検温表を出さないこと等による解雇の有効性【医療法人社団健医会ほか事件】
新型コロナウイルス感染症が令和5(2023)年5月8日に「5類」に移行に伴い、発生状況等に関する厚生労働省の公表内容にも変化がありました。
しかし、人の移動が活発化した現在では、新型コロナウイルス感染症の感染者数が、前の週に比べて増傾している地域もあります。
厚生労働省もHP上で示しているとおり、「換気」「手洗い・手指消毒」や高齢者や基礎疾患のある方と交流する際の「マスクの着用」などの基本的な感染予防、感染対策を引き続き心がけていく必要があります。
さて、そんな新型コロナウイルス感染予防対策として定められた出勤時の検温表の提出を怠るなどしたとして、勤務先の歯科医院から解雇された従業員が、解雇の無効を主張して、これを争った事件がありました。
医療法人社団健医会ほか事件・東京地裁立川支部令和5.8.24判決
事案の概要
本件は、歯科医院を開設・経営するY1法人との間で雇用契約を締結し、歯科衛生士として勤務していたXさんが、Y1法人から解雇されたことについて、解雇が無効であると主張し、Y1法人に対して雇用契約上の地位の確認及び未払い賃金の支払いなどを求めた事案です。
事実の経過
XさんらとY1法人について
Y1法人は、医療法人として、本件歯科病院を開設・経営していました。
Y2さんは、令和元年6月1日からY1法人の理事長兼本件歯科医院の院長であり、歯科医師として勤務していました。
他方、Xさんは、平成28年4月から歯科衛生士としてY1法人に期間の定めなく雇用され、令和3年12月末日まで本件歯科医院において、歯科衛生士として勤務していました。
検温表の不提出
本件歯科医院では、令和2年4月以降、新型コロナウイルス感染予防対策として出勤時の検温表の提出が定められていました。
しかし、Xさんは、Y2さんによる検温表の提出は義務である旨の説明や他の理事による検温表の提出を促す掲示・検温表の付け方の指導等にもかかわらず、その履行を怠り続けました。
その他のXさんの問題行動とY1法人による指導
このほかにも、Xさんは、
・遅刻したにもかかわらず、タイムカード上の出勤時刻を事務局員に訂正させたりする
・身だしなみの指導の一環として、金髪またはそれに近い色の紙の染色が禁止されていたにもかかわらず、平成29年夏頃、金髪に染色して出勤し、その後しばらくして髪色を元に戻したものの、その後も3~4か月に一度の頻度で金髪やそれに近い色に染色し、その都度、上司から指導や警告を受けるなどしたばかりか、何度も髪の色を注意するのはセクハラだなどと反論する
・定期代の支給計算において、Y1法人が、Xさんの届け出たのとは異なる駅を最寄駅と認定して交通費を支給する旨を通知したことについて、事務局にクレームをつけ、大声で詰め寄って執拗に謝罪を求めるなどする
・勤務時間内に本件歯科医院内で写真を撮影し、「ひま~」というコメントをつけて、SNSに投稿するなどする
などの問題行動が見られました。
また、Xさんの業務に対する患者からのクレームや要望があり、それについて、Y2さんがXさんに指導をしたり、Y2さんが、Xさんのズボンに黄色の薬剤か何かがついていると思い、「何かついてるよ」とXさんに指摘したところ、女の子のものですと回答したことに関して、別の職員がY2さんに対し、Xさんの性格からして、あとからセクハラと言われかねないので、このような指摘はあえてしないほうがよいと助言されたこともありました。
さらに、本件歯科医院の職員が、Y1法人の理事に対して、こんな人(Xさん)と一緒に働いていることが嫌であり、なぜこのような者を勤務させておくのかと相談したこともありました。
Xさんに対する自宅待機命令
Y1法人では、Xさんの早退に端を発するY2さんや他の理事との対立、特に令和3年11月28日のXさんよY2さんとのやり取りを受けて、同年12月4日の夕刻、Xさんへの対応を協議するために理事会が開催されました。
同理事会では、Xさんが検温表の不提出などの問題行動について反省せず、Y2さんの指導に応じない理由をパワハラのせいにするなど責任転嫁の程度が酷すぎ、Xさんの勤務態度の改善を期待しての指導はもはや限界であるとの結論に達しました。
そこで、同月6日、Y2さんはXさんに対して、自宅待機を命じました。
これに対して、Xさんは、同日、本件歯科医院全職員に対して、「パワハラの経緯」と題して、同年11月28日のXさんとY2さんとのやりとりについて、診察室で患者さんや他の職員がいるなかで凄い剣幕で罵倒され、その後、気分が悪くなり早退したなどと伝えました。
解雇通知
Y1法人は、令和3年12月9日および同月13日に開催された理事会において、Xさんを解雇することを決定しました。
そして、Y1法人は、同月15日、Xさんに対して、同月31日付でXさんを解雇する旨を通知しました(本件解雇)。
なお、本件解雇の理由としては、次の事由が挙げられていました。
訴えの提起
そこで、Xさんは、本件解雇は無効であるとして、Y1法人に対して、雇用契約上の地位の確認及び未払賃金の支払いを求めるとともに、Y2さんのXさんに対する発言及び解雇は社会通念条許容し得る範囲を超えるものであって不法行為に当たるとして、Y1法人及びY2さんに対して、損害賠償等の支払いを求める訴えを提起しました。
争点
本件においては、①本件解雇が解雇権を濫用したものといえるか、また、②Y2さんの発言及び当該発言から本件解雇までの一連の行為が不法行為と認められるか、が争点となりました。
本判決の要旨
争点①本件解雇が解雇権を濫用したものといえるか
検温と報告の呼びかけ
上記(…)とおり、令和2年ころから新型コロナウイルス感染症によりさまざまな業種において業務継続のための対策を工夫してきていたところ、同年5月には感染リスクが最も高い職種は歯科衛生士であると指摘されるなど、歯科医院においては一層感染防止対策が必要と認識され、同年8月には、公益社団法人Dが感染防止対策として歯科医療従事者が毎日欠かさず体温を計りそれを報告するシステムが有効であると指摘するなど、体温計測が有効な対策の一つであると一般に認識されており、令和3年12月にも同様に認識されていた。上記(…)のとおり、本件歯科医院においては、上記の一般の認識を踏まえ、安心して患者に来院してもらい、業務を継続していくため、新型コロナウイルス感染症対策として、令和2年4月以降、職員に対し、出勤時に朝の体温を含む体調を報告する体制を設けた。また、(…)被告Y2さんは、本件歯科医院の夕礼においてたびたび朝の検温とその報告は職員の義務であるなど、職員に対し遵守を呼び掛けた。
Xさんの検温表の不提出
しかし、(…)Xさんは、朝の検温の報告を怠り、事務局員の促しや名前の掲示といった注意にもかかわらず、報告を怠った割合は全出勤日の約15パーセントにものぼり、このような不提出は、(…)Y2さんの個別指導後も改まることはなく、(…)Xさんが上記個別指導後もさらに検温表の提出を怠ったことに対するY2さんの夕礼における注意後も引き続いた。さらに、(…)令和3年12月1日に至っては、Y2さんの検温表提出の促しに対し、Xさんは、パワハラを理由に直接の対話を拒み、Y1法人がXさんに対して指導の継続をすることすら難しくなった。
本件解雇の有効性
Xさんのこのような頑固なまでの長期にわたる検温表提出に協力せず是正を拒む態度は、本件歯科医院を含む歯科医院の新型コロナウイルス感染症対策における職員に対する検温の重要性にかんがみると、本件歯科医院の存続を危ぶませかねないほどに悪質であるから、本件解雇には客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる。
本件解雇につき、Y1法人がその権利を濫用したものであるとはいえない(…)。
争点②Y2さんの発言及び当該発言から本件解雇までの一連の行為が不法行為と認められるか
Y2さんは、令和3年11月28日、「何でじゃねえんだよ。」と発言したことはあるものの、「ふざけんじゃねえよ!毎回毎回帰れると思ってんじゃねえよ!」「なんでじゃねえんだよ!むかつくんだよ!」と発言したとは認められない。また、Y2さんが語気強く怒鳴ったとも認められない(…)。
Xさんは、一旦Y2さんから早退してはいけないと断言されたにもかかわらず、執拗に理由を求め、Xさんの問いかけは、何度Y2さんが答えても、Y2さんが診察室から消毒室へ、再度診察室へと移動した後も、あたかもY2さんの怒りをあえて惹起させるかのように継続されたのであるから、その会話の中で、Y2さんの語気が多少強くなったとしても、社会通念上不相当とはいえない(‥)。
また(…)Y2さんの本件発言から本件解雇に至るまでの一連の行為が不法行為であるとは認められない。
結論
よって、裁判所は、以上の検討から、Xさんの請求はいずれも認められないと判断しました。
ポイント
本件は、Y法人によるXさんに対する解雇の有効性が問題となった事案でした。
解雇とは、使用者からの一方的な意思表示によって、雇用契約を終了することです。
しかし、使用者には解雇権があり、本件では解雇が有効であると判断されていますが、解雇権の行使はどんな場合でも認められるというわけではありません。
仮に、
①客観的に合理的な理由があり
②社会通念条相当である
という2つの要件を満たさなかった場合には、解雇権を濫用したものとして、解雇は無効となります(労働契約法第16条)。
使用者が解雇権を行使する場面としては、社員の適格性の欠如や能力不足、就業規則違反などが考えられますが、これらを理由として解雇を検討するには、労働者から解雇の有効性を争われた場合に、上記2つの要件を使用者として客観的な資料をもって説明できるか否か、が大きなポイントとなります。
そのため、本件におけるY1法人のように、どのような行為が労働者にみられたのか、当該行為がいつ行われたものなのか、会社が労働者に対して適時・適切に指導や注意喚起を行っていたか、それに対して労働者がどのような反応を示していたか、などの記録を積み重ねていくことがとても大切です。
弁護士にもご相談ください
解雇が無効であると判断された場合には、会社は、当該労働者を復帰させなければならないだけでなく、未払い賃金の支払義務を負うことになります。
さらに、事案としての重大性が認められた場合には、不法行為に該当するとして慰謝料の支払いを命じられることもあります。
そのため、労働者の解雇を検討するときは、慎重に判断をしなければなりません。
解雇の有効性が争われた事案はこちらもご覧ください。
労働者の勤務態度や適格性、能力不足などでお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。