労働問題

制服への着替えの時間は労働時間?【日本郵便事件】

令和4(2022)年頃から、仕事服の自由化が進み、オフィスカジュアルという言葉も聞き慣れたものとなりました。
いまでは、大手百貨店や地方銀行などの接客サービスを行う企業でも制服を廃止する傾向にあります。

他方で、制服やユニフォームが決められている会社の場合や職務の内容によって作業服に着替える必要がある場合などには、実際の業務に従事する前に制服や作業服に着替えなければなりません。
では、この着替えの時間は労働時間に当たらないのでしょうか。

実際に、多くの労働者が「上司から「タイムカードは着替え終わってからね」と言われたけど、本当に労働時間に当たらないのか?」という悩みを抱えているようです。

今回は、そんな着替えの労働時間性が争われた事件を紹介します。

日本郵便事件・神戸地判令和5.12.22判決

事案の概要

本件は、Y社の従業員であるXさんらが、Y社から着用を義務付けられていた制服の更衣に要する時間は労働基準法上の労働時間に該当するにもかかわらず、Y社はこれを労働時間として扱わず、更衣に要する時間に応じた割増賃金を支払っていない旨主張して、Y社に対して、割増賃金等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

XさんらとY社について

Y社は、郵便業務等を目的とする株式会社として、全国に13ある支社の一つとして近畿支社を有しており、C郵便局、D郵便局、E郵便局、F郵便局、G郵便局、H郵便局、I郵便局、J郵便局、K郵便局及びL郵便局は、いずれも、近畿支社の管轄下にある郵便局でした。

一方、Xさんらは、いずれもY社の従業員(月給制の正社員、時給制若しくは月給制の期間雇用社員及び無期転換したアソシエイト社員又は月給制の高齢再雇用社員)でした。

制服着用に関する就業規則の定め

Y社では、正社員に適用される社員就業規則36条において、「社員は、制服を貸与され、又は使用することとされている場合には、特に許可があったときを除き、勤務中これを着用しなければならない。」と定められていました。
また、期間雇用社員、アソシエイト社員及び高齢再雇用社員に適用される就業規則においても、この定めは準用されていました。

Y社会計事務マニュアル

郵便局の会計処理会計担当者の事務処理のためにY社において作成されている会計事務マニュアルには、勤務時間外のユニフォームの着用についての記載がありました。
もっとも、当該記載は、複数回にわたって改訂されており、平成29年5月付けで改訂される前の会計事務マニュアルの記載は次のとおりでした。

そして、平成29年5月付け改訂後の会計事務マニュアルや令和2年10月付け改訂後の会計事務マニュアルでは次のような記載になっていました。

勤務時間制度の見直し

Y社は、令和3年12月頃、「勤務時間制度の見直しに関する社員周知資料」(本件資料)を作成しました。
本件資料には、Y社の勤務時間制度の見直しに関する次のような記載がありました。

訴えの提起

その後、Xさんらは、Y社から着用を義務付けられていた制服の更衣に要する時間は労働基準法上の労働時間に該当するにもかかわらず、Y社はこれを労働時間として扱わず、更衣に要する時間に応じた割増賃金を支払っていない旨主張して、Y社に対して、割増賃金等の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、制服への更衣に要する時間が労働時間に該当するか否かが争点となりました。

本判決の要旨

制服の着用が義務付けられていたか

(…)弁論の全趣旨によれば、Xさん従業員らについては、Y社での就業に当たって制服を着用することが、就業規則上も、勤務実態としても、義務付けられていたことが認められる。

郵便局内の更衣室での更衣が義務付けられていたか

次に、制服の更衣を各郵便局内の更衣室で行うべきことがY社によって義務付けられていたかについて検討を加える。

制服を着用して通勤する従業員の状況

証拠(…)及び弁論の全趣旨によれば、制服を着用して通勤する従業員の状況について、Y社が行った調査によれば、次のとおりの事実が認められる(…)。

C郵便局、D郵便局、E郵便局、F郵便局、G郵便局、H郵便局、I郵便局、J郵便局、K郵便局及びL郵便局には、いずれも更衣室が設置されている(…)。このうち、C郵便局、E郵便局、F郵便局、G郵便局、H郵便局、I郵便局、J郵便局及びK郵便局においては、制服を着用して通勤していることが確認できるのは、調査対象者のうちのごく一部であり、これらの郵便局においては、ほとんどの従業員が、各郵便局内に設置された更衣室で更衣を行っているのが実態であるということができる。

Y社の指導状況

また、Y社が作成した「郵便業務のコンプライアンス指導教材(2016年1月期〈1〉)」(…)には、「2016年1月1日(金)~31日(日)の間に、対象者(=郵便業務を担当する部署に所属する社員及び総務部に所属し郵便業務に携わる社員)全員に対し、本研修教材を用いて指導してください。」との記載とともに、「勤務時間外のユニフォーム着用・ユニフォーム通勤の禁止」、「お客さまから見た『ユニフォームを着用している社員』は『勤務時間中である』と認識され、ユニフォームを着用したままの飲食店での飲酒等は会社のイメージ低下に繋がるため、勤務時間外のユニフォーム着用の禁止」、「ユニフォームに郵便物・現金等を隠して事務室から持ち出し、窃取等する犯罪を防止するため、ユニフォーム通勤の禁止」との記載があるところ、これらの記載は、Y社として、ユニフォームを着用しての通勤を禁止していたということを窺わせるものである。
さらに、(…)会計事務マニュアルにおいても、平成29年5月付けで改訂される前の会計事務マニュアルには、勤務時間外のユニフォーム着用の禁止が明示的に記載され、同月付けの改訂後においても、これを基本的には控えさせる旨が記載されているのであり、このような記載も、Y社として、ユニフォームを着用しての通勤を禁止していたことを窺わせるものといえる。

他方、C郵便局、D郵便局、E郵便局、F郵便局、G郵便局、H郵便局、I郵便局、J郵便局、K郵便局及びL郵便局のそれぞれにおいて、ユニフォームを着用しての通勤が許されている旨がY社から各従業員に対して告知されたことはこれまでないことが認められる(…)。

小括

以上のとおり、Y社がユニフォームを着用しての通勤を禁止していたことを窺わせるY社作成の資料があるほか、ほとんどの従業員が、各郵便局内に設置された更衣室で更衣を行っていたという実態がある一方で、Y社からユニフォームを着用しての通勤が許される旨の告知がされたことはないのであるから、Y社は、C郵便局、D郵便局、E郵便局、F郵便局、G郵便局、H郵便局、I郵便局、J郵便局、K郵便局及びL郵便局の各郵便局内の更衣室において、制服を更衣するよう義務付けていたものと認めるのが相当である(…)。

まとめ

以上によれば、Xさん従業員らは、Y社から、制服を着用するよう義務付けられ、かつ、その更衣を事業所である各郵便局内の更衣室において行うものと義務付けられていたのであるから、制服の更衣に係る行為は、Y社の指揮監督命令下に置かれたものと評価することができる。
したがって、更衣に要する時間は、労働時間に該当すると認めるのが相当である。

結論

裁判所は、以上の検討により、制服を着用して通勤しるか、Y社が労働時間として扱っている時間中に更衣を行っていることが確認できたX3さん、X4さん、X5さん、X6さん、X7さんを除くXさん従業員らについて、割増賃金請求権等が認められると判断しました。

ポイント

本件は、Y社に勤務していたXさんらが、Xさんらは、Y社から着用を義務付けられていた制服の更衣に要する時間は労働基準法上の労働時間に該当するにもかかわらず、Y社はこれを労働時間として扱わず、更衣に要する時間に応じた割増賃金を支払っていない旨主張して、Y社に対して、割増賃金等の支払いを求めた事案でした。

本件では、制服への更衣の時間が労働時間に当たるか否かが争点となったところ、まず労働時間の考え方について、厚生労働省は、「労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。」としています(「労働時間の適性な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」参照)。

そのため、たとえば、
①使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
②使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)
③参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

は労働時間として扱わなければならないこととされています。

本件において、Xさん従業員らは、Y社から、制服を着用するよう義務付けられていたうえに、その更衣も事業所である各郵便局内の更衣室において行うものと義務付けられていたことからすると、このような制服の更衣に係る行為は、まさに使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(上記①)として、Y社の指揮監督命令下に置かれたものと評価せざるを得ないといえるでしょう。

ただし、上記で列挙したような時間以外のものであっても、実質的に使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間については労働時間として取り扱わなければならないので、注意が必要です。

弁護士にもご相談ください

「労働時間」に当たるか否かは、労働契約や就業規則、労働協約等の定めにかかわらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものあり、使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されます。
このように労働時間該当性の判断はさまざまな事情を個別具体的に検討する必要があり、安易に「労働時間」には当たらないと判断してしまうと、後に割増賃金の請求等を受けるおそれもあります。
「これは労働時間に当たると判断され得る?」「残業代を払う必要がある?」など従業員の労働時間に関してお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。