労働問題

年休時季変更権行使で海外結婚式の妨害は違法?【京王プラザホテル札幌事件】

新型コロナウイルス感染症の感染が拡大していた当時、外出制限や短時間営業など多くの制約を余儀なくされました。
令和5(2023)年5月8日から、新型コロナウイルス感染症の位置付けが「5類感染症」になり、海外渡航を含めて行動の自由が許されるようになりましたが、やはり「換気」「手洗い・手指消毒」などの基本的な感染予防対策は引き続き注意が必要です。

さて、今回は、労働者が、新型コロナウイルス感染症の感染が急速に拡大し始めた令和2年3月に、海外の娘の結婚式に出席するため、年次有給休暇の時季指定をしたところ、使用者に時季変更権を行使された結果、結婚式に出席できなかったと主張して、会社の時季変更権の行使の適法性を争った事案をご紹介します。

京王プラザホテル札幌事件・札幌地裁令和5.12.22判決

事案の概要

本件は、Y社に勤務していたXさんが、令和2年3月にアメリカで行われる娘の結婚式に出席するため、年次有給休暇の時季指定を行ったところ、Y社が時季変更権を行使したことにより、Xさんが結婚式に出席できなかったことから、Y社の時季変更権の行使が違法であるなどと主張し、Y社に対して、慰謝料等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

XさんとY社の関係

Xさんは、昭和56年5月に、札幌市内においてホテルを運営するY社に入社し、平成28年6月から令和2年6月まで宿泊部部長として勤務していました。
令和2年3月当時、Y社の代表取締役は乙山社長、常務取締役はAさん、取締役宿泊部長はBさん、取締役管理部長はCさんでした。
Xさんは、令和4年6月30日にY社を定年退職しました。

Xさんによる年次有給休暇の時季指定

Xさんは、令和2年3月21日にアメリカ合衆国ハワイ州で行われるXさんの娘の結婚式に出席するため、令和元年10月頃及び令和2年2月25日、年次有給休暇の時季指定(同年3月18日から同月25日まで)をしました。
当初、Y社はこのXさんの申出を了承していました。

Y社による時季変更権の行使

ところが、Y社は、新型コロナウイルス感染症の国内外における拡大状況等を考慮し、国外への渡航を禁止するため、時季変更権を有給休暇開始の前日に行使しました。
この結果、Xさんは、娘の結婚式に出席することができませんでした。

訴えの提起

そこで、Xさんは、Y社の時季変更権行使は、Y社の事業の正常な運営を妨げる場合に当たらず、違法であるなどと主張して、労働契約上の債務不履行または不法行為に基づき、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、
Y社による本件時季変更権の行使が違法であるか否か
が争点となりました。

本判決の要旨

時季変更権の行使

使用者は、原則として、労働者の請求した時季に年次有給休暇を与えなければならないが、当該時季に年次有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えるために時季変更権を行使することができる労働基準法39条5項)。

当時の状況に照らした検討

新型コロナウイルスの感染拡大の状況

(…)1月ないし3月当時、新型コロナウイルス感染症が世界的に急拡大する中で、北海道においても、(…)新型コロナウイルス感染症の拡大傾向にあり、人生における重要なイベントであっても中止や自粛をすることが感染拡大を防止するために必要であると社会的に受け止められる状況にあったと認められる。

また、(…)従業員等が新型コロナウイルスに感染した場合には、当該感染の事実と共に、施設名や当該従業員の属性等が報道されたことや、Y社の関連会社が運営するA(新宿)では、アルバイト従業員が新型コロナウイルスに感染した事実や当該従業員の担当業務の内容や海外旅行歴が報道されたことが認められ、これらの事実等に照らすと、Y社の従業員が新型コロナウイルスに感染した場合には、多数の者が出入りするホテルを運営するY社の社会的な責務として、当該感染の事実、当該従業員の属性、海外旅行歴等を公表して報道されていたものと考えられる。

そして、(…)Xさんが渡航する予定であったハワイについては、3月17日の本件時季変更権の行使の時点では、感染症危険情報は発出されていなかったものの、これに先立つ同月6日には政府が中華人民共和国と大韓民国からの入国者に対して水際対策としての検疫の強化を発表し、同月11日にはWHOが「パンデミック(世界的大流行)」を表明し、同月13日(現地時間)にはアメリカ合衆国で大統領による国家非常事態宣言を発表したことが認められ、これらの事実等からすれば、同月17日の本件時季変更権の行使の時点でも、近い時期に、アメリカ合衆国からの入国者に対しても水際対策としての検疫の強化がされるなど、一定の行動制限を受け得ることは容易に予想することができたものである。実際、本件時季変更権の行使後において、同月17日(現地時間)にはハワイ州知事がハワイへの渡航と往来を控え、10名以上のイベントの自粛等を要請し、同月21日(現地時間)には同月26日以降にハワイに到着する観光客等全員に対して14日間の隔離を義務付ける措置を実施することを発表している。

仮にXさんが渡航した場合

以上のような新型コロナウイルス感染症の状況の下では、仮にXさんがハワイに渡航していた場合、一定の感染対策を講じていたとしても新型コロナウイルスに感染していた現実的危険性はあったというべきであり、実際にXさんが新型コロナウイルスに感染し、帰国後に症状等が出た場合には、独自の緊急事態宣言が発出されている北海道において宿泊事業を営んでいるY社としては、その社会的責務から、当該感染の事実と共に、ホテル名、感染者が宿泊部部長であること、感染前にハワイに渡航していたこと等を公表せざるを得ず、これが大々的に報道されていたものと考えられ、宿泊部部長の立場にあるXさんが、(…)あえてハワイに渡航して新型コロナウイルスに感染したという事実は、人生における重要なイベントであっても中止や自粛をすることが感染拡大を防止するために必要であるといった当時の通常人を基準とした社会的な受け止め方を前提とするならば、たとえ娘の結婚式に出席するためであったことが併せて報道されていたとしても、Y社に対する社会的評価の低下をもたらすものであったと認められる。そして、2月ないし3月当時のY社の経営状況が危機的な状況であったことからすると、Y社に対する社会的評価の低下は、Y社の事業継続に影響しかねないものであったといえる。

まとめ

そうすると、Y社が、3月17日の本件時季変更権の行使の時点において、Xさんに対し、業務命令としてハワイへの渡航を禁じることは、Y社の事業の正常な運営を妨げる場合に当たるものとして合理性があったというべきである。その上で、本件期間の年次有給休暇が専らハワイへの渡航であることを明示していたXさんに対して、ハワイへの渡航を禁じた結果として本件時季変更権の行使に至ったものであるから、これをもって違法であるということはできない。

Xさんの主張①について

Xさんの主張

Xさんは、年次有給休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であるから、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かの判断に際し、Xさんがハワイに渡航して娘の結婚式に出席するという年次有給休暇の利用目的を考慮することは許されないなどと主張する。

時季変更権の行使にあたり年休の利用目的を考慮することが許されるか

確かに、上記の事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かは、客観的に判断すべきであるところ、一般的には、年次有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり、当該利用目的を考慮して年次有給休暇を与えないことは許されないものと解されてきた最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決・民集41巻5号1229頁参照)。しかしながら、当該解釈は、年次有給休暇の利用目的といった主観的な事情が事業の正常な運営に直接影響を及ぼすものではないとの理解を前提としたものであったから、労働者が利用目的を明示して年次有給休暇の時季指定を行っており、専ら当該利用目的を達するために当該年次有給休暇を取得する場合を前提として、当該利用目的自体から現実的に生じ得る事態等を踏まえて、使用者の事業の正常な運営に直接影響を及ぼすこととなるといった特段の事情があるときには、例外的に、使用者において時季変更権の行使に当たり年次有給休暇の利用目的を考慮することも許されるというべきである

本件の検討

これを本件についてみると、Xさんは、本件期間の年次有給休暇の利用目的としてハワイで行われる娘の結婚式に出席することを明示しており、ハワイに渡航できず、同結婚式にも出席できない場合にはおよそ本件期間に年次有給休暇を取得する必要がなかったものと認められることを前提に、(…)当時の新型コロナウイルス感染症の状況の下では、仮にXさんがハワイに渡航し、実際に新型コロナウイルスに感染し、帰国後に症状等が出た場合には、当該感染の事実等が大々的に報道され、Y社に対する社会的評価の低下をもたらすことでY社の事業継続に影響しかねないものであったと認められ、上記の特段の事情があると認められるから、本件時季変更権の行使に当たり、Xさんの本件期間の年次有給休暇の利用目的を考慮することも許されるというべきである。

Xさんの主張②について

Xさんの主張

また、Xさんは、Y社が、本件時季変更権の行使をした3月17日に至るまで、Xさんがハワイに渡航することを前提とした具体的な対応を検討することなく、当該渡航の前日になって初めて話合いの場を持ち、拙速にも本件時季変更権の行使をしたものであり、休暇取得の期待を生じさせていたXさんに対して予期しない多大な不利益を与えたものであるから、本件時季変更権の行使は、権利濫用又は信義則違反に当たるなどと主張する。

時季変更権の行使が不当に遅延されたものといえるか

確かに、使用者は、労働者の年次有給休暇の時季指定に対して時季変更権を行使するか否かの判断は、合理的な期間内にされるべきであり、不当に遅延させることは許されない。しかしながら、当該時季指定から一定期間が経過した後であっても、諸般の事情の変更により、事業の正常な運営を妨げることが判明した場合において、その後遅滞なく時季変更権が行使されたといった特段の事情があるときは、このような時季変更権の行使も合理的な期間内にされたものとして許されるものというべきである。

本件の検討

これを本件についてみると、本件期間における年次有給休暇について、XさんがD総支配人の了承を得たのが令和元年10月頃であり、XさんがB社長の了承を得たのが2月25日であるところ、(…)同日以降も、新型コロナウイルス感染症の急拡大の傾向が更に強まっており、本件時季変更権の行使がされた3月17日時点では、D総支配人やB社長が了承した各時点とは、新型コロナウイルス感染症の状況は大きく異なっていたものであり、日々刻々と国内外の状況が変化するといった諸般の事情の変更があった中で、翌日から予定通りハワイに渡航することを確認した直後にB社長がD総支配人及びE部長と共に協議を行い、速やかにハワイへの渡航を禁止する旨の判断をしたことに照らすと、本件時季変更権の行使は遅滞なくされたものとして、上記の特段の事情があると認められるから、本件時季変更権の行使は合理的な期間内にされたものとして許されるというべきである。

結論

以上によれば、本件時季変更権の行使が違法であるということはできない。

ポイント

どんな事案だったか?

本件は、Y社に勤務していたXさんが、令和2年3月にアメリカで行われる娘の結婚式に出席するため、年次有給休暇の時季指定を行ったところ、Y社が時季変更権を行使したことにより、Xさんが結婚式に出席できなかったことから、Y社の時季変更権の行使が違法であるなどと主張し、Y社に対して、慰謝料等の支払いを求めた事案でした。

何が問題となったか?

本件では、
Y社による本件時季変更権の行使が違法であるか否か
が問題となりました。

年次有給休暇とは?

年次有給休暇(年休)は、労働者が心身の疲労を回復し、明日への活力と創造力を養い、ゆとりある勤労者生活を実現するための制度であり、使用者は、労働者が年休を取得しやすい就業環境を整えることが求められています。

労働基準法第39条第5項により、年休は、原則として、「労働者が請求する時季」に与えなければなりません。
ただし、「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」には、他の時季に年休を与えることもできます(同項ただし書)。

このように、使用者は「正常な運営を妨げる場合」に限り、時季変更権を行使することが許されますが、正常な運営が阻害されるか否かは、その事業の規模や業務内容、当該労働者の職務内容、繁忙度、代替要員確保の困難度、代替による事業への影響の程度、休暇期間の長短などの諸事情を総合的に検討することが求められます。

また、使用者は、ワークライフバランスの実現の観点からも、労働者が希望した時季に年休を取得することができるよう、可能な限り配慮することが求められています。

本判決のポイント

本件においては、娘の結婚式への参加のための海外渡航という年休の利用目的と、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い行われた使用者による時季変更権の行使が問題となっていました。
従来、判例では、「年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である、とするのが法の趣旨である」としつつも(全林野白石営林署未払賃金請求事件・最高裁昭和48・3・2判決、国鉄郡山工場賃金請求事件・最高裁昭和48・3・2判決)、時季変更権の行使を差し控えるために使用者が利用目的について聴取することは例外的に許される(電電公社此花局時件・最高裁昭和57・3・18判決)とされていました。

本件において、裁判所は、かかる従来の判例の見解を踏まえた上で、「労働者が利用目的を明示して年次有給休暇の時季指定を行っており、専ら当該利用目的を達するために当該年次有給休暇を取得する場合を前提として、当該利用目的自体から現実的に生じ得る事態等を踏まえて、使用者の事業の正常な運営に直接影響を及ぼすこととなるといった特段の事情があるときには、例外的に、使用者において時季変更権の行使に当たり年次有給休暇の利用目的を考慮することも許されるというべきである。」との判断枠組みを示し、パンデミックという具体的な事情の下で本件時季変更権の行使について検討をし、かかる例外を許容しています。
本件は、あくまでも事例判断ではあるものの、使用者による時季変更権の行使を検討する上では、参考になります。

弁護士にご相談ください

近年、会社の時季変更権の適法性に争われるケースが増えています。
本件は、新型コロナウイルス感染症の拡大というやや特殊な状況下における年休の取得が問題となっていましたが、年休が問題となるのは、このような場合だけではありません。

また、先ほども述べたとおり、年休の取得は労働者が心身の疲労を回復するために特に重要な制度であり、使用者としては、できる限り、労働者が取得したいときに年休を取得できるように配慮することが期待されています。

他方で、業種や業態、繁忙期その他の事情に照らし、使用者は時季変更権を行使しなければならないこともあると考えられます。

年次有給休暇に関しては、こちらの記事もご覧ください。

年休取得と時季変更権に関してお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。