労働問題

救済命令を実施しないと損害賠償?【京都市(救済命令不実施)事件】

労働者や労働組合は、使用者から不当労働行為を受けた場合、労働委員会に対して救済申立てを行うことができます。
不当労働行為とは、会社による労働組合の活動に対する妨害行為のことであり、労働組合法第7条により、明示的に禁止されています。

具体的には、会社が以下の行為をすることが禁止されています。

組合員であることを理由とする解雇その他の不利益取扱い第1号
正当な理由のない団体交渉の拒否第2号
労働組合の運営等に対する支配介入及び経費援助第3号
労働委員会への申立て等を理由とする不利益取扱い第4号
不当労働行為の種類


仮に不当労働行為の事実が認められた場合には、労働委員会から使用者に対して、復職や賃金差額支払い、組合運営への介入の禁止等といった救済命令(27条の12)がなされることになります。
そして、救済命令に会社が違反した場合には、過料や罰則に処せられることになります。

今回は、そんな救済命令をめぐり、労働委員会から救済命令がなされたにもかかわらず、使用者がこれに応じなかったとして、労働組合が損害賠償を求めた事案を取り上げます。

京都市(救済命令不実施事件)・京都地裁令和5.12.8判決

事案の概要

本件は、Y市が、労働委員会の救済命令により、労働組合Xらとの団体交渉に応じるよう命じられたにもかかわらず、これに応じなかったとして、XらがY市に対して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償金の支払いなどを求めた事案です。

事実の経過

XらとY市の関係

X1(全国福祉保育労働組合京都地方本部)は、京都府内における民間の保育所や高齢者介護施設、障害者福祉施設等の職員等で組織する労働組合でした。
また、X2(全国福祉保育労働組合京都地方本部学童保育・児童館支部)は、X1に加入する組合員のうち児童館等の職員である者で組織するX1の支部でした。
そして、全国福祉保育労働組合京都地方本部京都地方本部京都市学童保育所管理委員会協議会は、X2の組合員のうちY市学童保育所管理委員会(管理委員会)の職員である者で組織するX1の下部組織でした。

他方、Y市は、地方公共団体であり、学童保育事業等を実施している児童館等を運営し、学童保育事業運営のため、運営団体に委託料を支払っていました。

令和3年2月時点において、Y市の運営する児童館等のうち、指定によるものは27団体・99施設、委託によるものは37団体(うち8団体は指定によるものと重複)・40施設ありました。
そのうち、X2の組合員が勤務しているのは、管理委員会以外では、社会福祉法人京都市社会福祉協議会、社会福祉法人I、社会福祉法人F・G児童センター及び社会福祉法人H会の4団体でした。
管理委員会は、学童保育事業の管理及び運営を目的とする法人格を有しない団体であり、令和3年2月時点において、Y市から指定を受けて8施設の学童保育所を運営していました。

救済命令申立てに至る経緯

団体交渉の申入れ

X1及びX3は、昭和63年7月14日、管理委員会に対し、基本給の引き上げ等を求めて団体交渉を申し入れました。
X1及びX3は、平成元年2月1日、Y市に対し、Y市が事実上の使用者に当たるとして、管理委員会に対する申入事項について団体交渉を申し入れたところ、Y市は、同月2日、団体交渉を拒否しました。
X1及びX3は、これを不当労働行為として京都府労働委員会に救済を申し立てると、Y市は、同年9月7日、団体交渉申入れを応諾する旨回答しました。

合意書の締結

Xら及びY市は、平成2年12月27日、基本給については引き続き団体交渉を行う旨の合意書を、平成3年2月21日、児童館等の職員の給与について研究、検討していく旨の合意書を締結しました。
また、Xらは、平成4年秋頃、Y市に対し、次年度のY市の予算編成に当たっての統一要求書を提出しました。
その後、毎年度、Xら及びY市は、12月に基本給及び諸手当についての協議、翌年の予算確定後である2、3か月後に要求書全体に係る協議を行っていました。

協議の合意

Xらは、令和元年9月13日、Y市に対し、Y市の令和2年度の予算編成に当たっての統一要求書を提出しました。
そして、Xら及びY市は、同年12月、同要求書記載の一部事項について協議を行うことについて合意しました。

団体交渉の拒絶

もっとも、Y市は、令和2年6月26日、Xらに対し、Xらとの関係においてY市が労働組合法(以下「労組法」という。)上の使用者に該当しないとの認識を通知しました。
そこで、Xらは、同年7月6日、Y市に対し、同通知に抗議するとともに、団体交渉申入れをしたところ、Y市は、同月10日、使用者性を認めるべき事情はないとして団体交渉申入れを拒否した。
さらに、Xらは、同年9月16日、Y市に対し、労使関係がないと考え方を変えた時期と根拠を示すこと等を求めたところ、Y市は、同月29日、Xらに対し、平成元年当時は管理委員会との関係において団体交渉に応じる義務があると認識していたとしても、当時とは事情が変わった現在においては団体交渉に応じる義務はないと回答しました。

救済命令申立て

Xらは、令和2年12月23日、Y市を相手取って、京都府労働委員会に救済命令申立てを行いました。
京都府労働委員会は、令和4年6月1日、管理委員会の職員である組合員との関係に限っては、職員の基本給及び諸手当に関連する要綱をY市が策定し、管理委員会が自らは判断せずに同要綱どおりにこれを支給しており、Y市も管理委員会の当該運営の在り方そのものを容認し、管理委員会に代わって自らXらとの間で基本給及び諸手当に関する団体交渉を行い、具体的な額について決定してきており、これは労組法上の使用者としての行為であったと認められるという理由で、Xらの申立てを一部認め、Y市に対し、Xらが令和2年7月6日付けで申し入れた団体交渉に関し、Y市学童保育所管理委員会就業規則第3条に規定する職員であるXらの組合員に係る次の事項について、Xらとの団体交渉に応じなければならないとの救済命令を発しました(本件命令)。

取消訴訟の提起

これに対して、Y市は、令和4年6月28日、本件命令のうち、Y市がXらとの団体交渉に応じなければならないとした部分の取消しを求める訴えを提起しました。

本件命令後の団体交渉申入れ

Xらは、Y市に対し、次のとおり、本件命令が出てから本件訴訟を提起するまでの間に、団体交渉申入れを合計14回行っていました。

もっとも、Y市は、Xらに対し、対応を検討中である又は本件取消訴訟の係争中には団体交渉に応じなくても違法ではない旨を記載した以下の年月日付けの書面をもって、Xらの団体交渉の申入れに応じませんでした。

訴えの提起

そこで、Xらは、Y市が、労働委員会の本件命令により、Xらとの団体交渉に応じるよう命じられたにもかかわらず、これに応じないのはY市の違法行為であ理、団体交渉実施にかかるXらの機体が侵害されていると主張し、Y市に対して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償金の支払いなどを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、Y市による団体交渉不履行の違法性が主要な争点となりました。

本判決の要旨

救済命令により課される義務

義務の性質

救済命令は、使用者及び申立人に交付された日から効力を生じることとされている(労組法27条の12第3項、4項)ところ、救済命令によって使用者に課される義務は、公法上の義務であると解される。

私法上の権利が認められるものではないこと

そうすると、Y市は、本件命令によって、Xらとの間で一定の範囲で団体交渉に応じなければならないとの公法上の義務を負うこととなるものの、このことから直ちにXらがY市に対して団体交渉を求めることができるという私法上の権利が認められるものではない。
Y市に対して団体交渉を求める私法上の権利がXらに認められるためには、XらにとってY市が労組法7条の使用者に当たると認められる必要があるが、救済命令が発せられたことは、労組法7条の使用者であることを確定的に認めることまで意味するものではない。
したがって、Y市がXらの団体交渉申入れに応じなかったことに対する法的評価としては、本件命令によって課される公法上の義務に違反したとの点で違法であると評価することはできるものの、Xらとの関係において、そのことのみによって直ちに私法上の権利を侵害した違法があるとまでは認められない。

違法になる場合とは?

Xらの団体交渉に対する強い期待

しかしながら、本件では、XらとY市との間において、「団体交渉」という呼称で、協議する機会が平成2年から令和元年までの約30年間にわたって持たれてきたこと(…)、Y市は学童保育に係る運営費用を負担する立場にある(…)ことから、その協議では、XらとY市との間で、基本給及び諸手当といった職員の労働条件に関する事項について議論をし、合意が形成されていたこと(…)、こういった協議の機会は、X1及びX3が平成元年に京都府労働委員会に救済を申し立て、同年、Y市が団体交渉申入れを応諾する旨回答したことにより始まったものであること(…)に照らせば、Xらは、Y市を使用者として、Y市との間で団体交渉をすることに強い期待を有しており、かつそのような期待を有することには合理的な理由があるということができる

Y市の行動が合理的期待を損なうこと

他方で、Y市は、令和元年には一部事項の協議を行うことにつきXらと合意していたところ(…)、令和2年に至り、突如として使用者性を否定するようになり、Xらとの団体交渉に応じない態度に転じた上(…)、こうした状況の下、令和4年に京都府労働委員会からXらとの団体交渉に応じなければならないとの救済命令(本件命令)を受け(…)、Xらから再三にわたり団体交渉の申入れを受けた(…)にもかかわらず、不服申立てによる救済命令の未確定を理由に団体交渉に応じない態度をとっていることは、自らの従前の言動に違うものであって、上記Xらの合理的な期待を著しく損なう行動というべきである。

国家賠償責任が生じるか

以上の経過を踏まえると、本件命令が確定する前であったとしても、Y市がXらとの団体交渉に応じることに対するXらの期待は、合理的なものとして、私法上の保護に値する利益というべきであり、このような利益が違法に侵害された場合には、国家賠償法に基づく損害賠償責任が生じることとなる

Y市による団体交渉不履行の違法性

さらに、本件では、Y市が、従前の団体交渉が行われてきた経過に加え、本件命令が発せられ、その後にXらから繰り返し行われてきた団体交渉申入れにY市が応じてこなかったこと(…)が認められる。このように、Y市は、本件命令による公法上の義務に違反して、団体交渉に係るXらの合理的期待を侵害したといえるから、Y市が団体交渉に応じないことには違法性があると認められる(…)。

まとめ

よって、Y市の団体交渉不履行は、国家賠償法上の違法性を有すると認められる。

結論

裁判所は、以上の検討により、Y市の団体交渉不履行により、Xらには30万円の損害が生じているとして、Y市に対して、損害賠償の支払いを命ずる旨の判断を示しました。

ポイント

どんな事案だったか?

本件は、Y市が、労働委員会の救済命令により、労働組合Xらとの団体交渉に応じるよう命じられたにもかかわらず、これに応じなかったとして、Xらが、団体交渉に応じないのはY市の違法行為であり、団体交渉実施にかかるXらの期待が侵害されていると主張し、Y市に対して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償金の支払いなどを求めた事案でした。

何が問題となったか?

本件では、Y市による団体交渉不履行の違法性が認められるか否かが問題となりました。

ポイント

従来から、使用者が労働組合に対して不当に団体交渉を拒否したり、不誠実な団体交渉を行ったりした場合、民法上の不法行為責任(民法709条)や国家賠償法に基づく損害賠償責任が生じ得るとされてきました。
もっとも、本件では、都道府県労働委員会の救済命令によって命じられた団体交渉の不履行(救済命令の不実施)について、損害賠償責任が生じるか否かが問題となりました。

この点、裁判所は、XらがY市に対して団体交渉を求める私法上の権利は認められないとしています。
他方で、裁判所は、XらとY市との間で約30年間にわたり団体交渉が行われていたなどの経緯に鑑みれば、Y市が団体交渉に応じることについてXらには合理的期待があったといえ、Y市が本件救済命令に違反して団体交渉に応じないことによって、Xらのかかる期待が侵害されたとして、国家賠償法上の違法性を認めています。

このように、救済命令に違反して、使用者が団体交渉を実施しなかった場合などにおいては、使用者に損害賠償義務が生じることもあるため、救済命令が発せられた場合には、慎重な対応が必要です。

弁護士にご相談ください

労働組合から団体交渉が申し入れられた場合、どのように対応してよいかわからないことも多いと考えられます。
「どうせ交渉をしても合意できるわけじゃないから、放置しておけばいいや」などと思うかもしれませんが、判例によれば、「使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には,当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても,労働委員会は,誠実交渉命令を発することができると解するのが相当である。」とされています(山形大学不当労働行為救済命令取消請求事件。最高裁令和4年3月18日判決)。
団体交渉の申入れを無視したり、誠実に対応しないと、不当労働行為に当たるとして、救済命令が行われ、さらに救済命令に違反すると、本件のような損害賠償請求にまで発展することもあります。
団体交渉の申入れがあった場合には、まずは弁護士に対応を相談することがおすすめです。