労働問題

ハラスメントを理由とした懲戒処分の可否【国立大学法人愛知教育大学事件】

近年アカハラが大きな問題となっています。
アカハラとはアカデミックハラスメントの略称であり、いわば学術研究や教育機関等のアカデミックな場で行われるハラスメントのことです。

厚生労働省は、アカハラについて、「大学等の学内で、教員や職員が教育上、研究上または職場での権力を利用して、学生・大学院生等の教育指導や研究活動に関係する妨害やいやがらせの働きかけをしたり、不利益を与える行為をいう(上下関係を利用した嫌がらせであるため、パワハラの一種である)」と定義しています。

たとえば、学生の就活について不利な扱いをする(正当な理由を説明することなく推薦状や在学証明書、委嘱状、実績証明書などの、就職に必要となるべき書類を交付(作成)しないなどの行為はアカハラに該当します。
このほかにも、学習や研究を妨害したり、研究テーマの乗っ取りをしたり、教育を放棄したりするなどの行為もアカハラに当たります。

大学等の教育機関としては、教授等をはじめとする優越的地位にある人に対して、アカハラを防止するために必要な指導等を行うとともに、万一、学生等がアカハラを受けてしまった場合に備えて、相談窓口や迅速な対応ができる部門を設置することなどの対策を講じることが不可欠です。

さて、今回は、そんなアカハラをめぐり、懲戒処分を受けた教授が処分の無効を主張して大学法人を訴えた事件を取り上げます。

国立大学法人愛知教育大学事件・名古屋地裁令和3年1月27日判決

事案の概要

本件は、国立大学法人愛知教育大学(Y法人)にA学部教授として雇用されているXさんが、学生に対する複数のハラスメント行為を理由として、Y法人から平成31年2月18日付でなされた停職6週の懲戒処分が無効であると主張し、本件処分の無効確認及び停職期間中の賃金等の支払い、不法行為に基づく慰謝料等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

Xさんについて

Xさんは、昭和62年、Y法人の助手として採用され、平成16年4月、Y法人の国立大学法人化に伴い、Y法人との間で期間の定めのない雇用契約を締結しました。
Xさんは、平成20年4月1日からY法人A学部の教授をしていました。

Y法人による懲戒処分

Y法人は、Xさんに対して、平成31年2月28日、同日付で就業規則20条1項、43条10号及び44条1項3号に基づき、停職6週(停職期間・同月25日~同年4月7日)の懲戒処分をしました。

就業規則20条はハラスメントの防止について定めており、1項には、「職員は、セクシュアル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント、パワー・ハラスメント及び差別や偏見やいじめ等の人権侵害(以下「ハラスメント」という。)をいかなる形でも行ってはならず、それらの防止に努めなければならない。」との定めがありました。
また、同43条には、懲戒事由が定められており、10号には、「その他この規則によって遵守すべき事項に違反し、又は前各号に準ずる行為があった場合」との定めがなされていました。
さらに、同44条には、懲戒の種類が定められており、同条1項3号は、「停職」について、「6月以内を限度として出勤を停止し、その間の給与を支給しない。」との定めがありました。

懲戒事由

本件処分にかかる平成31年2月18日付けの懲戒処分書の「処分の理由」欄には、
「Y法人の調査によれば、Xさんによる下記①ないし⑤の行為等が認められるところ、これらは、いずれも、不適切な言動により学生の修業上の環境を害する行為であり、就業規則20条1項が禁止するハラスメントと認められる。これら行為により複数の学生が精神的苦痛を受けていることを考慮した上で、本件処分を行う。」
として、①から⑤までの懲戒事実が記載されていました。

なお、本件懲戒事実〈1〉ないし〈3〉ないしの対象学生は、学生O(女性。本件懲戒事実〈1〉、〈2〉-1及び〈3〉の当時、Y法人の学部4年生。本件懲戒事実〈2〉-2の当時、Y法人の大学院修士課程1年生)であり、本件懲戒事実〈4〉及び〈5〉の対象学生は、学生S(女性。当時、被告の大学院修士課程2年生)でした。

賃金の返納及び減額等

Xさんは、Y法人に対し、平成31年3月7日、同年2月分の賃金のうち、本件処分による停職期間分に相当する12万4687円を返納しました。
また、Y法人は、Xさんに対し、平成31年3月分の賃金59万2252円及び同年4月分の賃金のうち本件処分による停職期間分に相当する14万7913円を支払っていませんでした。

訴えの提起

Xさんは、平成31年4月23日、Y法人による本件懲戒処分は無効であると主張し、本件処分の無効確認及び停職期間中の賃金等の支払い、不法行為に基づく慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①Y法人のXさんに対する懲戒処分の有効性および②本件処分の不法行為の成否が争点となりました。

本判決の要旨

争点①本件処分の有効性について

懲戒処分の手続に関する定め

就業規則44条2項は、懲戒に関し必要な事項は懲戒規程によることとしており、これを受けた懲戒規程2条1項は、職員の懲戒には役員会の審査の結果によることを要する旨定めるとともに、2項は、教育職員の懲戒の場合、教育研究に係る事項については、教授会の議を経ることを要する旨定めている。また、ハラスメント防止規程33条の2第1項ただし書は、ハラスメントを理由とする懲戒処分の場合についても、教育職員については、教育研究に係る事項に限り、教授会及び役員会の議を経ることを要する旨定めている。さらに、Y法人の職員の懲戒の実施に関し必要な事項を定める懲戒等審査要項9条2項も、懲戒規程2条2項と同様の定めをしている。

本件処分の手続上の瑕疵

本件懲戒事実〈1〉ないし〈5〉は、いずれも、Xさんが授業中に学生に対して行った言動であり、これが「教育」に該当することは明らかである。そして、(…)就業規則等の各規定は、教授会に決定権限がある旨を定めるものではないものの、教育研究に係る事項について教育職員に対し懲戒処分をするには、教授会における議を経ることを明確に求めているところ、学校教育法上、教授会は、必置の機関とされ(93条1項)、「教育研究に関する重要な事項で、教授会の意見を聴くことが必要なものとして学長が定めるもの」について学長が決定を行うに当たり意見を述べるものとされるなど(同条2項3号)、重要な機関として位置付けられていることを踏まえると、就業規則等の当該各規定の趣旨は、重要な機関である教授会の構成員に当該懲戒処分について意見を述べる機会を保障し、その意見を被告が懲戒処分を行うか否かについての判断材料とすることにあるものと解される。しかるに、Y法人は、この手続を経ることをせず、重要な機関である教授会から意見を述べる機会を奪い、その意見を判断材料としないままに本件処分を行っているのであるから、教授会の議を経ることなくされた本件処分には、手続上の重大な瑕疵があるといえる。

本件処分の有効性

そうすると、ハラスメント防止規程25条による調査委員会の設置について、懲戒規程4条3項及び懲戒等審査要項5条2項が定める教授会の審議が必要であるかどうかを検討するまでもなく、本件処分は、重大な手続上の瑕疵により無効であるといわざるを得ない。

被告の主張に対する判断

被告は、(…)第103回教授会(令和元年12月11日開催)から第106回教授会(令和2年3月3日開催)にかけてのやり取りにより、本件処分の手続の瑕疵は存在しなくなった旨主張する。
しかし、上記やり取りは、本件処分から10か月近く経過してから行われたものである。そして、仮処分決定は、それまでに本件処分の手続上の瑕疵を指摘しており、Xさんは、本件訴訟を提起していたにもかかわらず、Y法人は、上記各教授会において、本件処分に手続上の瑕疵の懸念があることを示すでもなく、漫然と出席者の意見を聴取しようとしたにとどまるから、当該瑕疵を治癒するに足りるような本件処分の内容に関する実質的な審議を行ったとは到底評価できない。したがって、Y法人の上記主張を採用することはできない(…)。

小括

以上より、本件処分は、手続違反により無効となることを免れない。

争点②本件処分の不法行為の成否

前記のとおり、本件処分は、手続上の重大な瑕疵により無効というべきであるが、Y法人において、本件処分に先立って、本件処分を行うには教授会の議を経ることが必要であることを明確に認識していたにもかかわらず、教授会における審議を免れる何らかの意図を持って本件処分を強行したなどという事実は認められない。また、本件処分に教授会の議は不要である旨のY法人の主張は、結果としてこれを採用することはできないものの、教授会の専門性に係る文部科学省高等教育局の見解や対象学生に対する配慮等を踏まえたものであり、何らみるべき理由のないものであるとまではいえない。
以上に加えて、(…)Y法人が本件懲戒事実〈1〉ないし〈5〉を厳しく評価したこと自体には合理性がないとはいえない。
そうすると、本件処分は、その手続上の重大な瑕疵により無効ではあるものの、不法行為を構成するものとまでは評価できない。

結論

裁判所は、以上の検討から、本件処分は、手続上の重大な瑕疵により無効であるため、Y法人はXさんに対して、不法行為責任は負わないものの、停職期間分の賃金等については支払う義務を負うと判断しました。

ポイント

本件は、Y法人にA学部教授として雇用されているXさんが、学生に対する複数のハラスメント行為(いわゆるアカハラ)を理由として、Y法人から平成31年2月18日付でなされた停職6週の懲戒処分が無効であると主張し、本件処分の無効確認及び停職期間中の賃金等の支払い、不法行為に基づく慰謝料等の支払いを求めた事案でした。

裁判所は、Xさんによる学生へのハラスメント行為自体は認めながらも、Y法人が教授会の議を経ることなく本件処分を行っていなかったという重大な手続上の瑕疵があったことを理由として、本件処分を無効であると判断しています。
これまで懲戒処分の有効性が争われた過去の裁判例においても、就業規則に定められた懲戒委員会が開催されたことも、これに代替する措置が執られたことも認められないことを理由として懲戒処分が無効と判断されたケースもあります。

このように、懲戒処分の場面では、仮に懲戒事由に該当し得る非違行為があったとしても、懲戒処分への手続に問題があれば、懲戒処分それ自体が無効となるおそれがあるため、注意が必要です。

弁護士にもご相談ください

本判決では、懲戒処分における手続面の瑕疵が問題となりました。
もっとも、懲戒処分の有効性が争われた場合には、手続面の瑕疵だけでなく、実態面の瑕疵、言い換えれば、懲戒事由とされた当該事実の存否や当該事実行為が就業規則等に定められた懲戒事由への該当性等も問題となってきます。

懲戒処分については、手続面・実態面いずれについてもさまざまな角度から検討を要することから、従業員に対する懲戒処分を検討する場合には、弁護士に事前に相談し、慎重に進めていくことがおすすめです。