労働問題

組合員の解雇は不当労働行為に当たるか?【広島県・県労委(N PO法人エス・アイ・エヌ)事件】

労働組合法7条は、使用者による不当労働行為を禁止しています。
不当労働行為とは、使用者が労働者や労働組合に対して次のような行為を行うことを言います。

・不利益取扱い(1号)
・黄犬契約(1号)
・団体交渉の拒否(2号)
・支配介入(3号)
・経費援助(3号)
・報復的不利益取扱い(4号)

たとえば、1号に定める「不利益取扱い」とは、労働組合に加入したり、労働組合を結成しようとしたこと、労働組合の組合員であることなどを理由として、使用者が労働者を解雇したり、配置転換したりすることです。
また、3号に定める「支配介入」とは、労働組合を結成したことや労働組合を運営することに対して、使用者が労働組合の活動における中心的な人物を解雇したり、組合員に対して脱退を勧奨したり、組合員でない人と不利な異なる取扱いをしたり、組合の結成を妨害したりすることです。

労働組合や労働者は、使用者による不当労働行為を受けた場合には、労働委員会に対して救済申立てを行うことができます。
そして、労働委員会は、申立てに基づいて審査を行い、不当労働行為の事実があると認めた場合には、使用者に対して、復職や賃金差額の支払い、組合運営への介入の禁止等の救済命令を出すことになります。

さて、今回は、そんな不当労働行為に対する救済命令について、事業者が同救済命令の取消しを求めた事案を紹介します。

広島県・県労委(N PO法人エス・アイ・エヌ)事件・広島高裁令和5.11.17判決

事案の概要

本件は、X法人が、労働組合の組合員を解雇したことについて、処分行政庁が労組法7条1号及び3号の不当労働行為に該当するとして、救済命令を発したことに対して、X法人がこれを不服として救済命令の取消しを求めた事案です。

事実の経過

本件の当事者

X法人について

X法人は、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」に基づき、事業所D、事業所E、及び事業所Fの3つの事業所を運営している特定非営利活動法人でした。

本件組合について

本件組合は、令和2年9月11日にCさん、Aさんらによって結成された労働組合であり、令和3年3月15日に労働組合であるSユニオンに単組加盟しました。

通勤手当の不正受給

Aさんの通勤変更

Aさんは、平成28年7月1に事業所Dで勤務を開始した当時、広島市安佐北区の自宅から事業所Dまで公共交通機関を利用して通勤していました。
Aさんは、その後、平成30年11月23日に広島市南区に転居し、同所から事業所Dへの自転車通勤を開始し、また、令和2年9月に同市中区に転居した後も自転車通勤を続けていました。
しかし、Aさんは、X法人に対して、転居したことに伴って、X法人賃金規程に基づく通勤手当の額の変更等を申告しませんでした。

Aさんの業務担当

Aさんは、令和2年4月1日に事業所Dの管理者に就任して以来、管理者として会計処理として小口現金の管理及び従業員業務の管理にかかる業務を担っていました。

社労士事務所による報告

X法人では通勤手当の支給について、各職員が申告した通勤手当と通勤に要する費用は職員の通勤実態と整合しているか否かを確認する態勢が講じられていませんでした。
X法人のH理事が経営する社労士事務所の職員は、Aさんが事業所Dに自転車で通勤していることに気づき、令和2年1月〜2月頃、H理事に対して、Aさんが転居して自転車通勤をしているらしいとの報告をしました。
しかし、この際、H理事も同職員も詳細な調査は行いませんでした。

不正受給の発見

H理事は、X法人の社員総会などにおいて、X法人の経営状態等をめぐり紛糾するようになったことを契機として、令和2年11月頃にX法人の収支状況を確認するため人件費等の支出状況を確認していたところ、Aさんによる通勤手当の不正受給の事実を発見しました。

Aさんに対する懲戒処分

懲戒委員会の開催

X法人は、令和3年1月27日に開催されたAさんに対する不正受給に関する事情聴取などを経て、同年3月5日、臨時理事会において懲戒委員会の設置を決定し、同月9日、Aさんを対象職員とする懲戒委員会を開催しました。

懲戒処分

その後、同月10日、X法人は、Aさんに対して、不正受給はX法人の就業規則49条5号所定の懲戒事由に該当するとして、同月17日までに始末書及び退職届を提出して退職することを求め、同日までに退職届を提出しない時は解雇することを内容とする退職勧告の懲戒処分を行いました。

懲戒解雇

そして、X法人は、Aさんが同日までに退職届を提出しなかったことから、同日付でAさんを懲戒解雇しました。

Cさんに対する配転命令

Cさんの勤務状況

Cさんは、平成30年9月にX法人に常勤職員として就職し、事業所Dで勤務を開始し、令和2年4月1日からは同事業所のサービス管理責任者となっていました。
X法人とCさんとの間の労働契約書には、職員の勤務場所について、「職員は、事業所の所在地において勤務する。但し、事業所は、業務上の必要がある場合は、職員を他の場所で勤務させることができる」と記載されていました。

配転命令

X法人は、令和3年3月17日付のAさんの解雇に伴う混乱を収拾し、同様の不正受給問題を防ぐためには、新しい管理者に理事を配置する必要があったことから、事業所Dの管理者として事業所Eの管理者兼サービス管理者であったI理事を配置することとしました。
そこで、X法人は、サービス管理者の資格を有しているCさんを事業所Eのサービス管理責任者とする旨の配置転換をすることにしました。
同年4月1日、X法人は、Cさんに対して、事業所Eのサービス管理責任者とする旨の配転命令を口頭で行いました。

配転命令の拒絶

しかし、Cさんは、職場の状況や事業所Dの利用者の混乱を理由に配転には応じられない旨返答しました。
なお、事業所Dから事業所Eまでの距離は、約1.5kmでした。

ユニオンとの合意

X法人は、令和3年4月5日、Sユニオンとの間の団体交渉を経て、同月21日の職員会議において、Cさんの事業所Eでの勤務日数及び時間について、Cさんの意見も踏まえ、勤務の移行時間を設けることを合意しました。
しかし、Cさんはなおも事業所Dでの勤務を続け、配転命令を拒否し続けました。

Cさんの解雇

X法人は、同年6月2日、同月7日に配転命令違反に関する懲戒委員会を開始するため、出席して弁明することを求める書面をCさんに対して交付しました。
そして、懲戒委員会が同日開催され、X法人はCさんに対して、同月8日、配転命令を正当なく理由なく拒否したことは就業規則49条10号等所定の懲戒解雇事由に該当するが、諸般の事情により同日付で即時通常解雇することなどを告知する旨が記載された解雇通知書を交付して、Cさんを解雇しました。

救済申立てと救済命令

令和3年4月1日、Sユニオンは、広島県労働委員会に対してAさんの解雇が労働組合法7条1号及び3号の不当労働行為にあたるなどとして、救済申立てをしました。
また、同年6月25日、Sユニオンは、同委員会に対してCさんの解雇が労働組合法7条1号及び3号の不当労働行為にあたるなどとして、救済申立てをしました。
そして、同委員会は、両事件を併合して審理手続を行い、X法人に対して、Aさんの解雇及びCさんの解雇は不当労働行為に該当するとして、❶Aさん及びCさんを原職または原職相当職に復帰させ、同人らに対して復職までに得たであろう賃金相当額等を支払うことを命じるとともに、❷Aさん及びCさんに対して両名の解雇が不当労働行為であると認められたこと、及び今後このような行為を繰り返さないことが記載された文書を交付するよう命じる旨の救済命令を発しました。

訴えの提起

そこで、X法人は、本件救済命令を不服として、処分行政庁であるY市に対して、本件救済命令の取消しを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①Aさんの解雇が不当労働行為に該当するか否か、また、③Cさんの解雇が不当労働行為に該当するか否かが争点となりました。

原審(広島地裁・令和5年3月27日判決)の判断

争点①Aさんの解雇の不当労働行為該当性

判断枠組み

まず、原審判決は、X法人の不当労働行為意思の有無について、次のとおり判断枠組みを示しました。

「Aさん解雇が労組法7条1号又は3号の不当労働行為に該当するというためには、X法人に不当労働行為の意思、すなわち反組合的な意思又は動機があったと認められる必要があるところ、Aさん解雇が合理性や相当性を欠くことが明らかな場合には、X法人に上記のような意思又は動機があったことを推認し得るものといえる。」

Aさん解雇の合理性、相当性

そして、Aさん解雇の合理性・相当性について次のとおり判断しました。

▶︎合理性について

「Aさんは(…)事業所Dから、平成30年11月23日以降、約2年もの間、総額50万2200円の通勤手当を不正に受給した。(…)上記受給は、「X法人に重大な損害を与えた」と評価するに足りる行為といえる。また、Aさんは、(…)本件不正受給が本来許されないものであることを認識しながら、通勤手当が減額される事情を秘して本件通勤手当を受給し続けたと言える。そうすると、Xほうじんが、本件不正受給が規則49条5号の「故意又は重過失により災害又は営業上の事故を発生させ、法人に重大な損害を与えたとき」に該当すると判断したことについては十分な理由がある。」

▶︎相当性について

「そして、Aさんが「事業所D」の管理者としてその会計処理や授業員業務の管理を行なっており、特に金銭面の透明性や従業員の模範となることが求められる立場にあったこと、Aさんは懲戒委員会において反省していることが懲戒処分選択の有利な情状となる旨の説明を受けていながら、反省はしておらず、本件不正受給額の返還や降格願の提出は反省の態度の顕れではない旨弁明し、反省の態度を全く示していないことからすれば、X法人が、Aさんとの雇用関係を継続しても本件不正受給のような悪質な行為が繰り返される可能性があるため、Aさんとの信頼関係が破壊されるに至ったと考えるのも無理はないから、(…)Aさんには懲戒委員会における弁明の機会を与えられていることや退職勧奨による自主退職の機会も付与していることも踏まえると、X法人がAさんを解雇することが相当性を欠くとまではいえない。」

▶︎小括

「よって、Aさん解雇は合理性、相当性を欠くことが明らかであるとまではいえず、この点から、X法人の反組合的意思又は動機を推認することはできないというべきである。」

X法人側の言動等の事情

また、Y市は、
・G前理事長等の従前の発言やI理事の証言に照らすと、X法人が本件組合の組合活動について嫌悪していたことは明らかであるうえ、
・X法人が本件組合の組合活動が活発化している中で約2年余り放置していた本件不正受給を問題視し、拙速に懲戒委員会を設置・開催して短期間のうちにAさんの解雇に及んだものである
としてX法人が本件組合の組合活動を嫌悪してAさんを解雇したといえると主張していました。

もっとも、裁判所は、「X法人側の言動等からも、X法人が反組合的意思又は動機を有していたと認めるには足りず、そのほかに同意思又は動機を有していたと認めるに足りる事情はない。」として、この主張を退けました。

まとめ

よって、「Aさん解雇が不当労働行為に当たるということはできない。」と判断しています。

争点②Cさんの解雇の不当労働行為該当性

Cさん解雇の合理性、相当性

また、Cさんの解雇についても、Aさんの解雇と同様の判断枠組みの下において、合理性・相当性について次のとおり判断しました。

「Cさんの強硬な本件配転命令拒否の態度を受けたX法人が、雇用関係の基礎となる信頼関係が破壊されたとして、Cさんを通常解雇とすることが合理性、相当性を欠くとまではいえない。また、Cさんから弁明を聴取する懲戒委員会の開催直前に懲戒権者の心証を同委員会の委員であるF理事やH弁護士に伝えたこと(…)が同委員会の公正性に疑問を生じさせる不適切なものであったといえるとしても、同事情をもってCさん解雇が相当性を欠いていたとはいえない。」
「以上のとおり、Cさん解雇は合理性、相当性を欠くことが明らかであるとまではいえず、この点からX法人の反組合的意思又は動機を推認することはできない(…)。」

X法人側の言動等の事情

「X法人側の言動等からXさんが反組合的意思又は動機を有していたと認めることができないことは、(…)と同様である。また、仮に、X法人側の言動等から原告が本件組合を嫌悪していたことが否定できないとしても、(…)Cさん解雇は、Cさんがさしたる理由もなく本件配転命令を強硬に拒否し、雇用関係の基礎となる信頼関係が破壊されたこと等を主な理由としてされたというべきであり、本件組合への嫌悪が決定的な動機となってされたものとは認められない。

まとめ

よって、「C解雇が不当労働行為に当たるということはできない。」と判断しています。

結論

以上の検討から、裁判所は、「Aさん解雇及びCさん解雇が不当労働行為に当たることを前提にされた本件救済命令は違法である」として、本件救済命令を取消す旨の判断を示しました。

本判決の判断

Y市は、原審の判決を不服として、控訴を提起しましたが、本判決も、本件救済命令を取消す旨の原審の判断を維持しました。

ポイント

本件は、会社による労働者の解雇が労組法が禁止する不当労働行為に該当するか否かが問題となった事案でした。

特に、労組法7条1号は、「労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し・・・」などと規定しており、「故をもつて」(不当労働行為意思の有無)の解釈が問題となりました。

この点、原審は、「Aさん解雇が労組法7条1号又は3号の不当労働行為に該当するというためには、X法人に不当労働行為の意思、すなわち反組合的な意思又は動機があったと認められる必要があるところ、Aさん解雇が合理性や相当性を欠くことが明らかな場合には、X法人に上記のような意思又は動機があったことを推認し得るものといえる」との判断枠組みを示した上で、X法人の不当労働行為意思について検討しており、注目されます。

弁護士にもご相談ください

本件では、X法人がAさんやCさんの解雇をしたことについて合理性や相当性を欠くとまでは言えないこと、また、X法人側の言動から反組合的意思や動機があったとは言えないことから、X法人に不当労働行為意思は認められないと判断されています。
もっとも、使用者側の言動等によっては、使用者に不当労働行為意思があったと認定されることもあり得るため注意が必要です。

不当労働行為や救済命令などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。