法律コラム

老人ホーム職員は利用者の食事を見守る義務がある?【安全配慮義務】

高齢者に特に多い誤嚥性肺炎。
誤嚥性肺炎とは、食べ物や唾液などが誤って気道内に入ってしまう“誤嚥”が原因となって発症する肺炎のことをいいます。

加齢による筋力・免疫力の低下に伴って、気管やのどに詰まった異物を吐き出す力が下がったり、口腔内の細菌が増えたりすることから、一般的に高齢者は誤嚥のリスクが高まるといわれています。

“誤嚥”対策としては、嚥下能力を鍛えることや食事の際に咀嚼回数を増やすこと、食事に集中すること、食事後は一定時間休んでから横になることなどが挙げられます。
もっとも、アルツハイマーなど認知機能に問題が生じている場合、高齢者本人にこのような誤嚥対策を促すことは難しく、周囲の監督や介助が不可欠です。

さて、今回は、そんな「誤嚥」に関して、介護施設での食事中に提供された食べ物をのどに詰まらせて死亡してしまった施設利用者の相続人が、介護施設を訴えた事件を紹介します。

特別養護老人ホーム誤嚥事件・名古屋地裁令和5.2.28判決

事案の概要

本件は、Y法人が運営する特別養護老人ホームにおいて、Aさんが食事の提供を受けていた際に、食べ物をのどに詰まらせて窒息死してしまったため、相続人であるXさんらが、本件事故は、Y法人がAさんが食事をする際に、職員に常時見守らせるべき義務があったにもかかわらず、これに違反したことによって生じたものであると主張し、Y法人に対して、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

Aさんの施設入所

Aさん(昭和13年生まれ)は、平成20年頃、アルツハイマー型認知症の診断を受け、自宅において、長男であるX1さんの家族から日常的に援助を受けていました。
Aさんは、要介護認定を受けていましたが、認知症の進行により、平成30年3月に要介護状態区分の変更認定の申請をし、要介護3の認定を受けました。
そして、X1さんは、同年10月、Aさんが徘徊が多く、家の物を壊すなどして自宅で介護することができないとして、Y法人が運営する特定養護老人ホームに入所を申し込みました。
これを受けて、AさんとY法人は、平成31年2月1日、同養護老人ホーム(本件施設)に入所する旨の契約を締結しました。

Aさんの要介護状況

Aさんは、平成31年4月頃、要介護状態区分の変更認定を申請し、令和元年5月、要介護5の認定を受けました。
この際の認定調査によると、Aさんの状態としては、かなり体格がよく(身長160㎝、体重70㎏台)気力もなく体重を預けてくるため、職員数人で介助をしており、職員も大分腰に負担がかかっているうえ、認知症があり、昼夜逆転や介護抵抗があることが示されていました。
また、食事については、調子が良いと箸やスプーンを持って食べることがありますが、稀で、箸やスプーンを持っても遊んでしまい、結局はすべて介助で食べさせることが多いとの職員から聴取記録もありました。

食事内容の変更

Aさんは、上記のとおり、本件施設に入所して以来、適切に食事をとることができず、食事中に嘔吐することが度々ありました。
令和元年6月13日、X1さんは、本件施設に配置された医師に電話をかけ、最近のAさんの食事中の嘔吐が気になる旨の相談をしました。

X1さん
X1さん

父がたびたび嘔吐することが気になるんですよね。

これを受けて、同医師は、Y法人に対して、Aさんの食事形態を「米食+常菜」から「全粥+刻み食」に変更するように指示し、Y法人もこの指示に従いました。

じゃあ、全粥にしましょう

Y社
Y社

もっとも、Aさんは相変わらず嘔吐するなどしたため、同年7月22日頃、X1さんはY法人に対して、医師による精査を強く希望しました。

X1さん
X1さん

あいかわらず嘔吐するみたいですね。本人も「食事がべちゃべちゃする」と嫌がってるみたいです。

そのため、医師はN病院の医師宛てに上腹部のCT検査等を依頼する紹介状を作成しました。この紹介状には、本件施設からの説明も踏まえ、「嘔吐はかき込むような食事の摂取によるムセが主要因のようである」との記載がありました。

そして、Y法人は、X1さんの意向を受けて、令和元年8月10日以降、Aさんの食事形態のうち主食を「全粥」から「軟飯に近い普通食」に変更しました

じゃあ、全粥をやめて軟飯に近い普通食にしましょう

Y社
Y社

本件事故の発生

令和元年12月12日午後5時頃、Aさんは、本件施設の食堂において食事を開始しました。
Y法人の職員は、午後5時11分頃、Aさんの顏をのぞきこんで異常がないことを確認した上、Aさんの食事を小皿に取り分けて提供し、その場を離れました。
その後、Aさんはやや前屈みになり食事を始めました。

本件施設の職員であったP2さんは、Aさんと対角線上の最も遠い席の利用者に対して食事介助をしていましたが、食堂全体を見たところ、別の職員がAさんのそばを離れてから約7秒後にAさんの食事が進まず手が止まっているように見えたことから、声がけのためにAさんに小走りで近づきました。
この際、Aさんが食べ物を口に含んでいるように見えたことから、P2さんはAさんに対して食べ物を口から出すように声がけを繰り返し、Aさんの背中をたたきました。
Aさんは声がけに応じて少しずつ食べ物を口から出しましたが、P2さんは、食べ物が喉に詰まっていると判断し、グローブをはめてAさんの口の中に手を入れて食べかすを少量取り出しました。

Aさんの死亡

Aさんは、午後5時13分頃、心配が停止しました。
Y法人の職員は、午後5時14分頃に119番通報をし、救急隊は午後5時23分頃に現場に到着してAさんを救急搬送しました。
もっとも、Aさんは午後7時10分頃、死亡しました。
Aさんの死体検案書には、Aさんの死因は誤嚥による窒息であるとの記載がありました。

訴えの提起

Aさんの相続人であるX1さんらは、Y法人は、Aさんの食事を全介助するか、少なくともこれを常時見守るべき注意義務等を負っていたにもかかわらずこれを怠ったものであり、これによりAさんは食事を誤嚥して死亡したと主張し、Y法人に対して、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①Y法人の注意義務違反の有無、②Y法人の注意義務とAさんの死亡との間の因果関係の有無、③過失相殺の可否などが主な争点となりました。

本判決の要旨

争点①Y法人の注意義務違反の有無について

Y法人の負う義務と内容

Y法人は、地域密着型介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム(入所定員が29人以下であるもの)であって、入所する要介護者に対し、入浴、排せつ、食事等の介護その他の日常生活上の世話等を行うことを目的とする施設。介護保険法8条22項)を運営する者として、入所契約を締結した要介護者に対し、当該契約に基づき、上記日常生活上の世話等を行う過程において、その生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負うものと解される。

これを本件についてみると、前記認定事実によれば、令和元年12月当時、A(当時81歳)は、その認知能力が著しく低下しており、食べ物で遊んで食事をしないことがある一方、隣の利用者の食事まで食べることもあり、介護を拒否することもしばしばあった。また、Aは、かき込んで食べることがあり、度々嘔吐をしていたもので、Y法人自身、Aの食事に関する問題点として、かき込み食べがあり、むせ込みからの嘔吐があることを認識していた。そして、Y法人は、平成30年7月に医師の指示を受けてAの食事形態を「米食+常菜」から「全粥+刻み食」に変更したにもかかわらず、X1の意向を受けて、主食の食事形態を「全粥」から「軟飯に近い普通食」に変更したものである。

そうすると、Y法人の職員において、Aが食事をかき込み食べることにより嘔吐し、その吐物を誤嚥し窒息する危険性があることを予見することができたものであるから、Y法人は、Aに対し、本件入所契約に基づく安全配慮義務の具体的内容として、Aが食事する際には、職員をしてこれを常時見守らせるべき注意義務を負っていたものというべきである。

本件の検討

しかるに、Y法人は、上記注意義務を怠り、本件事故の際、Aの食事を常時見守っていた職員はいなかったものである。この注意義務違反行為は、債務不履行を構成するとともに、Aの生命・身体を侵害する不法行為を構成するものというべきである。

争点②Y法人の注意義務とAさんの死亡との間の因果関係の有無について

Y法人が、前記2で説示した注意義務を履行して、Aが食事する際、職員をしてこれを常時見守らせていれば、Aが食事をかき込もうとしたときにこれを制止したり、あるいは食物を喉に詰まらせそうになったときに速やかに食物を取り除いたりするなどといった対応をとって、Aの死亡を回避することができた高度の蓋然性が認められる。
したがって、Y法人の債務不履行(注意義務違反)とAの死亡との間には因果関係が認められる

争点③過失相殺の可否について

X1さんは、令和元年8月10日の少し前に本件施設を訪れた際、Aにべちゃべちゃな感じのご飯を食べさせているとして、Y法人に対し、普通の食事に戻してほしいと要望し(X1さん本人)、これを受けて、Y法人は、同日以降、Aの食事形態のうち主食を「全粥」から「軟飯に近い普通食」に変更したものである(前記認定事実(3)イ)。前記(1)で説示したとおり、X1さんは同年7月の食事形態の変更について説明を受けていたことに加え、Dが本件事故の日に作成した事故発生報告書には「家族にもミキサー食をお願いしていたが反対されていた。もっと強くすすめていれば良かった。」と記載されていること(甲5の5、証人D)をも考慮すると、X1さんは、上記の要望をした際、Y法人から、誤嚥のリスクという観点から、食事形態の再度変更についての懸念を示されたものと推認することができる。

Y法人がAの食事形態を「全粥+刻み食」にしていたという経緯、Aが誤嚥による窒息で死亡したという事実に照らして、上記の食事形態の変更がAの死亡という結果の発生に相当程度寄与していたものというべきであるから、Y法人の過失が重大なものであることなどを最大限考慮しても、被害者側の過失として5割の過失相殺をするのが相当である。

結論

よって、裁判所は、以上の検討により、Y法人はX1さんらに対して、689万2117円万円及びこれに対する遅延損害金の支払義務があるとの判断をしました。

本件のまとめ

本件は、老人ホームで介護を受けていたAさんが、施設内で提供された食事をのどにつまらせ窒息死した事故について、Aさんの相続人であるX1さんらが、Y法人にはAさんの食事を全介助するか、少なくとも常時これを見守る注意義務等があったにもかかわらずこれを怠った過失があると主張し、Y法人に対して、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償の支払いを求めた事案でした。

裁判所は、そもそもY法人は、地域密着型介護老人福祉施設を運営する者として、入所契約をした要介護者に対して、介護等の世話を行う過程において、その生命及び身体等を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うとしたうえで、特にAさんがかき込み食べによってむせたり嘔吐したりすることが度々あったという事情の下では、Y法人にはAさんが食事をする際には、職員をしてこれを常時見守らせるべき注意義務があったものであると判断しました。

他方で、過失相殺に関しては、Y法人が遅くとも元年7月22日頃までには、Aさんの食事形態を嘔吐したりむせたりしにくいものに変更した旨を説明したにもかかわらず、X1さんの普通食に戻してほしいとの要望を受け、誤嚥リスクの観点から食事形態を再度変更することに対する懸念を示したうえで、食事形態のうちの主食を全粥から軟飯に近い普通食に変更したという経緯にかんがみれば、食事形態の変更がAさんの死亡結果の発生に相当程度寄与しているとして、被害者側の過失を5割認めました。

介護施設の運営者側にとって、被介護者の家族は顧客という位置付けにあり、家族から食事その他の介護内容について要望を受けた際、ある程度の意向をくみ取らなければならないという状況にあります。
もっとも、家族がよかれと思って行った要望が、時に被介護者にとっては生命等のリスクにつながることもあります。
したがって、仮に家族の要望が被介護者の心身の健康に危険をもたらすおそれがある場合には、本件のY法人のように、家族に対してリスクを十分に説明し、再考を求める必要があるといえます。

弁護士にご相談ください

本件は介護施設における安全配慮義務違反が問題となりました。
介護施設(職員)に求められる安全配慮義務の内容は個々の被介護者の状況等によって変わるため、画一的に判断できるものではありません。
もっとも、近年、特に介護施設における誤嚥等の事故については、施設側の過失や職員の過失に対して特に厳しい目が向けられており、裁判で争われる事案も増加しています。
また、多くの介護施設では入所者の数に比して職員の数が圧倒的に不足しており、人手不足の点も強く主張したいところですが、介護施設に求められる安全配慮義務の程度は人手不足などの事情によっては軽減されません。
したがって、日ごろから個々の被介護者の状況を考慮しつつ、求められる安全配慮義務を十分に果たしているか否かを点検するとともに、職員に対しても適切な指導等を行っていく必要があるといえます。

誤嚥に関する事故をめぐる紛争についてはこちらもご覧ください。

介護施設における事故について問題を抱えている場合や対策についてお悩みがある場合などにはぜひ弁護士にご相談ください。