放課後等デイサービスにおける事故と施設の責任【安全配慮義務】
近年、放課後等デイサービスを提供する福祉施設が増加しています。
放課後等デイサービスとは、障がいのある就学児童を対象にした福祉サービスで、障がいのある就学児童にとって家庭や学校以外の居場所になるほか、児童が自立的な生活を送ることができるような多数の支援を受けることができる点で注目されています。
もっとも、放課後等デイサービスでは、利用者同士がトラブルを起こしてしまったり、小さなおもちゃや部品などを誤嚥してしまったり、施設内で転倒するなどによって怪我を負ったり、施設職員が目を離した隙に施設から外へ出て迷子になってしまったりするなど、利用者の生命・身体に危険が生じるさまざまなリスクが潜んでいます。
そのため、施設を運営する事業者や職員は、利用者の個々の状態や性質、年齢、発達段階などを丁寧に把握し、適切な声掛けや注意、施設内の環境整備等を行わなければなりません。
さて、今回は、そんな放課後等デイサービスを利用していた児童が、ため池で溺死した事故について、施設側の安全配慮義務違反の有無が問題となった事件を取り上げます。
放課後等デイサービスG施設事件・山口地裁令和5.12.20判決
事案の概要
本件は、Y法人が運営する施設を利用中のXさんらの子が、同施設を出て外のため池で溺死した事故について、Xさんらが、同事故はY法人の安全配慮義務違反並びに職員ら及びY法人の過失によるものであると主張して、債務不履行及び不法行為に基づき、慰謝料等の支払いを求めた事案です。
事実の経過
Dさんの障害について
Dさんは、平成25年に婚姻したXさんら夫婦の子として平成26年に生まれました。
Dさんは、平成31年1月22日、Eリハビリテーション病院において、自閉症スペクトラム障害(ASD)の診断を受け、その後、F児童相談所において1種知的障害者の判定を受けて、令和2年12月28日に療育手帳の交付を受けました。
Dの放課後等デイサービスの利用
Y法人は、平成30年9月4日、障害福祉サービス事業等を目的として設立された一般社団法人であり、令和3年4月、放課後等デイサービスを営む事業所であるG(本件施設)を設置して運営を開始しました。
X1さんは、令和3年4月1日、Y法人との間で、Dさんが本件施設における放課後等デイサービス(※)の提供を受けること等を内容とする契約を締結しました。
そして、Dさんは、令和3年4月、H支援学校に入学し、同月以降、毎週木曜日は支援学校に通学した後、本件サービスを利用し、支援学校の夏休みが開始した同年7月21日以降は、毎週木曜日、午前中から本件サービスを利用するようになりました。
※放課後等デイサービスとは
放課後等デイサービスとは、学校教育法(昭和22年法律第26号)第1条に規定する学校(幼稚園及び大学を除く。)に就学している障害児につき、授業の終了後又は休業日に児童発達支援センターその他の内閣府令で定める施設に通わせ、生活能力の向上のために必要な訓練、社会との交流の促進その他の便宜を供与することをいうものです(児童福祉法第6条の2の2第4項)。
本件施設等の構造
Y法人は、後述の本件事故が起きた当時、O社からE市所在の建物(本件建物)内の一部を賃借して本件施設として放課後等デイサービス事業を行っており、本件建物のうちY法人が占有する部分以外の部分は賃借していませんでした。
また、本件建物のうちY法人が占有する部分以外の部分は、O建設などが改装工事を行っていました。
本件事故日当時、Y法人の占有する部分と北側のパーテーション(本件空き部屋)との間には開口部があり、同部分にはベニヤ板が設置されていましたが、本件事故日までにはベニヤ板が撤去され、代わりにパイプに布を張った四つ足の可動式パーテーション(本件パーテーション)が2つ設置されていました。
また、本件空き部屋とその右側に位置する中庭の間の掃き出し窓は施錠不可能となっていたほか、本件建物には複数の和室もありました。
本件事故について
Dさんは、本件事故日の午前中から本件施設を利用していたところ、本件施設の職員であるI職員は、午前11時40分頃にY法人の占有部分でDさんが遊んでいることを確認しました。
もっとも、Dさんは、その後、午前11時46分頃までの間に、Y法人の占有部分から本件建物内を移動して本件建物外に出て行ってしまいました。
そして、Dさんは、午後5時24分頃、E市所在のJ会館北西約100メートル先のため池に浮遊しているところを発見され、同日昼頃(推定)に溺死したものと確認されました。
訴えの提起
Dさんの相続人であるXさんらは、Dさんが溺死した本件事故はY法人の安全配慮義務違反並びに職員ら及びY法人の過失によるものであると主張して、債務不履行及び不法行為に基づき、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。
争点
本件では、主に、Y法人の債務不履行責任又は不法行為責任の有無が争点となりました。
本判決の要旨
Y法人(職員)の過失の有無について
Dさんが本件建物外へ出ていくことへの予見可能性
本件パーテーションはパイプに布が張り付けられた可動式のもの(…)であって、Dさんが実際に本件パーテーションをずらして本件空き部屋に入っていることやI職員が本件開口部から本件空き部屋に入ったり入ろうとしたりする利用児がいることを認識していること(…)からしても、Y法人職員らは、本件パーテーションは本件施設の利用児が容易に移動させることができるものであることを当然認識していたものと認められる。
その上、K職員は、本件事故日において、Dさんが本件開口部を通過して本件掃き出し窓付近まで行った際に本件掃き出し窓が施錠されていないことを把握していたこと(…)が認められる。
さらに、Y法人職員らは、朝礼等の機会において、ドアや窓の鍵を開けることに興味を持ち、これを開けて飛び出そうとすることや興味のある方へと走っていくことがあるといったASDであるDさんの特性(…)を全体で把握していたと推認される。
そうすると、Y法人職員らにおいては、Dさんが興味の赴くままに本件パーテーションをずらし、本件開口部を通り、本件空き部屋から本件掃き出し窓を通じて本件中庭に移動する可能性があることを予見し又は予見し得たというべきである(…)。
そうすると、Y法人職員らにおいて、Dさんが本件開口部から本件中庭に移動し、更に、本件建物内(和室1及び2を含む)を移動し、工事に係る作業等のために施錠されていない窓などから本件建物外に出ていくことを予見し又は予見し得たというべきである。
その余の事情
さらに、本件建物の敷地からその周辺の道路に出ることは容易な状況であること(…)、本件建物の周辺には本件ため池のほかにもため池等が点在していたこと及び興味のあることの方に走っていくことがあるというDの特性(…)等からすれば、Y法人職員らは、Dさんが本件建物外に出た場合、その興味の赴くままに行動し、その結果、側溝等に転落したり、本件のようにため池に侵入したりする等の事故が発生する可能性があり、これによりその生命及び身体に危険が及ぶ可能性を十分に予見することができたというべきである(…)。
小括
以上によれば、Y法人職員らは、上記の予見可能性を前提として、Dさんの生命及び身体に対して危険が及ぶのを防止するため、本件開口部からDさんが出られないように適切な措置を取るか、Dさんの行動について情報共有をし、Dさんの動静に十分注意すべき義務があったというべきであるところ、被告職員らには、Dさんの動静を注視し又は本件開口部から本件空き部屋へ移動しないようにする措置を講ずることを怠った過失があるというべきである。
Y法人側の主張について
これに対し、Y法人は(…)本件建物から本件ため池までの距離(…)等を踏まえると、Dさんが本件ため池において溺死することを想定できなかった旨主張する。
しかし、Y法人職員らは、Dさんが本件建物外において生命及び身体に危険が生じる行動をとることによって事故が発生する可能性を具体的に予見し得るの(…)であって、この程度の予見可能性があれば具体的な結果回避措置を講ずることは可能であるから、それを超えて、更に具体的にDが本件ため池により溺死することまで予見する必要はない。
したがって、被告の上記の主張は採用することができない。
まとめ
以上によれば、Y法人職員らの過失が認められるから、Y法人は使用者責任による責任を負うというべきである。
結論
裁判所は以上の検討より、Y法人の職員らには本件事故についての過失が認められることから、Y法人は使用者責任を負い、Xさんらに対する損害賠償義務を負うと判断しました。
ポイント
本件は、Y法人が運営する施設を利用中のXさんらの子Dさんが、同施設を出て外のため池で溺死した事故について、同事故はY法人の安全配慮義務違反並びに職員ら及びY法人の過失によるものであるとして、XさんらがY法人に対して債務不履行及び不法行為に基づき、慰謝料等の支払いを求めた事案でした。
裁判所は、他の利用児の行動の様子やDさんの実際の行動状況、Dさんの特性などを考慮したうえで、Y法人職員らはDさんが興味の赴くままに本件中庭に移動する可能性があることを予見し又は予見し得たこと、また、Dさんが本件建物外に出た場合には、興味の赴くままに行動し、その結果、ため池に侵入したりする等の事故が発生する可能性があり、これによりその生命及び身体に危険が及ぶ可能性を十分に予見することができたことを指摘し、Y法人職員らは、かかる予見可能性を前提として、Dさんの生命及び身体に対して危険が及ぶのを防止するための措置を講ずべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があると判断しました。
なお、Y法人は、Dさんが本件ため池において溺死することまでは想定できなかった旨の主張をしていましたが、裁判所は、Y法人職員らにおいて、Dさんが本件建物外において生命及び身体に危険が生じる行動をとることによって事故が発生する可能性を具体的に予見し得た以上は、具体的な結果回避措置を講ずることは可能であるため、さらに具体的にDが本件ため池により溺死することまで予見する必要はないとして、Y法人の主張を排斥しています。
このように、当該結果それ自体が生じることの予見が不可能であったとしても、生命・身体に危険が生じるような事故が発生することへの予見可能性があれば、結果回避措置を講じなかったことについて過失が認められ得ることから、施設等の運営者においては、特に注意が必要です。
弁護士にもご相談ください
放課後等デイサービスにおいては、職員が目を離した間に利用児が施設外に飛び出して迷子になるという事態が頻繁に報告されています。
対策としては、利用児から目を離さないように施設職員が利用児に付き添ったり、点呼をこまめに行って利用児が施設内にいることを確認すること、出入口を施錠すること、職員が利用児のそばを離れなければならないときは他の職員に声がけをして注意を喚起することなどが挙げられていますが、個々の利用児の状況や性質等によっても必要な注意は異なるため、それぞれの場面で適切な安全配慮措置を講じていく必要があります。
万一、利用児が怪我をしてしまったり、障害を負ってしまったりした場合には、施設運営者が使用者責任等に基づき損害賠償義務を負うことになります。
事故は誰にとっても不幸を招きます。事故が起きないような対策をすることが、法的責任を回避することにもつながります。
職員に対してどのような指導等を行えばよいか、安全配慮義務とはどのようなものか、施設運営において注意すべき点はなにかなどについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。