消費者裁判手続特例法とは【最高裁令和6年3月12日判決】
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- 消費者裁判手続特例法があります。多数の被害が見込まれる消費者被害に対して、内閣総理大臣が認定した特定適格消費者団体が代わってその事業者に訴訟をすることができる制度です。
消費者裁判手続特例法とは
消費者裁判手続特例法という法律をご存知でしょうか?
正式名称は、「消費者の財産的被害等の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」といいます。
消費者被害においては、
- 同種の被害が拡散的に多発する
- 消費者と事業者との間には、情報の質や量、交渉力の格差格差があり、消費者が自ら被害回復をすることが困難である場合が多い
- 消費者個人が事業者に対して訴えを提起するには、時間や費用、労力がかかり、回復に見合わないことがある
といった特徴があります。
そこで、消費者の被害を簡易・迅速に図るために、平成25年、衆議院における修正を経て、消費者裁判手続特例法が成立・公布されました。
消費者裁判手続特例法では、内閣総理大臣が認定した消費者団体が、消費者に代わって事業者に対して訴訟等をすることができる制度(消費者団体訴訟制度)が定められています。
具体的には、消費者被害を集団的に回復するための2段階型の訴訟制度
①共通義務確認訴訟(1段階目):事業者等が消費者に対して責任(共通義務)を負うか否かを判断する手続
②簡易確定手続(2段階目):事業者等が誰にいくらを支払うかを確定する手続
が設けられています。
令和3年には、「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」(令和3年法律第72号)により、特定適格消費者団体に対し、特定商取引法及び預託法の行政処分に関して作成した書類の提供を可能とする仕組みの導入等の改正が行われました。(令和4年6月1日から施行)
さらに令和4年には、「消費者契約法及び消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律の一部を改正する法律」(令和4年法律第59号)により、標記法律に基づく消費者団体訴訟制度(被害回復)の対象範囲を拡大する等の改正が行われました。(公布日(令和4年6月1日)から1年半を超えない範囲内において政令で定める日(令和5年10月1日)から施行
くわしくは消費者庁のHPをご覧ください。
さて、今回は、そんな消費者裁判手続特例法について、同法3条4項に定める「支配性」要件が問題となった最新の最高裁判例(最高裁判所第三小法廷令和6年3月12日判決)をご紹介します。
共通義務確認請求事件・最高裁令和6.3.12判決
事案の概要
本件は、特定適格消費者団体であるCOJが、事業者であるY1社及び勧誘を助長した事業者Y2社に対して、ウェブサイトを通じて、消費者に対して虚偽又は実際とは著しくかけ離れた誇大な効果を強調した説明をして商品を販売するなどしたことが不法行為に該当すると主張して、消費者裁判手続特例法に定める共通義務確認の訴えを提起した事案です。
事実の経過
Y2社による商品の販売開始
Y2社は、平成28年10月頃、仮想通貨の内容等を解説する商品(本件商品(1))及び同商品にVIPクラスと称する複数の特典を付加したもの(本件商品(2))の購入を勧誘するための本件ウェブサイトを設け、これらの商品の販売を開始しました。
本件商品(1)の価格は、4万9800円又は5万9800円であり、本件商品(2)の価格は、9万8000円でした。
本件ウェブサイトの表示
本件ウェブサイトには、本件商品(1)及び(2)について説明し、その購入を勧誘する文言として、以下の内容等が掲載されていました。
Y2社による新たな商品の販売開始
さらにY2社は、本件商品(1)及び(2)の購入者に対し、Y1社がパルテノンコースと称するサービス(本件商品(3))」を説明する内容の本件動画を公開して、本件商品(3)の販売を開始しました。
本件商品(3)は、その購入者にハイスピード自動AIシステムと称するサービス等を提供するものであり、上記購入者が上記システムにログインして投資額等を設定することにより、特定のトレーダーが行う金融取引と同様の取引を行うことができるというものでした。
本件商品(3)の価格は、49万8000円でした。
本件動画の内容
本件動画において、Y1社は、以下の内容等を説明していました。
本件商品の購入者数
本件各商品の購入者数は
・本件商品(1)が約4000人
・本件商品(2)が約1500人
・本件商品(3)が約1200人
でした。
共通義務確認訴訟の提起
これに対して、特定適格消費者団体であるCOJは、ウェブサイトを通じて、消費者に対して虚偽又は実際とは著しくかけ離れた誇大な効果を強調した説明をして商品を販売するなどしたことが不法行為に該当すると主張して、Y1社及び勧誘を助長したY2社に対して、消費者裁判手続特例法に定める共通義務確認の訴えを提起しました。
争点
支配性要件とは?
消費者裁判手続特例法3条4項においては、「裁判所は、共通義務確認の訴えに係る請求を認容する判決をしたとしても、事案の性質、当該判決を前提とする簡易確定手続において予想される主張及び立証の内容その他の事情を考慮して、当該簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるときは、共通義務確認の訴えの全部又は一部を却下することができる。」と定められています。
この「簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」に該当することを、「支配性の要件を欠く」といいます。
支配性の要件を欠くと判断された時は、裁判所が共通義務の訴えの全部または一部を却下することになります。
本件の争点
COJによる共通義務確認の訴えに対して、Y社らは、仮にY社らが損害賠償義務を負うべきであるとしても、消費者らにも過失があることから過失相殺が認められるべきこと、また、そもそも損害との因果関係が認められないと主張していました。
そこで、本件においては、Y社らが主張した過失相殺や因果関係の不存在に関して、「簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」に該当し、支配性要件を欠くとして、裁判所が訴えを却下できるか否かが争点となりました。
原審の判断
この点、原審は、
・過失相殺すべき事情がおよそないとはいえず、本件対象消費者ごとにその過失の有無及び割合を異にすることから一律に判断することはできないこと
・因果関係の存否に関する事情も対象消費者ごとに様々であること
などを指摘し、本件は「簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」(支配性要件を欠く)に当たるとして、訴えを却下すべきであると判断しました。
「仮に、Y社らによる本件各商品の購入の勧誘等が不法行為となり、これによって、本件対象消費者が誰でも確実に稼ぐことができる簡単な方法があると誤信したとしても、そもそも投資等においてそのような方法があるとは容易に想定し難く、本件対象消費者につき、仮想通貨への投資を含む投資の知識や経験の有無及び程度、本件各商品の購入に至る経緯等の事情は様々であることからすれば、過失相殺について、本件対象消費者ごとにその過失の有無及び割合を異にする。また、本件対象消費者が本件各商品を購入した動機については、誰でも確実に稼ぐことができる簡単な方法があると誤信した場合のほか、そのような誤信をせずに、単に仮想通貨で稼ぐ方法に興味を抱いた場合も想定され、本件対象消費者ごとに因果関係の存否に関する事情も様々である。したがって、本件については、法3条4項にいう「簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」に該当する。」
本判決の要旨
これに対して、最高裁は、以下のとおり述べて、原審の判断は是認できないとし、原判決を破棄・第1審判決を取り消し、東京地裁に差し戻すと判断しました。
裁判所が訴えを却下できる場合とは
まず、最高裁は、裁判所が訴えを却下できるか場合、すなわち支配性要件を欠く場合とは、「個々の消費者の対象債権の存否及び内容に関して審理判断をすることが予想される争点の多寡及び内容、当該争点に関する個々の消費者の個別の事情の共通性及び重要性、想定される審理内容等に照らして、消費者ごとに相当程度の審理を要する場合」をいうとの判断枠組みを示しました。
「法は、消費者契約に関して相当多数の消費者に生じた財産的被害を集団的に回復するため、共通義務確認訴訟において、事業者がこれらの消費者に対して共通の原因に基づき金銭の支払義務を負うべきことが確認された場合に、当該訴訟の結果を前提として、簡易確定手続において、対象債権の存否及び内容に関し、個々の消費者の個別の事情について審理判断をすることを予定している(2条4号、7号参照)。そうすると、法3条4項により簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であるとして共通義務確認の訴えを却下することができるのは、個々の消費者の対象債権の存否及び内容に関して審理判断をすることが予想される争点の多寡及び内容、当該争点に関する個々の消費者の個別の事情の共通性及び重要性、想定される審理内容等に照らして、消費者ごとに相当程度の審理を要する場合であると解される。」
本件の検討
その上で、最高裁は、Y社らが主張する過失相殺及び因果関係の不存在が、特例法3条4項の「簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」(支配性要件を欠く)に該当するか否かを検討しています。
過失相殺について
まず、過失相殺については、
・本件対象消費者が本件各商品を購入するに至った主要な経緯は共通していること
・Y社らの説明から生じ得る誤信の内容も共通しているといえること
・過失相殺の審理において、本件対象消費者ごとに仮想通貨への投資を含む投資の知識や経験の有無及び程度を考慮する必要性が高いとはいえないこと
・本件対象消費者につき、過失相殺をするかどうか及び仮に過失相殺をするとした場合のその過失の割合が争われたときには、簡易確定手続を行うこととなる裁判所において、適切な審理運営上の工夫を講ずることも考えられること
などの事情を指摘し、過失相殺に関して、本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえないと判断しました。
「これを本件についてみると、COJが主張するY社らの不法行為の内容は、Y社らが本件対象消費者に対して仮想通貨に関し誰でも確実に稼ぐことができる簡単な方法があるなどとして、本件各商品につき虚偽又は実際とは著しくかけ離れた誇大な効果を強調した説明をしてこれらを販売するなどしたというものであるところ、前記事実関係によれば、Y社らの説明は本件ウェブサイトに掲載された文言や本件動画によって行われたものであるから、本件対象消費者が上記説明を受けて本件各商品を購入したという主要な経緯は共通しているということができる上、その説明から生じ得る誤信の内容も共通しているということができる。そして、本件各商品は、投資対象である仮想通貨の内容等を解説し、又は取引のためのシステム等を提供するものにすぎず、仮想通貨への投資そのものではないことからすれば、過失相殺の審理において、本件対象消費者ごとに仮想通貨への投資を含む投資の知識や経験の有無及び程度を考慮する必要性が高いとはいえない。また、本件対象消費者につき、過失相殺をするかどうか及び仮に過失相殺をするとした場合のその過失の割合が争われたときには、簡易確定手続を行うこととなる裁判所において、適切な審理運営上の工夫を講ずることも考えられる。これらの事情に照らせば、過失相殺に関して本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえない。」
因果関係について
次に、因果関係については、
・本件対象消費者が本件各商品を購入するに至った主要な経緯は共通していること
・Y社らの説明から生じた誤信に基づき本件対象消費者が本件各商品を購入したと考えることには合理性があること
からすれば、因果関係に関して、本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえないと判断しました。
「さらに、上記のとおり、本件対象消費者が上記説明を受けて本件各商品を購入したという主要な経緯は共通しているところ、上記説明から生じた誤信に基づき本件対象消費者が本件各商品を購入したと考えることには合理性があることに鑑みれば、本件対象消費者ごとに因果関係の存否に関する事情が様々であるとはいえないから、因果関係に関して本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえない。」
結論
よって、最高裁は、「過失相殺及び因果関係に関する審理判断を理由として、本件について、法3条4項にいう「簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」に該当するとした原審の判断には、同項の解釈適用を誤った違法がある。」「他に予想される当事者の主張等を考慮し、個々の消費者の対象債権の存否及び内容に関して審理判断をすることが予想される争点の多寡及び内容等に照らしても、本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえない。」として、原判決を破棄・第1審判決を取り消し、本件を第1審に差し戻すべきであるとの判断を示しました。
ポイント
どんな事案だったの?
本件は、特定適格消費者団体であるCOJが、事業者であるY1社及び勧誘を助長した事業者Y2社に対して、ウェブサイトを通じて、消費者に対して虚偽又は実際とは著しくかけ離れた誇大な効果を強調した説明をして商品を販売するなどしたことが不法行為に該当すると主張して、消費者裁判手続特例法に定める共通義務確認の訴えを提起した事案でした。
何が問題になったの?
本件においては、Y社らが主張した過失相殺や因果関係の不存在に関して、「簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」に該当し、支配性要件を欠くとして、裁判所が訴えを却下できるか否かが争点となりました。
本判決のポイント
本判決の大きなポイントは、最高裁が、支配性の要件該当性を判断するにあたり、考慮すべき事情を明確に示した点です。
「法3条4項により簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であるとして共通義務確認の訴えを却下することができるのは、個々の消費者の対象債権の存否及び内容に関して審理判断をすることが予想される争点の多寡及び内容、当該争点に関する個々の消費者の個別の事情の共通性及び重要性、想定される審理内容等に照らして、消費者ごとに相当程度の審理を要する場合であると解される。」
これまで、支配性要件については、過度に厳格に解されているのではないか、という点が問題視されてきました。
今回の最高裁の判断は、「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差により消費者が自らその回復を図ることには困難を伴う場合があることに鑑み、その財産的被害等を集団的に回復するため、特定適格消費者団体が被害回復裁判手続を追行することができることとする」という消費者裁判手続特例法の制度趣旨に改めて立ち返って運用を考えるべきことを示しています。
補足意見
なお、本判決には、以下のとおり、裁判官宇賀克也、同林道晴の各補足意見がついています。
「裁判官林道晴の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に賛同するものであるが、補足して若干意見を述べておきたい。
法3条4項にいう「簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」(以下「本要件」という。)とは、法廷意見が指摘するとおり、消費者ごとに相当程度の審理を要する場合をいうものと解されるが、同項は、直接的には、簡易確定手続における審理判断の困難性に着目した規定ぶりとなっていることに照らせば、本要件に該当するか否かを判断するに当たっては、簡易確定手続の審理を担当する裁判所が講じ得る審理運営上の工夫を十分考慮に入れる必要がある。
通常、共通義務確認訴訟の段階では、個々の消費者の個別の事情についてはいまだ明らかでないことが少なくないと思われるものの、本件のように、消費者契約に至る主要な経緯等が客観的な状況等からみて共通しているということができるような場合には、上記経緯等についての個々の消費者の個別の事情に係る争点に関しては、陳述書等の記載内容を工夫することなどにより、簡易確定手続の審理を合理的に行うことができるのではないかと思われる。また、当事者多数の訴訟において、仮に過失相殺をするとした場合には、当事者(被害者)ごとに存する事情を分析、整理し、一定の範囲で類型化した上で、これに応じて過失の割合を定めるなどの工夫が行われているところであり、同様の工夫は、簡易確定手続においてもなし得るものと考えられる。民事裁判の実務において培われてきたこのような種々の審理運営上の工夫を考慮し、相当多数の消費者に生じた財産的被害を集団的に回復するという法の立法趣旨をも踏まえて、本要件の該当性を判断することが相当であろう。
裁判官宇賀克也は、裁判官林道晴の補足意見に同調する。」
弁護士にご相談ください
消費者被害は、同種の被害が拡散的に多発しているにもかかわらず、事業者との間の情報の格差などによって個々の消費者が泣き寝入りしてしまっているケースも多々あります。
しかし、消費者裁判手続特例法では、共通義務確認訴訟と簡易確定手続という消費者被害の回復を図るための制度が設けられています。
消費者被害を受けた場合には、まずどんな行動をとることができるか、弁護士に相談してすることがおすすめです。