労働問題

障害者雇用の職員に対する安全配慮義務とは【大和高田市事件】

障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)では、①雇用分野において障害者であることを理由とした障がいのない人との不当な差別的取扱いが禁止されるとともに、②事業者の障害者に対する雇用分野での合理的配慮の提供や③障害者からの相談に対応する体制の整備等が義務付けられています。

これらの義務を負う「事業者」は、企業の規模や業種を問わず、すべての事業主が対象となりますが、特に障害者雇用において各事業者が最も難しいと考えるところが、合理的配慮の提供です。

厚労省によれば、合理的配慮義務とは、
・募集及び採用時においては、障害者と障害者でない人との均等な機会を確保するための措置を講ずること
・採用後においては、障害者と障害者でない人の均等な待遇の確保または障害者の能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するための措置を講ずること
をいうとされています。

ただし、求められる措置の内容や程度はそれぞれの障がい者の特性や状態、職場環境などによって大きくことなるため、障害者一人ひとりの個別具体的な事情を考慮し、どのような合理的配慮を要するかを判断する必要があります。

さて、今回は障害者雇用について安全配慮義務違反の有無が争われた事件を紹介します。

大和高田市事件・奈良地裁葛城支部令和4.7.15判決

事案の概要

本件は、Y市に勤務していたXさんが、Y市がXさんの右足首の障害に配慮せずに業務に就かせたことなどについて安全配慮義務違反があったと主張し、Y市に対して、損害金等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

Xさんの業務状況

Xさんは、昭和61年4月1日、一般職職員としてY市に採用されました。
Xさんは、平成2年4月1日付でA課に配属され、保険料徴収事務に携わり、平成8年4月1日付でB課に配属され、市税の徴収業務に携わりました。
市税の徴収業務は、未納者を訪問して督促するなど庁舎外での勤務がありました。

Xさんは、その後、平成16年4月1日付で庁舎外での勤務が少ないD課・年金事務に配属され勤務し、平成17年4月1日付で生活保護受給者の自宅を訪問する庁舎外の業務があるE課E1係・ケースワーカーとして勤務、平成23年4月1日付で庁舎外での勤務が少ないF課F1町F2会館に配属され勤務しました。

また、Xさんは、平成24年4月1日付で庁舎外での勤務が少ないG課に配属され、業務に携わりました。

Xさんの障害

平成9年5月18日、Xさんは交通事故に遭い、右足関節捻挫、右大腿部打撲等の傷害を負いました(本件事故)。
Xさんは、右足関節機能障害により、自賠法施行令別表2の後遺障害等級12級12号の認定を受け、平成10年11月2日には、奈良県から右足関節機能障害5級の身体障害者手帳の交付を受けました。

Xさんは、B課に勤務している間は、時々足関節痛について消炎鎮痛剤の投与を受けることもありましたが、右足について特別な違和感や痛みを感じることなく過ごしていました。
また、Xさんは、平成16年4月1日、D課に配属された際も、右足への負担は少なく、業務等に特段の支障はありませんでした。

自己申告書の提出

Y市では、平成16年度から自己申告制度が開始されました。
自己申告制度とは、職員の人事配置の適正化等を目的として、毎年職員から自己申告書を提出させ、これを有効利用しようとするものでした。

Xさんの作成した自己申告書には、人事上配慮が必要な病名等として下肢肢体不自由5級(平成17年11月、平成19年12月、平成20年12月、平成21年12月作成)、異動に際して不自由5級(平成19年12月、平成20年12月、平成21年12月作成)と記載されていました。
さらに、平成20年12月作成の申告書には、現在の担当職務についてはあまり満足しておらず、職務については他の仕事にかわりたいと記載し、その理由として肢体不自由5級を挙げていました。

E課配属時の状況

Xさんは、平成17年4月1日付でE課E1係に配属された際、ケースワーカーとして生活保護受給者の自宅を訪問する業務に多くの時間を費やすようになりました。
Xさんの生活保護受給者の自宅訪問お回数は、平成19年、平成20年ともに400回を大きく上回っており、同時期の他のケースワーカーの訪問数よりも多くなっていました。

ケースワーカーが家庭訪問をする場合、公用車に乗り合わせることが多かったところ、E課から公用車のある駐車場までの距離は100mでした。
また玄関先や上り口で話をすることもありましたが、通常は家に上がって話をすることが多く、畳の上に座って話をすることや、話の内容によっては正座をすることもありました。

Xさんの右足の状態の悪化

Xさんは、E課に配属されたころから右足に違和感や疼痛を覚えるようになり、同僚や上司からみても右足をかばって不自然な歩き方をしていたことが看取できる状態となりました。
そのため、平成17年4月1日以降E課の課長であったUさんは、Xさんの右足の状態からE課での勤務は難しいとの認識に至り、人事課の職員にその旨を伝えていました。

また、Xさんは、自己申告書を提出していたほか、遅くとも平成19年度所得にかかる時期以降、所得控除を受けるため、Y市に身体障害者手帳のコピーを提出していました。

もっとも、Xさんは平成21年4月1日、E課E1係長に命ぜられ、前任の係長と比べても、Xさんの係長として同行した件数は大幅に増加していました。

人事救済の申立て等

Xさんは、平成28年3月17日、奈良県弁護士会に対して人権救済申立てを行い、同弁護士会は、平成30年1月29日、Y市に対して、Xさんから事情聴取をして、これをもとに配属部署等について下肢への負担が少なくなるような合理的配慮を行うよう勧告しました。

Y市人事課は、平成17年4月1日付、平成23年4月1日付、平成24年4月1日付の異動の際に、Xさんからヒヤリングや事情聴取を行ったことはなく、平成30年2月8日、Y市人事課長、G課長が奈良県弁護士会からの勧告を受けてXさんと面談をするまでは、Y市がXさんから事情聴取をすることはありませんでした。

訴えの提起

その後、Xさんは、Y市がXさんの右足首の障害に配慮せず業務に就かせたことなどについて安全配慮義務違反があると主張し、Y市に対して、損害金等の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求の可否や②Xさんの損害などが主要な争点となりました。

本判決の要旨

争点①安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求の可否

Xさんの業務従事と症状の関係
➤判断枠組み

(…)本件において、Xさんの症状の経過や医療機関における所見等を認定する意味は、原告の業務と右足関節症状の悪化の法的な相当因果関係を明らかにすることにある。そうすると、本件のような場合には、Xさんの既存の障害、現実に認められる右足の状態、Xさんの従事した業務の状況や性質、それが心身に及ぼす影響の程度などを総合勘案して、Xさんの右足関節の症状悪化と業務との因果関係を判断することが相当である。

➤Xさんの既存の障害と現実の右足の状況

Xさんは、本件事故後、右足関節機能障害や右足関節機能全廃との診断を受け、後遺障害等級表12級12号の認定を受けた上、右足関節機能障害5級の身体障害者手帳の交付を受けている。そして、保護課に配属された後ころから、右足に違和感や疼痛を覚え、右足をかばって不自然な歩き方をするようになり、遅くとも平成22年には右足関節の疼痛が相当増悪し、歩行に困難を来す状態にあった。

➤Xさんの従事した業務の状況や性質

他方、Xさんは、E課配属後は、生活保護受給者の自宅を訪問する業務に多くの時間を費やすようになり、その訪問回数は、平成19年、20年ともに400回を大きく上回っており、平成21年4月に保護係長を命ぜられた後も、訪問同行回数は300件を上回っていた。
そして、Xさんは、公用車で訪問する場合であっても、少なくとも駐車場まで往復200mを徒歩で移動し、さらに降車した箇所から訪問先まで一定の距離を歩行しなければならなかった。また、訪問先では時には正座を求められる事態も生じ(…)、正座は足関節底屈、打返し位で行うため、右足関節機能全廃とされたXさんの右足関節には相当な負担となることが認められる(…)。

➤業務がXさんの心身に及ぼす影響の程度

そして、Xさんの主治医であるO医師は、(…)業務による歩行や正座等の負担等によりXさんの症状が増悪したものであり、変形性関節症は力学的負荷の繰り返しが過多になることで、変性が進行するとの知見とも沿う旨の意見を示し(…)、Xさんは、E課において、家庭訪問等の右下肢に負担となる業務を継続し、それが変形性関節症の誘因となって、Xさんの右足関節の症状を悪化させ、右足関節固定術を受けるに至らしめたと推認するのが合理的である。(…)また、本件全証拠によっても、ほかに、Xさんの右足関節の症状を悪化させる要因は特段認められない。

Y市の安全配慮義務違反の有無
➤使用者の安全配慮義務

使用者は、労働者の生命・健康が損なわれないよう安全を確保するための措置を講ずべき義務を負っている。
したがって、労働者が現に健康を害し、そのため当該業務にそのまま従事するときには、健康を保持する上で問題があり、あるいは健康を悪化させるおそれがあるときには、速やかに労働者を当該業務から離脱させ、又は他の業務に配転させるなどの措置を取るべき義務を負うと解するべきである。

➤Y市の具体的な義務

そして、E課に配属させた後のXさんの右足は、前記のとおり家庭訪問の業務が大きな負担となるような状態にあったのであり、Y市もその事実については、自己申告書や身体障害者手帳のコピーでXさんの身体障害を把握するとともに、E課課長や同僚を通じて実情を容易に知り得る状態にあったと認められる。
そうすると、Y市としては、Xさんの状況を把握した上、その業務負担を軽減する措置を取り、あるいは担当業務を変更するなどの措置を講じる義務を負っていたというべきである。

➤Y市の安全配慮義務違反の有無

しかし、Y市は、前記認定のとおり、平成17年以降、XさんをE課から異動させず、多数回の家庭訪問に従事させたのであるから、Y市には安全配慮義務違反があるというべきである(…)。

争点②Xさんの損害

前記認定の各事実、とりわけ右足関節の疼痛が増悪し、歩行に支障が現れ、新たに右変形性足関節症と診断されていること、その中で家庭訪問の業務を行っていたこと、他方で、本件事故による右足関節機能障害は平成9年6月18日ころには症状固定したものと診断され、さらに、平成10年10月15日には既に右足関節機能全廃と診断されていたことなどを考慮すれば、Y市の安全配慮義務違反によりXさんの被った精神的損害に対する慰謝料の額は300万円が相当である(…)。

結論

よって、裁判所は、以上の検討により、Y氏はXさんに対して。弁護士費用30万円とあわせて330万円及び遅延損害金の支払い義務があると判断しました。

ポイント

本件は、Y市に勤務するXさんが、Y市がXさんの右足首の障害に配慮せず業務に就かせたことなどについて安全配慮義務違反があると主張し、Y市に対して、損害金等の支払いを求めた事案でした。

裁判所は、障害を有する労働者との関係における使用者側の安全配慮義務の内容について、「労働者が現に健康を害し、そのため当該業務にそのまま従事するときには、健康を保持する上で問題があり、あるいは健康を悪化させるおそれがあるときには、速やかに労働者を当該業務から離脱させ、又は他の業務に配転させるなどの措置をとるべき義務」と示しています。
そのうえで、Y市がXさんに身体障害があることを把握していたこと、Xさんが自己申告書において下肢不自由を理由に異動を希望していたことなどの事情の下では、Y市として、Xさんの業務負担を軽減する措置をとり、担当業務を変更するなどの措置を講じる義務があったといえ、E課から異動させることなく、多数回の家庭訪問に従事させたY市には安全配慮義務違反があると判断しています。

このように、本判決は、安全配慮義務の内容として、他の業務への配転や担当業務の変更を挙げていますが、視覚障害を有する労働者の職務変更の適法性が争点となった裁判例においては、「授業内容改善のための各種取り組み等による授業内容の改善や、補佐員による視覚補助により解決すべきもの」であるとして、職務変更の必要性が否定され、職務変更命令が権利濫用として無効であると判断されたものがあります。

したがって、障害を有する労働者について、業務遂行上、合理的配慮を提供し得る場合には、事業者としては、職務変更の必要性よりも合理的配慮の提供を優先して検討すべきであるといえます。

弁護士にもご相談ください

令和6(2024)年4月から、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)が改正され、事業者による障害のある方への合理的配慮の提供が義務化されました。(障害者への合理的配慮の提供義務化に向けて【改正障害者差別解消法ポイント解説】【2024年4月施行】

雇用の側面においては、冒頭に述べたとおり障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)が適用されますが、事業者に求められる合理的配慮の提供に際して、留意すべき事項は同じです。

すなわち、合理的配慮の内容は個々の場面に応じてそれぞれ異なり、一義的に決められるものではないため、各事業者は、障害のある人の状態、年齢、性別などに留意しながら、それぞれの場面で求められる配慮について柔軟に対応していく必要があります。

また、合理的配慮の提供に当たっては、障害のある人が求めている必要かつ合理的な配慮について、障害のある人と事業者とが対話を重ね、ともに考え、最もよい解決策を検討していく「建設的対話」が最も重要です。

障害のある労働者との関係性や具体的な合理的配慮の提供の方法や内容などについて、お悩みがある場合には、ぜひ弁護士にもご相談ください。