法律コラム

医師の説明義務とは?精神科病院の無断離院の防止策【最高裁令和5年1月27日判決】

病院で診察受ける際、医療機関との間で何か「契約」を締結していると感じることは少ないかもしれません。
実は、医師による患者の診察の場面においても、準委任契約という契約民法656条643条)が成立しています。
そして、医師は、契約上の義務として、患者に対する説明義務を負うと解されています。
説明義務とは、患者が自らの生命・身体・健康については自ら決めることができるという自己決定権(憲法13条)の実現を保障するため、医師が患者に対して必要な情報を提供しなければならないというものです。

なお、医師が説明すべき事項は、通常、患者が必要とする情報のほかにも、患者が特に関心を持っている情報についても、患者の希望に相応の理由があり、医師が患者のかかる関心を知った場合には、当該患者が自己決定をするうえで必要な情報として、その情報を提供すべきであるとされています。

今回は、統合失調症の治療ために精神科病院に任意入院者として入院した患者が無断離院をして自殺した場合において、同病院の設置者に無断離院の防止策についての説明義務があるか否かが問題となった事案を取り上げます。

最高裁第二小法廷判決・令和5年1月27日

事案の概要

本件は、統合失調症の治療のため、Y法人の設置する本件病院に入院したKさんが、入院中に無断離院をして自殺したことについて、Kさんの相続人であるXさんが、Y法人には、診療契約に基づき、本件病院で無断離院の防止策が十分に講じられていないことをKさんに対して説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った説明義務違反があるなどと主張して、債務不履行に基づく損害賠償を請求した事案です。

事実の経過

Kさんのこれまでの入通院状況

Kさんは、平成7年頃から複数の精神科に入通院していたところ、平成8年8月に本件病院を受診し、統合失調症と診断されました。
以後、Kさんは、本件病院で統合失調症の治療を受けるようになり、平成21年7月までの間に、合計6回にわたり、精神保健福祉法22条の4第2項(現:精神保健福祉法21条2項)にいう任意入院者として入院しました。
なお、これらの入院中、Kさんが自傷行為や自殺企図に及んだことはなく、無断離院をしたこともありませんでした。

精神保健福祉法21条

1 精神障害者が自ら入院する場合においては、精神科病院の管理者は、その入院に際し、当該精神障害者に対して第38条の4の規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を書面で知らせ、当該精神障害者から自ら入院する旨を記載した書面を受けなければならない。

2 精神科病院の管理者は、自ら入院した精神障害者(以下「任意入院者」という。)から退院の申出があつた場合においては、その者を退院させなければならない。

3~7 (略)

本件の入院

平成21年11月26日、Kさんは、統合失調症の治療のため、本件病院に任意入院しました。
本件入院に際し、Kさんは主治医から、原則として開放的な環境での処遇を行うが、治療上必要な場合には、開放処遇を制限することがある旨などが記載された書面を交付されました。

本件病院の運用

本件病院の精神科においては、任意入院者は、原則として、入否としばらくの間病棟からの外出を禁止されるものの、その後、症状が安定し、主治医において自傷他害のおそれがないと判断したときは、本件病院の敷地内に限り単独で外出を許可されていました。
病棟の出入口は常時施錠されており、単独での院内外出を許可されている任意入院者が院内外出をするときは、鍵を管理している看護師にその旨を告げ、看護師が出入口を開錠するなどして、当該任意入院者を病棟から出入りさせていました。
しかし、本件病院の敷地は、扉が設置された1か所を除き塀で囲まれていたものの、この扉は平日の日中は開放されており、付近に守衛や警備員はおらず、監視カメラ等も設置されていませんでした。

Kさんの外出

Kさんは、本件入院当初、病棟からの外出を禁止されていましたが、平成21年12月1日から、単独での院内外出を許可されました。
その後、Kさんは、主治医の判断により、単独で院内外出を禁止される期間もあったものの、平成22年6月16日には、再び単独での院内外出を許可されました。
そして、平成22年7月1日、Kさんは看護師に対して、本件病院の敷地内の散歩を希望する旨を告げて病棟から外出し、そのまま本件病院の敷地外に出た後、本件病院の付近の建物から飛び降りて自殺しました。
この当時、Kさんは、単独の院内外出は許可されていましたが、敷地外への単独外出は許可されていませんでした。ただし、Kさんは、この入院期間中、自殺企図に及んだり、希死念慮を訴えたりすることはありませんでした。

訴えの提起

Kさんの相続人であるXさんは、Y法人には、診療契約に基づき、本件病院で無断離院の防止策が十分に講じられていないことをKさんに対して説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った説明義務違反があるなどと主張して、Y法人に対して、債務不履行に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。

精神保健法の定めと当時の医療水準について

精神保健福祉法の規定

精神保健福祉法36条1項は、精神科病院の管理者は、入院中の者について、医療または保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができると規定しています。
また、同法37条1項の委任に基づいて厚生労働大臣が精神科病院に入院中の者の処遇について定めた基準によれば、任意入院者は、原則として開放処遇を受けるものとし、開放処遇の制限は、当該任意入院者の症状からみて、これを制限しなければ医療または保護を図ることが著しく困難であると医師が判断する場合にのみ行われるとされています。

他の精神科病院での運用

Kさんが本件病院へ入院した当時、他の精神科病院では、無断離院の可能性が高い患者に対しては、院内の移動に際して付き添いを付けたり、徘徊センサーを装着したりするといった対策を講じている病院もありました。
しかし、本件多くの精神科病院においてこれらの対策が講じられていたというわけではなく、また、本件当時、いわゆる臨床医学の実践における医療水準において、無断離院の防止策として徘徊センサーの装着等の措置を講ずる必要があるとされていたわけでもありませんでした。

争点

本件では、Y法人が、Kさんに対して、本件病院においては無断離院の防止策が十分に講じられていないことについて説明すべき義務を負っていたか否かが争点となりました。

原審(高松高裁令和3・3・12)の判断

原審は、KさんとY法人との間で締結された診療契約においては、本件病院における無断離院の防止策の有無及び内容が契約上の重大な関心事項になっていたということができ、Yは、Kさんに対して、無断離院の防止策を講じている他の病院と比較した上で、入院する病院を選択する機会を保障するため、本件病院においては、平日の日中は敷地の出入口である扉が開放され、通行者を監視する者がおらず、任意入院者に徘徊センサーを装着するなどの対策も講じていないため、単独での院内外出を許可されている任意入院者は無断離院をして自殺する危険性があることを説明すべき義務を負っていたというべきであり、Yにはこれを怠った説明義務違反があると判断しました。

本判決の要旨

これに対して、本判決は、次のように述べて、Y法人(本件病院)にKさんに対する説明義務違反があったとはいえず、Xさんの請求は認められないと判断しました。

任意入院者の無断離院防止策

前記事実関係等によれば、任意入院者は、その者の症状からみて医療を行い、又は保護を図ることが著しく困難であると医師が判断する場合を除き、開放処遇を受けるものとされており、本件入院当時の医療水準では無断離院の防止策として徘徊センサーの装着等の措置を講ずる必要があるとされていたわけでもなかったのであるから、本件病院において、任意入院者に対して開放処遇が行われ、無断離院の防止策として上記措置が講じられていなかったからといって、本件病院の任意入院者に対する処遇や対応が医療水準にかなうものではなかったということはできない。

また、本件入院当時、多くの精神科病院で上記措置が講じられていたというわけではなく、本件病院においては、任意入院者につき、医師がその病状を把握した上で、単独での院内外出を許可するかどうかを判断し、これにより、任意入院者が無断離院をして自殺することの防止が図られていたものである。
これらの事情によれば、任意入院者が無断離院をして自殺する危険性が特に本件病院において高いという状況はなかったということができる。

Kさんへの説明とKさんの意向

さらに、Kさんは、本件入院に際して、本件入院中の処遇が原則として開放処遇となる旨の説明を受けていたものであるが、具体的にどのような無断離院の防止策が講じられているかによって入院する病院を選択する意向を有し、そのような意向を本件病院の医師に伝えていたといった事情はうかがわれない。

まとめ

以上によれば、Y法人が、Kさんに対し、本件病院と他の病院の無断離院の防止策を比較した上で入院する病院を選択する機会を保障すべきであったということはできず、これを保障するため、Y法人が、Kさんに対し、本件病院の医師を通じて、上記の説明をすべき義務があったということはできない。
そうすると、本件病院の医師が、Kさんに対し、上記説明をしなかったことをもって、Y法人に説明義務違反があったということはできないというべきである。

ポイント

どんな事案だったか

本件は、統合失調症の治療のため、Y法人の設置する本件病院に入院したKさんが、入院中に無断離院をして自殺したことについて、Kさんの相続人であるXさんが、Y法人には、診療契約に基づき、本件病院で無断離院の防止策が十分に講じられていないことをKさんに対して説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った説明義務違反があるなどと主張して、債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案でした。

医師の説明義務とは

医師の患者に対する説明義務については、診療契約を基礎とする注意義務であることから、原則としてその当時の医療水準が基準となります。
もっとも、患者の自己決定権を尊重する観点からは、医療水準だけをもって一律に説明義務の内容や程度を画するのは相当ではなく、患者側の他の療法に対する関心や意向の有無、程度が法的保護に値するか否か、また医学的に相応の理由があるか否かについても、個別具体的に検討すべきであるとされています。

説明義務が問題となった判例

これまで説明義務が問題になった事案としては、乳がんを専門とする医師が、乳房切除手術を行うに当たって、乳房を温存することを患者が希望していることを知り、また、乳房温存術が当時の医療水準としては未確立ではあったが、それを実施している医療機関からはその有効性を報告する例が多いことを知っていたにもかかわらず、乳房温存術について説明しなかったことは、診療契約上の説明義務を怠ったというべきであるとされた判例があります(最三小判平成13年11月27日民集55巻6号1154頁)。

本件のポイント

本件の事案は、まさに患者の自己決定権を尊重し、個別具体的に説明義務違反の有無を検討したものといえます。

原審は、「本件病院における無断離院の防止策の有無及び内容が契約上の重大な関心事項になっていたということができ、Yは、Kさんに対して、・・・単独での院内外出を許可されている任意入院者は無断離院をして自殺する危険性があることを説明すべき義務を負っていた」と判断していますが、Kさん自らが自殺に及ぶことを危惧していたという事情がうかがわれない本件においては、やはりこのような認定をすることは難しいといえるでしょう。
また、病院があらゆる患者に対して厳重な無断離院の防止策をとるということも事実上困難であり、却ってこのような措置を講じることが患者の社会復帰や回復を阻害するおそれもあります。
したがって、Y法人が、Kさんに対し、本件病院と他の病院の無断離院の防止策を比較した上で入院する病院を選択する機会を保障すべきであったということはできない、との本判決の判断は実態に沿った妥当な判断であると考えられます。

弁護士にもご相談ください

医師には、このような説明義務のほかにも、診療に関する善管注意義務や守秘義務、患者から診察の求めたあった場合には、正当な理由なくこれを拒否してならないという応召義務、処方箋の交付義務、カルテの記載・保存義務などさまざまな義務を負います。
これらの義務に違反した場合、医師や医療機関は、患者や患者の家族から損害賠償を求められることもあります。
説明義務違反を理由とする損害賠償請求などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。