労働問題

職場のいじめにはどう対応すべき?【ハイデイ日高事件】

職場での嫌がらせを受けていたり、仲間はずれにされてしまったりすることで、会社に行くことが辛くなっていたり、思い悩んでいたりする従業員は少なくありません。
しかし、使用者側の意見を聞いてみると、「うちはみんな仲良いから大丈夫」そんな声が返ってくることが多いのが現実です。

たしかに自社の就業環境を疑うことは気持ちの良いものではありません。
しかし、人間同士のいざこざや対立、派閥の形成、嫌がらせなどは些細なきっかけから始まってしまうことがあります。
そして、ちょっとしたことを放置しているうちに、ハラスメントにつながったり、従業員の心身の不調につながったりすることもあります。
そのため、使用者としては、日頃から職場の環境にアンテナを張り、万が一、嫌がらせなどが起きていた場合には、できる限り早急に対応をとることが求められます。

さて、今回は、そんな職場のいじめの有無が問題となった事案をご紹介します。

ハイデイ日高事件・東京地裁令和5年2月3日判決

事案の概要

本件は、Xさんが、Yさんに対して、YさんのXさんに関する言動等が職場のいじめに当たり、これにより精神的苦痛を受けたと主張して、不法行為に基づく慰謝料などの支払いを求めた事案です。

事実の経過

XさんとYさんの関係

Xさんは、飲食店の経営、中華麺類の製造販売等を目的とする株式会社であり、中華・ラーメン店(本件店舗)を運営するH社の研修を経て、平成17年11月16日、本件店舗において、オープニングスタッフとして勤務を始め、接客、調理等に従事していました。
また、Xさんは、平成21年1月頃、本件店舗から、H社の別の店舗に異動になったものの、平成22年5月頃、再び、本件店舗において勤務を開始しました。
他方、Yさんは、平成23年7月に、パートタイム従業員として、本件店舗に勤務するようになり、平成26年5月、H社を退社しましたが、平成27年9月、再びH社に入社し、本件店舗において勤務を開始しました。

Yさんの言動

Yさんは、B従業員に対して、平成29年3月14日、本件店舗の休憩室において、Xさん不在の際、地区長などに関する話題、休日などに関する話題、二次会などに関する話題とともに、Xさんについて、「いやだ、いやだ、あんなの。あーあ。ムカつくぜ、ほんとにあいつ」「うそぶいてんの。いっつも、うそぶいてんの」「ふっと見たらさぁ、あの人、醤油を持参しているの。うわ、気持ちわりぃ。あーあ、イヤだあ、何これ、すごいね。マイ醤油があるよ。あ、ははははは、あーあ、バカはバカだよなあ。呆れるなあ、ほんとに、あーあ。醤油どめだよ。気持ちわりい。気持ちわりいなぁ。ほんとに」等と述べました。
また、Yさんは、平成29年3月28日、本件店舗の休憩室において、Xさん不在の際、日常業務に関する話題、幼稚園に関する話題とともに、Xさんについて、「大っ嫌いだ、大っ嫌い」「みんなに嫌われてるのに気づかねえのかなあ。」等と発言しました。

労働組合による申し入れ

フリーター全般労働組合は、H社に対し、平成29年4月20日付「連絡書5」と題する書面により、Xさんに対する陰口や誹謗中傷行為が繰り返されているなどと通知しました。
また、同組合は、H社に対し、平成29年5月18日付「連絡書7」と題する書面により、Yさんが私物を漁る行為を繰り返しているため対処を求める旨を通知しました。
さらに、同組合は、H社に対し、平成30年1月30日付「団体交渉申入書」と題する書面により、Yさんによる嫌がらせ行為に対する具体的な措置を講じるよう通知しました。
そして、同組合は、H社に対し、平成30年3月11日付「抗議書」と題する書面を送付して、同月8日に職場いじめが行われたとして対策を求める旨を通知しました。

H社の対応

これに対して、H社は、平成30年5月7日、Xさんの意向を踏まえ、本件店舗に「職場において、無断で録音することはやめましょう。これはプライバシーの侵害になりえます。」職場で、他人の私物を無断で触ることはやめましょう。」との掲示を行い、私物の物色行為を禁止する旨を通知しました。

本件訴えの提起

その後、Xさんは、Yさんに対して、YさんのXさんに関する言動等が職場のいじめに当たり、これにより精神的苦痛を受けたと主張して、不法行為に基づく慰謝料などの支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、Yさんの発言が不法行為に当たるか否かが問題となりました。

本判決の要旨

Yさんの発言が不法行為に当たるか

Yさんは(…)Xさんについて否定的な感想、意見を述べたことは否定できない。
しかしながら、Yさんの発言は、「いやだ」、「気持ち悪い」、「大っ嫌い」等と主としてYさんのXさんに対する主観的な感情・評価を吐露するものにすぎず、Xさんに係る個別具体的な事実を摘示し、これによりXさんが社会から受ける客観的な評価を低下させるようなものであったとはいえないし、具体的な事実に基づく論評・評価に当たるものであったともいえない。そして、Xさんは、Yさんが出勤する日はほぼ毎日のように録音し、その数は500件以上であるところ(Xさん本人)、Yさんの発言中、Xさんに対する否定的評価が含まれるものは上記2日間のものに限られ、本件全証拠を精査しても、Yさんによる継続的な言動があったと認めるに足りないし、いずれもXさん不在の本件店舗の休憩室における一時的な会話であり、Xさんが秘密録音したことによって、Xさんの知るところとなったにすぎないのである。このような(…)具体的な状況を踏まえてみると、これがXさんに対する不法行為に当たるものとまでは解されない。

秘密録音の証拠能力

なお、Yさんは、平成29年3月14日及び同月28日の各会話を録音した媒体及びその反訳書(…)について、違法収集証拠に該当するから証拠能力がないと主張するが、上記録音媒体はXさんが、本件店舗の従業員が共同して使用する本件店舗の休憩室での会話を、Yさんが知らない間に録音したというにとどまり(‥)、その録音の手段・方法に照らして、著しく反社会的な手法で人格権を侵害して取得されたとまでは認められないのであり、証拠能力は否定されないというべきである。

まとめ

以上によると、Yさんによる不法行為は認めるに足りず、争点に関するXさんの主張は、採用することができない。

結論

裁判所は、以上の検討から、Yさんの発言は不法行為に当たらず、Xさんの請求は認められないと判断しました。

ポイント

どんな事案だったか?

Xさんが、YさんのXさんに関する言動等が職場のいじめに当たり、これにより精神的苦痛を受けたと主張して、Yさんに対して、不法行為に基づく慰謝料などの支払いを求めた事案でした。

何が問題となったか?

本件では、Yさんの発言が不法行為に当たるか否かが問題となりました。
また、Xさんが、Yさんの発言を秘密裏に録音していたことから、この録音媒体と反訳書が違法収集証拠として証拠能力が否定されるか否かも問題となりました。

裁判所の判断

裁判所は、確かにYさんが、Xさんについて「いやだ、嫌だ、あんなの。あーあ。むかつくぜ、本当にあいつ」「大っ嫌いだ、大っ嫌い」「みんなに嫌われてるのに気づかねえのかなあ」などの否定的な感想、意見を述べたことは否定できないとしつつも、これらの発言はYさんの主観的な感情・評価にすぎないこと、Xさんが録音した500件以上のYさんの発言のうち、Xさんに対する否定的評価が含まれるものが2日間のものに限られることなどからすれば、Yさんの発言が不法行為に当たるとはいえない。と判断しました。
また、録音媒体については、Xさんが、本件店舗の従業員が共同して使用する休憩室での会話を、Yさんが知らない間に録音したにとどまり、著しく反社会的な手法で人格権を侵害して取得されたとはいえないことから、証拠能力が否定されることはない、と判断しています。

弁護士にもご相談ください

本件は、職場トラブルをめぐる従業員間の紛争でしたが、職場でのいじめについては、使用者としても適時・適切な対処が求められます。
使用者には、労働者の心身の健康と安全を守るべき義務(安全配慮義務)があり、使用者が、職場のいじめなどを放置してしまった場合には、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を問われる場合もあります。
また、近年では、職場内でのパワハラやセクハラといったハラスメントについても、厳しい目が向けられており、ハラスメントを未然に防止するための徹底的な対策を講じることも不可欠です。

安全配慮義務に関してはこちらのコラムもご参照ください。

職場での従業員間のトラブルやハラスメントなどについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。