債権侵害と不法行為の成否【最高裁令和5年10月23日判決】
企業間では、日々たくさんの契約が行われています。
たとえば、製品の売買契約を締結した場合には、売主側は買主に対して売買代金の請求をすることができるし、他方の買主側は売主に対して製品の所有権を移転するとともに、当該製品を引き渡すように請求することができます。
このような関係は「債権関係」とよばれ、相手方に対して給付行為を請求したり、相手方から提供された給付利益を保持したりすることができる地位のことを「債権」といいます。
債権者は、債務者に対して給付を請求することができますが、債権者が本来得られるはずの給付債権を債務者または第三者によって侵害されてしまうことがあります。
このように債権者が債権を侵害されることを「債権侵害」と呼びます。
しかしながら、そもそも「債権」とは、債権者と債務者の間の関係で生じるという相対的なもので、また目に見えないものであることから、契約とは関係ない第三者に対して広く不法行為責任を負わせるのも適当とは言えません。
では、債権侵害がなされた場合、どのような事情があれば、債権者は侵害をした相手に対して不法行為責任を追及することができるのでしょうか。
今回は、そんな債権侵害と不法行為の成否が問題となった最高裁判例を取り上げます。
損害賠償請求事件・最高裁令和5年10月23日判決
事案の概要
本件は、分譲マンションの建築工事の請負人X社が、Y1社において注文者Aから本件マンションの敷地を譲り受けた行為が、X社のAに対する請負代金債権を違法に侵害する行為に当たるなどと主張し、Y1社及びその代表取締役Y2に対して、不法行為等に基づき、1億円(X社の損害の一部)の連帯支払を求めた事案です。
事実の経過
マンション建築の請負契約の締結
注文者Aは、本件敷地上にマンションを建築して分譲販売することを計画し、平成26年、本件敷地を合計6100万円で購入しました。
その後、平成27年6月、X社との間で、Aを注文者、X社を請負人として、本件敷地にマンション(本件マンション)を建築する旨の請負契約を締結しました。
マンションの建築をお願いします
承りました!
本件契約における請負代金は、10億1500万円とされ、その支払時期及び支払額は、
・契約後(同年7月末日)に5000万円
・上棟時(平成28年6月末日)に1億5000万円
・完了時(同年11月末日)に8億1500万円
とされました。
根抵当権の設定
X社は、Aから、本件代金のうち、平成27年8月までに5000万円の支払を受けたものの、上棟時に支払われるべき1億5000万円の支払を受けることができませんでした。
そこで、平成28年7月、本件敷地について、極度額を6000万円、債権の範囲を請負取引、債務者をA、根抵当権者をX社とする根抵当権の設定を受け、その旨の登記がなされました。
なお、上記根抵当権は、本件敷地の交換価値の全部を把握するものでした。
代金を払っていただけないなら抵当権を設定してください
わ、わかりました
建築の中止等
もっとも、その後もX社は、Aから、本件代金について、平成29年2月15日までに遅延損害金を除いて合計6017万円余の支払が受けられただけでした。
そこで、X社は、同日、本件契約に係る建築工事を中止し、また、同月17日、本件マンションを自己の占有下に置き、Aの関係者が本件マンションに立ち入ることを禁止しました。
加えて、X社は、Aに対して単独で本件マンションを分譲販売することを止めるように申し入れ、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権の回収を図ることとしました。
もう工事やめます! Aの関係者は立入禁止にします。分譲マンションはうちが販売します!
なお、X社が本件工事を中止した時点における本件工事の出来高は、本件工事全体の99%を超えていました。
Aの破産手続開始
Aは、この頃、本件マンションを分譲販売するのではなく、本件マンション1棟を販売することを計画し、Y2から買主の紹介を受けるなどしていました。
X社の代理人であった弁護士らは、平成29年3月、本件マンションの販売状況等について確認するため、Aの代表取締役らと面談したが、Aの対応が信頼に足りるものではないと判断しました。
Aは、X社に対し、本件マンションの引渡しを受けて引き続き分譲販売させてほしい旨要望しましたが、X社は、これに応じず、Aについて破産手続開始の申立てをする旨の方針を決めました。
なんとかうちで売らせてもらえませんか?
いやです! 債権者としてA社の破産申立てをすることにします!
Y1社に対する本件敷地の売却
Y社は、平成29年4月2日、Aから本件敷地を譲り受けました。
本件敷地については、AからY社に対して、売買を原因とする所有権移転登記がされていましたが、Y社は、Aに対して本件敷地の対価を支払っていませんでした。
マンションの敷地をYに売ったことにしてしまおう
譲り受けましょう
破産手続開始の決定等
X社は、平成29年4月18日、Aについて破産手続開始の申立てをし、同年6月2日、上記申立てに基づき、破産手続開始の決定がされた。
Aの破産管財人は、平成29年9月、AによるY社への本件敷地の譲渡が、破産法160条3項所定の行為に該当することを理由として、本件敷地についてY社に対して、破産法による否認の登記手続を求める訴えを提起し、令和元年9月、上記破産管財人の請求を認容する旨の判決が確定しました。
敷地をYに譲渡したことは破産法上の否認対象にあたりますので、所有権を戻します。
訴えの提起
その後、X 社は、Y1社においてAから本件マンションの敷地を譲り受けた行為は、X社のAに対する請負代金債権を違法に侵害する行為に当たるなどと主張し、Y1社及びその代表取締役Y2に対して、不法行為等に基づき、1億円(X社の損害の一部)の連帯支払を求める訴えを提起しました。
争点
本件では、Y1社がAから本件マンションの敷地を譲り受けた行為が、X社のAに対する請負代金債権を違法に侵害する行為に当たるか否かが争点となりました。
原審の判断
原審は、次のとおり述べて、X社のY社らに対する不法行為に基づく損害賠償請求を認めました。
「本件行為の当時、Aには、本件マンションを販売することによって得られる金員をもって支払うほかに、本件代金を支払う手段はなかったのであり、X社は、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権の回収を図ることとしていたのであるから、上記方法によって本件債権を回収するというX社の利益は、事実上の期待にとどまらず、不法行為法上の法的保護に値する利益となっていたというべきである。これに加えて、Y社らは、X社が本件債権の回収を円滑に進めるためには本件マンションを本件敷地と共に分譲販売するほかない状況にあることを知りながら、あえて経済的合理性のない本件行為を行って本件債権の回収を妨害したのであるから、本件行為は、X社の上記の債権回収の利益を侵害するものとして本件債権を違法に侵害する行為に当たる。」
本判決の要旨
これに対して、最高裁は、原審の判断は是認できないとして、X社のY社らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は認められないと判断しました。
「前記事実関係によれば、本件行為の当時、X社は、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権の回収を図ることとしていたが、本件敷地についてはAが所有しており、また、X社において、将来、本件敷地の所有権その他の敷地利用権を取得する見込みがあったという事情もうかがわれないから、X社が自ら本件マンションを敷地利用権付きで分譲販売するためには、Aの協力を得る必要があった。しかるに、Aは、X社の意向とは異なり、X社から本件マンションの引渡しを受けて自らこれを分譲販売することを要望していたというのであるから、X社においてAから上記の協力を得ることは困難な状況にあったというべきである。これらの事情に照らすと、本件行為の当時、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権を回収するというX社の利益は、単なる主観的な期待にすぎないものといわざるを得ず、法的保護に値するものとなっていたということはできない。
以上によれば、本件行為は、上記利益を侵害するものとして本件債権を違法に侵害する行為に当たるということはできない。」
ポイント
本件は、分譲マンションの建築工事の請負人X社が、Y1社において注文者Aから本件マンションの敷地を譲り受けた行為が、X社のAに対する請負代金債権を違法に侵害する行為に当たるなどと主張して、Y1社及びその代表取締役Y2に対して、不法行為等に基づき、1億円(X社の損害の一部)の連帯支払を求めた事案でした。
原審は、本件マンションの出来高が99%を超えていたものの、自ら本件マンションを販売する方法によらなければX社がAに対する債権回収を図ることはできない状況にあり、現にX社がこの方法によって債権回収を図ろうとしていたこと等からすれば、同回収方法によって債権を回収するというX社の利益は“不法行為法上の法的保護に値する利益”となっていたと判断していました。
これに対して、本判決は、本件敷地をAが所有しており、X社が同所有権を取得する見込みもなかったこと、X社が本件マンションを敷地利用権付きで分譲販売するには、Aの協力が不可欠であるところ、Aの意向にはそぐわないため、Aから協力を得ることは困難な状態であったこと等を指摘し、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権を回収するというX社の利益は、“単なる主観的な期待”にすぎず、法的保護に値するものとなっていたということはいえないと判断しています。
債権回収方法を侵害する行為の違法性に関する過去の判例では、第三債務者が、債権者に対しては、実質的に債権を担保する手段として債権者と債務者との間で合意された代理受領を承認しておきながら、これに反して債務者に弁済した行為について、債権者に対する不法行為責任を認めたものがあります(最高裁判所昭和61年11月20日判決)。
これに対して、本件は、上記事案とは異なり、X社がAとの間で実質的な債権担保手段となり得る本件回収方法(X社自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権を回収するという方法)について具体的に合意したといった事情はなく、X社が仮に本件回収方法による回収を図ろうと考えていたとしても、やはりそのような想定は主観的な利益にすぎないと言わざるを得ないでしょう。
侵害されると主張している債権の回収が、どの程度客観的に確実なものであったかどうかがキーになってきます。
弁護士にもご相談ください
本件においては、X社のY社らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は認められませんでしたが、企業間取引等においては、債務者が債権者からの追及を免れる目的で所有している不動産等を廉価で第三者に譲渡してしまうようなケースも多々見られます。
債権回収は適時かつ適切な方法で行わないと、会社にとって大きな損失をもたらします。
まずは、契約内容をしっかりと定めること。、また、契約に関しては与信を見極めることが重要です。
その上で、債務者が請負代金を払ってくれない、売掛金がそのままになっている、貸付金が返されない・・・などの問題がある場合には、速やかに弁護士に相談することをおすすめします。