契約のいろは

よくある契約の特殊な取り決めをする場合の注意点

企業が経営活動を行う以上、取引先との間で契約を締結することは避けては通れません。しかし、契約ごとの特質や当事者間の個別的な事情を考慮することなく、売買契約書等のタイトルのみで判断して、定型的なひな形を使って契約を締結していないでしょうか。契約書は、後のトラブルを回避するために作成するものであるところ、契約の特殊性を考慮しない契約書は、後のトラブルを回避することに役立たないため作成するメリットに欠けることになります。そのため、以下では典型的な契約においてよく見られる特約的な条項についてご説明します。

所有権の移転

取引目的物の所有権の移転について特別な定めをすることがあります。

民法上のルールに従えば、取引目的物の所有権は売買契約時に移転するのが原則ですが、合意によって契約時と異なる時期に所有権が移転する旨を定めることは可能です。例えば、買主に信用不安がある場合には、売主側から所有権の移転時期を遅らせるような交渉がされることがあり、その結果買主による代金の完済まで所有権が売主のもとへ留保されることも少なくありません。

例:「商品に係る所有権は、代金の支払が完了することをもって、乙から甲に移転する。」

拡大損害

取引の対象となる商品の欠陥に起因して第三者に損害が生じた場合の売主の損害賠償責任の範囲について特別な定めをすることがあります。

売主から買主への損害賠償義務は、もとの取引との因果関係が認められる範囲で認められることになりますが、特に契約当事者以外の第三者に損害が生じた場合には、因果関係の認定が困難となる場合が少なくないため、その責任の所在ついて明確にしておくことがあります。

例:「乙は、商品の欠陥に起因して、第三者の生命、身体又は財産に損害が生じたときは、故意、過失の有無を問わず、その第三者又は甲が被った一切の損害(甲が第三者に支払った賠償額、甲が商品を市場から回収するために要した費用等)を賠償する。」

敷引特約

敷引特約とは、不動産賃貸借契約において、賃借人の退去時に返還されるべき敷金から一定の金額が控除される特約のことをいいます。敷金は、本来賃借人の退去時に未払い債務の返済に充当され、残額は賃借人に返還されるのが原則であるため、敷引特約はその原則から賃借人に不利に働く特約としてその有効性が問題になります。そこで、敷引特約の有効性に関する最高裁判所の判例がありますのでご紹介します。

最高裁判所平成23年3月24日判決(敷引特約に関する判例)

事案の概要

賃料1月9万6000円、保証金(敷金)40万円という賃貸借契約のもと、この敷金について賃借建物の明渡後契約経過年数に応じて定められた一定額の金員を控除し、その残額を返還するという敷引特約を定めた。その後、契約が終了したため、建物は明け渡され、敷金40万円から21万円が控除された19万円が控除された。

判決の概要

「敷引特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効になる。」とした上、結論としては、敷引金が補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとはいえず、賃料の2倍ないし3,5倍強にとどまり、更新料のほかは礼金等他の一時金を支払う義務を負っていないことを踏まえると、消費者契約法10条により敷引特約は無効とはならないとしました。

解説

この判決では敷引特約の有効性を補修費用等を考慮して高額過ぎると評価されるかという基準で判断しています。一応、このような基準を提示しているものの、補修費用等がどれくらいかは個々の不動産によっても異なるため、やはり敷引特約を定めるにあたっては専門的な知見が必要と言わざるを得ません。

まとめ

以上のように、契約書においては法律上の原則とは異なる特約が定められることが少なくありません。しかし、こうした特約事項は関係法令や判例との関係でその有効性が争われることもあるため、後に紛争とならない契約条項を定めるためには専門家である弁護士のアドバイスのもと作成するべきです。

契約書の作成でお困りのときは当事務所までご相談ください。