他に仮眠時間中に何らかの労働を行えという具体的な指示もなかったから、使用者の指揮命令下に置かれていたと評価することはできない
と主張していました。
本判決の判断
仮眠時間の労働時間該当性について
判断枠組み
労基法32条の労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間(以下「不活動仮眠時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。そして、不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって、不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である(最高裁平成9年(オ)第608号、第609号同14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁参照)。
仮眠時間について労働から解放が保障されていたか
Xさんは、緊急時において仮眠中にも対応を迫られる抽象的な可能性があったにとどまり、実際に仮眠中に実作業をしていたとは認めるに足りない。そうすると、仮眠中における緊急の業務上の対応は、極めて例外的な場合に限られていたものと推認できるから、本件会社からXさんに対して携帯電話の所持を求められていたこと等の事実を考慮しても、Xさんは使用者である本件会社の指揮命令下に置かれていたとはいえず、少なくともXさんが実際に仮眠した時間は労働からの解放が保障されていたとみるのが相当である。
仮眠時間において実作業時間があったか
Xさんは、ナイト勤務の際に、大浴場の清掃が仮眠時間に及んでいたことが認められ、また、早朝については、海上桟橋の開錠のため、仮眠時間が終了する前から労働を始めていたことが認められる。もっとも、Xさんのナイト勤務について、常に仮眠時間にまで作業が続いていたか否かを含め、実作業時間を具体的かつ明確に認めるに足りる証拠はないが、これは、本件会社において、Xさんが就業規則上の「管理職」に該当するものと取り扱っていたことから時間外労働時間を把握する必要を認めていなかったことに起因するとも考えられるから、そのことのみをもって、およそ仮眠時間の労働時間性について立証ができていないとすることはできない。そして、上記のとおり、Xさんの労働時間を控え目に算定すると、本件算定期間のナイト勤務時において、平均して、深夜においては、午前2時30分までは実作業を行い、また、早朝については、本件算定期間における日の出の時刻等を考慮すると、午前4時40分には実作業に取り掛かっていたものと推認するのが相当である。
よって、Xさんのナイト勤務の仮眠時間(午前1時30分~5時)中における実作業時間は、各ナイト勤務について1時間20分であったとみるのが相当であり、その限度で労基法上の労働時間として認められる。
まとめ
以上の判断を前提に、裁判所は、Xさんの主張を認め、処分行政庁がした休業補償給付を支給する旨の処分を取り消す判決をしました。
なお、本件では、Y(被告)は、給付基礎日額の計算について一部誤っていることを認めていたため、本件処分は部分的に違法であることとなるところ、本件処分は全体として不可分一体であり、その一部のみを取り消す判決はできないことから、争点の判断にかかわらず本件処分を全体として取り消す旨の判決をすべきこととなる事案でした。
ポイント
本件は、休業補償給付の給付基礎日額の算定方法に誤りがあるという事案でしたが、実質的には労基法32条所定の労働時間の解釈が争点でした。
過去の最高裁判決に従って、労働基準法32条にいう労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうとした上で、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができ、不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されてない場合には労基法32条の労働時間に当たるとの判断枠組みを示しました。
ところが、本件においては、仮眠時間中に携帯電話を所持するよう求められ、仮眠時間中であっても緊急時にはそれに対応することが予定されているという事情はあるとしつつも、実際にそのような対応をしたという記録がないために、使用者の指揮命令下に置かれていたとは言えず、仮眠時間については労働からの解放が保障されていたと判断しています。
また、実際に仮眠時間中に実作業時間があったかどうかを判断するに際し、作業時間の客観的な記録はないものの、供述の信用性から実作業時間が一定程度あったと認定しています。
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労働時間の認定は、残業時間の計算にも大きく影響します。
特に宿泊を伴う深夜勤務がある場合や出張が多いような場合、まさに労働からの解放が保障されていたかどうかが争いになります。
労働時間に関する記事はこちらもご覧ください。
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