労働問題

セクハラ加害者の解雇が問題となった事案【医療法人社団A会(セクハラ)事件】

厚生労働省は、毎年度、厚生労働白書を公開しています。
令和6年の厚生労働白書(令和5年度厚生労働行政年次報告)では、「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」をテーマとして、こころの健康を取り巻く環境とその現状、取り組みなどについて調査、分析がなされています。
メンタルヘルスの問題は日々深刻化しており、労働者の「こころの健康」と向き合うことは、使用者にとって大きな課題の一つといえます。
特に、平成30年版過労死等防止対策白書によると、医療においては、看護師や准看護師、看護助手が精神障害になる事案の割合が高いことが示されており、これらの事案において、暴言や暴力を受けたことが精神障害と関連している事案が一定数存在するとされています。
このような状況に鑑み、厚労省からは、「医療現場における暴言・暴力等のハラスメント対策について(情報提供)」と題して、各都道府県等の衛生主管部(局)長に対して、院内における暴言・暴力等のハラスメント対策の推進と医療機関に対する周知を求める文書も出されているところです。

しかし、残念ながら、いまだに医療現場におけるハラスメントは後を断ちません。
今回は、そんな医療現場におけるセクハラをめぐり、セクハラ加害者に対する解雇の有効性が争われた事案を取り上げます。

医療法人社団A会(セクハラ)事件・東京高裁令和4年5月31日判決

事案の概要

本件は、診療所において現場実務を統括する立場にあったXさんについて、複数の女性職員に対して行ったセクハラを理由としてY法人が行った解雇の有効性が争われた事案です。

事実の経過

XさんとY法人について

Xさんは、診療所を経営する医療法人社団A会(Y法人)に、平成22年に採用され、診療所の開設及び運営に関わる付帯業務一般に従事していました。
Y法人は、Xさんの採用当時、すでに北海道に2つの診療所を運営していました。
Y法人は、北海道以外でも診療所を展開する目的で、Y法人代表者や事務長の代わりに現場を展開する目的で、Y法人代表者や事務長の代わりに現場の管理を任せるためにXさんを採用しました。
Xさんは、初めは首都圏の診療所のI室室長代理として勤務を開始し、平成23年8月にD1診療所が開設された以降は、G部の次長に任命されました。
また、平成27年8月にE1診療所が開設されると、XさんはD1診療所に所属しつつ、毎月E1診療所に出張するなど、主に2カ所で勤務し、Y法人の代表者、事務長に次ぐ管理職として、各診療所の職員の採用から業務上の指示・指導まで現場の実務を統括していました。

各診療所の職員の状況

各診療所には、院長(医師)、看護師、管理栄養士等が勤務し、医師を除く職員は、Xさん以外は全て女性でした。
また、各診療所とも職員は少人数であり、医師、看護師、Xさんを除くと、D1診療所は2〜7名、E1診療所は3〜4名で推移していました。

セクハラ行為に関する申告

D1診療所の開設から約3ヶ月が経過した平成23年11月、同診療所の当時の女性常勤職員3名が、手や頭に触れるといったXさんのセクハラ行為を、Y法人に申告しました。
結果として、この3名は全員が退職に至りました。
Y法人代表者は、Xさんに対して、口頭で注意・指導するにとどめたものの、この出来事の後も指導や注意は行われていました。

セクハラ行為の継続

しかし、平成29年秋頃から、Xさんが職員に声をかけて終業後に飲み会が行われることが増え、これ以降、性別を意識した発言をする、容姿に点数をつける、頬や背など身体に触れる、露骨に性的な発言をする、プライベートな事項に干渉するなどのXさんのセクハラ行為がみられるようになりました。

ヒアリングの実施

平成30年10月、E1診療所の当時の常勤職員3名全員とD1診療所の常勤職員3名のうち2名が、セクハラの被害をY法人代表者に申告し、なかには退職を検討している旨を申し出た者もいました。
これを受けて、Y法人代表者等がXさんに対してヒアリングを実施するとともに自宅待機を命じました。

Xさんの解雇

その後、Y法人から、平成30年10月30日、Xさんが人事を統括する次長職にありながら部下となるほぼ全ての女性職員に対して常態的にセクハラを行い、職場環境を著しく害したとして、同年11月30日付でXさんを解雇する旨の意思表示が行われました。

訴えの提起

そこで、Xさんは、雇用契約上の地位の確認及び月額賃金、賞与等の支払いを求めて、Y法人に対して、本件訴えを提起しました。

争点

本件では、Xさんの解雇の有効性が主要な争点となりました。

本判決の要旨

Xさんの主張

Xさんは、
「仮にXさんのセクハラ行為が認められるとしても、これらは性的羞恥心を著しく害し、あるいは職場環境を害するものとはいえず、Xさんは多年にわたりY法人に貢献してきたものであり、その間に非違行為はなく、また、Y法人代表者がXさんに対し厳しく再発防止を命じた上で勤務を継続させることは十分に可能であったから、本件解雇がやむを得ないものであったとはいえない」
と主張して、本件解雇の有効性を争っていました。

裁判所の判断

しかし、裁判所は、次のように述べて、Xさんの主張は認められないと判断しました。

「平成29年以降に少なくともE1診療所3名及びD1診療所2名の女性職員に対してXさんが行った各行為は、女性職員らに強い不快感・嫌悪感や性的羞恥心を抱かせるものであり、上記5名を含む上記各診療所の女性職員ら6名がY法人代表者に対し上記各行為を含むセクハラ行為を申告し、泣きながらその説明をしたり退職を検討していると述べるなどしていたことからすれば、このようなXさんのセクハラ行為は常態化しており、自らが人事を統括する次長職にありながら、職場の就業環境を著しく害するものであったと認めるのが相当であり、本件解雇の解雇事由に該当する事実が認められるものというべきである(…)。
そして、(…)平成23年12月にD1診療所の常勤事務職員の全員がXさんのセクハラ行為を申告して退職するという事態を受けて、同月28日にY法人代表者がXさんに対し本件指導をしたにもかかわらず、Xさんによるセクハラ行為が改善されることはなく、その後も繰り返されてかえって常態化し、Xさんは本件ヒアリングにおいてもセクハラの意図はなかったなどと自覚に欠ける弁明を繰り返していたこと等に照らすと、Xさんの言動につき改善を期待することは困難であったというべきであり、また、Xさんは理事長及び事務長に次ぐ管理職の立場にあり、その他の職員は医師、看護師及び管理栄養士である上、Y法人の各診療所の常勤事務職員の全員が女性であることから、配置転換等により解雇を回避する措置を講ずることも困難であったと認められることなどを総合考慮すると、XさんのY法人の事業への業務上の貢献や他の非違行為がなかったこと等の事情を勘案しても、本件解雇は合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められるから、Xさんの上記主張は採用することができない。」

結論

裁判所は、以上の検討から、Y法人によるXさんの解雇は有効であり、Xさんの請求は認められないと判断しました。

ポイント

本件は、Xさんが、Y法人が運営する診療所において、女性職員に対して常態的にセクハラを行なっていたとして、Y法人から解雇されてしまったことから、解雇の無効を主張し、Y法人に対して、雇用契約上の地位確認及び月額賃金・賞与等の支払いを求めた事案でした。Xさんは、
・自身の言動は業務の指導における一つの表現方法であり、性的羞恥心を著しく害したり現場環境を害したりするものとはいえない
・平成23年以降にセクハラについて注意・指導を受けた事実はない
・他に非違行為はなく再発防止を命じた上で勤務を継続させることは十分に可能である
などと主張し、解雇の有効性を争っていました。

しかしながら、裁判所は、Xさんの主張をいずれも排斥しています。
特に、本判決においては、解雇が有効であるとの判断に至るにあたり
・Xさんの行為が、率先して職場環境を改善すべき立場にあったという職責等に照らし著しく不適切な行為であったこと
・Xさん本人に自覚がなく改善の期待が乏しかったこと
・職場が小規模かつ事務職員が女性のみであるため配置転換等による解雇回避措置が困難であったこと
の3つの観点が指摘されており、管理職というXさんの立場に着目した判断がなされていることは、大きなポイントであるといえます。

弁護士にもご相談ください

懲戒解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認され得ることが求められます。
本件においては、Xさんの解雇が有効であると判断されましたが、仮に懲戒解雇が無効と判断された場合には、当該労働者について労働者としての地位が認められるため、会社に戻さなければならないほか、それまでの未払賃金の支払いなども求められることになります。

したがって、懲戒解雇を検討する場合には、懲戒解雇事由に該当する事由が存在するか、それを合理的に説明できる十分な資料がそろっているか、懲戒処分の手続に不備がないかなどを確認しながら、必要なステップを慎重に踏んでいく必要があります。

セクシャルハラスメントに関してはこちらの記事もご覧ください。また、セクハラが問題になった他の事案も併せてお読み下さい。

パワハラ・セクハラをはじめとする従業員の問題行為や従業員に対する処分、解雇の可否などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。