配転命令拒否を理由に懲戒解雇できる?【F-LINE事件】
多くの企業では、労働契約や就業規則等において、「会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。」といった定めをおいています。
このような定めは、会社の労働者に対する配転命令権を根拠付けるために、必ず必要となる規定です。
そして、会社が労働者に対して配転命令を行った場合には、当該配転命令が有効である限り、原則として労働者はこれに従う義務があり、拒むことは許されません。
配転命令の有効性については、これまでの判例において、
①配転命令について業務上の必要性が存在しない場合
②上記①が存在する場合には、配転命令がほかの不当な動機・目的をもってなされたものであるとき又は労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等特段の事情の存する場合
でない限りは、当該配転命令は権利の濫用にならず有効であるという判断枠組みが示されています(最二小判昭和61年7月14日・東亜ペイント事件)。
では、有効な配転命令がなされた場合において、従業員がこれを拒否した場合、会社としては、拒否の事由をもって懲戒解雇することは許されるのでしょうか。
F-LINE事件・東京地裁令和3.2.17判決
事案の概要
本件は、Y社に勤務していたXさんが、Y社のXさんに対する配転命令及び懲戒解雇は無効であると主張し、Y社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づく賃金等の支払いを求めた事案です。
事実の経過
XさんとY社
Xさんは、平成23年12月1日に関東エース物流の契約社員として雇用された後、平成27年6月1日に関東エース物流の正社員として採用されました。
他方、Y社は、貨物自動車運送事業、倉庫事業等を業とする株式会社であり、前社名は、味の素物流株式会社であったところ、平成30年4月1日に関東エース物流ほか5社を吸収合併し、さらに平成31年4月に複数の会社を統合したうえで、Y社の商号に変更しました。
そして、かかる合併に伴い、Xさんは味の素物流の正社員となりました。
Xさんの賃金額等
Xさんが本件解雇をされる前に実際に稼働していた直近3か月のXさんの賃金額は、平成30年10月は45万5800円、平成30年11月は46万2803円、平成30年12月は44万5994円であり、賃金は当月末締め・当月25日払いでした。
Xさんが雇用された関東エース物流は、平成30年4月に味の素物流に吸収合併されたものの、Xさん労働契約はY社に承継され、Xさんの労働条件は同一でした。
また、Xさんは、本件配転命令が出されるまでは、A1営業所において乗務員として勤務していました。
本件配転命令
Y社は、平成31年1月1日付でXさんに対して、A1営業所からA2営業所への異動を命じました(本件配転命令)。
もっとも、Xさんは、初出勤日であった同月9日以降、一度もA2営業所に出勤しませんでした。
本件解雇
Y社は、平成31年2月28日、Xさんに対して、即時解雇通知書を送付し、Xさんには、次の行為があり、懲戒事由に該当するため、同年3月1日付で懲戒解雇する旨の意思表示をしました。
Y社が該当すると判断した懲戒事由は以下のとおりでした。
就業規則の定め
Y社の就業規則には、次の定めがありました。
訴えの提起
Xさんは、Y社による本件配転命令および懲戒解雇の意思表示は無効であると主張して、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づく賃金等の支払いを求める訴えを提起しました。
争点
本件では、本件解雇の有効性が争点となりました。また、本件解雇の有効性を判断する前提として、本件配転命令の有効性も問題となりました。
本判決の要旨
Y社は、本件解雇には懲戒理由①から懲戒理由③の懲戒事由があるとしていたことから、本件解雇の有効性も懲戒理由ごとに判断されました。
懲戒理由①について
Xさんは、平成29年4月24日付けで、同月11日のG氏との間の本件トラブルにつき、本件譴責処分を受けているところ(…)、Y社は、Xさんが、本件譴責処分以降も言動を改めることなく、配車担当の社員に対して怒鳴ったり詰め寄ったりし、また、G氏に対する嫌がらせを継続していたことが、懲戒事由に該当する旨主張する。
そこで検討すると、(…)Xさんが本件譴責処分以後、G氏に対する嫌がらせをしていたと認めるに足りる証拠はなく、当該事実を認めることはできないから、G氏がXさんを原因とするストレスを抱え、業務に支障が生じていたとしても、Xさんの非違行為があるとは認められない。
以上によれば、懲戒理由①は認められない。
懲戒理由②について
Fが、平成30年3月5日以降、Y社に対し、複数回にわたって、Xさんについての対応を求めていたこと(…)、G氏がXさんを原因とするストレスを抱え、業務に支障が生じていたこと(…)は認められるが、(…)、具体的なXさんのG氏に対する嫌がらせがあったと認めることはできないことからすれば、FからのY社に対するG氏に関するXさんへの対応を求める申入れについて、Y社として対応する必要があるとしても、当該申入れを受けたこと自体をXさんの非違行為として、懲戒解雇事由に該当するとは認められない。
したがって、懲戒理由②は認められない。
懲戒理由③について
本件配転命令の有効性
➣判断枠組み
本件就業規則9条は、「業務上必要あるときは、従業員に対し転勤、出向、配置転換、および職種変更を命ずることがある」旨規定しており(…)、Y社はXさんの勤務場所を決定し、転勤を命じて労務の提供を求める権限を有する。
Y社は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。
右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。(最高裁判所第2小法廷昭和61年7月14日判決・東亜ペイント事件参照)
➣本件の検討
【業務上の必要性】
本件において、Y社は、平成30年3月5日、FからXさんに対する対応を求められ、その後、XさんとG氏が接触しないよう調整するなどして対応し、その後も話し合いが続けられたが、Fの他の従業員の負担が重いことから、同年6月25日以降はFにおいてG氏をB営業所の勤務から外し、FのP係長においてG氏の業務を代替したが、P係長の負荷も重いことから、同年9月11日には、FからY社に対し、状況の改善が見られないままではトラック5台体制の維持が難しく、4台体制とすることを考えてほしい旨の要望が出されるに至った(…)。B営業所の味液輸送業務は、Y社のトラック4台とFのトラック5台の9台体制で行われているところ(…)、Fが5台体制から4台体制に縮小した場合には輸送業務に大きな影響が出ることになるが、味液輸送業務はタンクローリーによる特殊業務であり、特殊な作業手順があることから、スポット的に他社に代替を依頼することが困難であり(…)、Y社としてはFの業務縮小を避ける業務上の必要性があり、そのためにはXさんの勤務先を変更する必要性があったといえる。また、本件配転命令当時、A2営業所には欠員が出ており、欠員を補充する必要もあった(…)。
以上によれば、本件配転命令には、業務上の必要性があると認められる(…)。
【特段の事情】
また、Xさんは、腰痛があり、A2営業所における冷凍・冷蔵食品類の配送業務は身体的負荷が大きく、本件配転命令による原告の不利益が甚大である旨主張するが、B営業所における味液輸送業務においても、長時間の運転業務や、帰着後の洗浄時や味液の積込み時にタンクローリーの上部にはしごで上って30分程度監視する業務があり(…)、腰に一定の負荷がかかると考えられることからすれば、A2営業所における業務がA1営業所における業務よりも負荷が大きいか否かは明らかではないこと、原告が本件配転命令に至るまで味液輸送業務を問題なく遂行しており、診断書(…)は平成31年2月1日付けであるところ、Y社は診断書の提出を受けていなかったこと、Y社は本件配転命令後、直ちにXさんに単独運行をさせるわけではなく、慣らし業務期間中に問題があった場合には、XさんからY社にその旨を伝えて対応の検討を依頼することが考えられること(…)からすれば、本件配転命令によって、Xさんに著しい不利益が生じるとは認められず、また、Y社が本件配転命令につき、Xさんを退職に追い込むなどの不当な動機・目的を有していたとは認められない。
➣配転命令の有効性
以上によれば、本件配転命令は、業務上の必要性があり、また、不当な動機・目的をもってなされたものであるとはいえず、Xさんに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとも認められないから、権利の濫用には当たらず、有効である。
Xさんの欠勤が無断欠勤であること
Xさんは、本件配転命令後、A2営業所における初出勤日である平成31年1月9日に出勤することなく、同営業所のQマネージャーが電話で出勤を求めたのに対し、納得できないので業務命令には従わない旨回答し、同日以降、同年2月27日までは電話に出ることもなく、ショートメールによる連絡に対しても反応しなかった。また、Y社による同年1月15日、同月25日、同月29日及び同年2月1日付けの文書による出勤指示に対しても反応せず、同年3月1日付けで本件解雇されるまでの間、Y社に対して何らの連絡をすることなく欠勤を継続し(…)本件配転命令が有効であると解されることからすれば、Xさんによる同年1月9日から同年3月1日までの欠勤は、無断欠勤に当たると認められる。
懲戒事由に該当すること
Xさんによる(…)の無断欠勤は、本件就業規則9条、22条、24条1項に違反し、52条10号、21号、24号の定める懲戒解雇事由(…)に該当すると認められる。
本件解雇の有効性
以上によれば、懲戒理由①、②は認められないものの、懲戒理由③は本件就業規則の懲戒解雇事由に該当すると認められるところ、Xさんは、本件配転命令の内示を受けた直後から、E所長やD支店長に対して本件配転命令を拒否する姿勢を示した上(…)、A2営業所での初出勤日である平成31年1月9日、Qマネージャーに対して電話で業務命令に納得できないから従わない旨告げて以降、2か月近くにわたってY社からの連絡を無視し続けており(…)、業務命令違反の程度は著しく、懲戒解雇処分となることもやむを得ないと考えられることに加えて、Xさんが、平成29年4月に本件譴責処分を受けていること(…)や、K氏とのトラブルにおいても鉄の棒を持ったことにつき厳重注意されたことがあること(…)のほか、配車担当者に対して配車に関する不満を継続的に述べ、上長から複数回にわたり公平に配車をしていること等の説明を受け(…)、業務に支障を生じさせていたこと等原告のこれまでの勤務状況等にも鑑みれば、本件解雇は客観的合理的理由があり、社会通念上相当であるといえ、権利の濫用には当たらず、有効である。
結論
裁判所は、以上の検討により、本件配転命令および本件懲戒解雇はいずれも有効であり、Xさんの請求はいずれも認められないと判断しました。
ポイント
本件は、Y社に勤務していたXさんが、Y社から受けた配転命令及び懲戒解雇が無効であると主張し、Y社に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づく賃金の支払い等を求めた事案でした。
裁判所は、本件配転命令の有効性については、業務上の必要性があり、また、不当な動機・目的をもってなされたものであるとはいえず、Xさんに対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとも認められないから、権利濫用に当たらず、有効であると判断しました。
また、懲戒解雇の有効性については、Xさんが有効な本件配転命令の内示を受けた直後から拒否する姿勢を示し、2か月近くにわたってY社からの連絡を無視し続けており、業務命令違反の程度は著しく、懲戒解雇処分となることもやむを得ないと考えられることに加えて、Xさんが譴責処分を受けていることや、H氏とのトラブルにおいても鉄の棒を持ったことについて厳重注意されたこと、配車担当者に対して配車に関する不満を継続的に述べ、助長から複数回にわたり公平に配車をしていること等の説明を受け、業務に支障を生じさせていたこと等、これまでの勤務状況等にもかんがみれば、本件解雇は客観的合理的理由があり、社会通念上相当であるといえ、権利の濫用には当たらず有効であると判断しました。
このように、労働者が配転命令を拒否し、会社からの連絡も継続的に無視しているなどの場合には、業務命令違反の程度が著しいものとして、懲戒処分となり得ます。
もっとも、これは配転命令が有効であることが前提であり、配転命令が権利濫用として無効である場合には、懲戒処分も無効となってしまいます。
したがって、配転命令拒否に基づく懲戒解雇等については、まず配転命令が有効になされているかも改めて点検する必要があります。
弁護士にもご相談ください
懲戒解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認され得ることが求められます。
仮に懲戒解雇が無効と判断された場合には、当該労働者について労働者としての地位が認められるため、会社に戻さなければならないほか、それまでの未払賃金の支払いなども求められることになります。
したがって、懲戒解雇を検討する場合には、弁護士に相談し、懲戒解雇事由として十分な事情が存在するか、手続きに問題がないかなどの点について確認しながら丁寧に進めていくことが重要です。
懲戒解雇に関してお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。