労働問題

日本企業に中国の労働法は適用される?

国際物流では、日本と海外との間で取り引きされる物品等の流れのことをいいます。
飛行機や船などによって長期間かけて運ばれてくるため、国内物流とは異なり、物の破損・汚損等のリスクに対する配慮が必要となるうえ、国境を超えるため、輸出入の際の通関手続なども必要となってきます。
そのため、国際物流では、輸入先・輸出先の言語や文化だけでなく、現地での価格交渉等もマルチに対応できる人材が不可欠です。
そこで、現地での通訳やその他の折衝を担ってもらうために社外の事業者との間で業務委託契約を締結することがあります。

もっとも、業務委託契約を締結する相手方が外国人である場合には、その契約に適用される法律が必ずしも日本法になるとは限りません。
そのため、後に争いが生じた場合に備えて適用される法律や裁判管轄についてもあらかじめ検討しておく必要があります。

さて、今回は、某日本企業との間で通訳や価格交渉、通関との折衝等を行う旨の契約を締結し、その後契約を解消された中国人女性が、同契約に適用される法律が中国法であり、同契約は労働契約であると主張し、日本企業を訴えた事件を紹介します。

ふたば産業事件・大阪地裁令和5.1.26判決

事案の概要

本件は、B社のために通訳、経理、商品開発、価格交渉、契約書の作成、通関との折衝等を行う旨の契約(本件契約)を締結し、B社から本件契約を解消する旨の措置を受けたAさんが、B社に対し、本件契約の成立及び効力について適用すべき法は中国法であり、本件契約は労働契約であって本件措置は違法な解雇であると主張し、未払い賃金等の支払い(主位的請求)や損害賠償の支払い(予備的請求)を求めた事案です。

事実の経過

AさんとB社の関係

Aさんは、中国山東省青島市内に住所を有する中国人女性であり、B社は冷凍食品の輸入、販売等を目的とする株式会社でした。
B社は、中国国内に現地法人や常駐代表機構(駐在員事務所に相当するもの)を有しておらず、青島市に中国・α事務所を設置していたものの、その後は同事務所を廃止していました。

平成16年11月、AさんとB社は、次のとおりの契約(本件契約)を締結しました。

本件契約後の業務

Aさんは、本件契約締結後、α事務所において、通訳、経理、商品開発、価格交渉、契約書の作成、通関との折衝等の業務に従事していました。
B社は、Aさんに対して、平成30年度の報酬を月額1万2,050元としました。
その後、Aさんは、平成30年3月から令和元年6月中旬までの間、産前産後休業及び育児休業を取得しました。
そして、B社は、平成30年12月以降、始業時刻を午前8時30分とし、終業時刻を午後5時30分としました。

育児休業から復帰した後の経緯

Aさんは、令和元年6月中旬頃、育児休業を終えて業務に従事しました。
この際の報酬は、最終的に月額1万2050元から月額1万0530元に変更され、同額が支払われるようになりました。

Aさんは、B社に対し、令和2年9月14日から同月16日まで及び令和2年11月12日から同月14日までの間、中国山東省威海市栄成市にある取引先の冷凍調理食品加工工場を訪問して作業等に立ち会った旨の日報を送信しました。
ところが、B社は、令和2年11月20日、WEB会議において、Aさんに対し、令和2年9月15日、同月16日、同年11月13日、同月14日のAさんの日報に記載された業務内容は事実に反する旨を告げて、本件契約を解消する旨の本件措置を行いました。

訴えの提起

そこで、Aさんは、B社に対し、本件契約の成立及び効力について適用すべき法(準拠法)は中国法であり、本件契約は労働契約であって本件措置は違法な解雇であると主張して未払賃金等の支払いを求め(主位的請求)、また、仮に本件契約が労働契約ではないとしても本件措置は無効な契約解除であると主張して損害賠償の支払いを求める(予備的請求)訴えを提起しました。

争点

本件では、①本件契約に中国法が適用されるか否か、②本件措置による本件契約の解消は有効な解雇か否か、③本件措置による本件契約の解消は有効な契約解除か否かなどが争点となりました。
なお、このほかにも令和元年6月分以降の賃金減額が違法か否かや経費返還請求権および立替金支払請求権の有無なども問題となりましたが、今回の解説では省略します。

本判決の要旨

争点①本件契約に中国の労働法及び労働契約法が適用されるか否かについて

 B社が中国の労働法及び労働契約の使用者に当たるか否かについて

中国の労働法2条1項は、同法の適用対象となる使用者を「中華人民共和国国内の企業及び個人経済組織」と定め、労働契約法2条1項は、労働契約の一方当事者である使用者を「中華人民共和国内の企業、個人経済組織、民弁非企業単位等の組織」と定めている。以上によれば、中国の労働法及び労働契約法上の使用者は中国企業であり、わが国の企業をはじめとする外国企業は含まれないと解されるところ、これに沿う中国の裁判例がある。

これに対して、Aさんは、中国国内では、中国人労働者が中国国外の企業に対して報酬及び経済保証金等の請求をした事案について中国の労働契約法47条が適用された裁判例があり、本件も同様に解すべきであると主張する。しかし、(…)上記裁判例の事案は、中国政府の特別規定に基づき設立され、中国の労働契約法の適用が認められる「三来一補企業」である事業者とこれに対して投資をしている外国企業を一括して当事者と認められる場合に、上記事業者と上記外国企業が共に労働契約法上の責任を負うと判断したものであり、中国の労働契約法上の使用者に外国企業が含まれると解したものではない。また、上記説示した上記裁判例の判断内容からすると、中国の労働契約法の適用が認められる法人格を持たない本件のB社とは事案が異なる。したがって、Aさんの上記主張は事案を異にする裁判例に基づく主張であるから、採用することができない。

なお、B社は中国国内に常駐代表機構を有しないが、仮にこれを有するとしても、中国の外国企業常駐代表機関管理に関する暫定規定11条は「常駐代表機構は、家屋の借用又は職員の雇用に当たって、当該地の外事部門又は中国政府の指定するその他の部門に委託するものとする。」と定めており、労働契約を締結することはできない。

したがって、中国の労働法及び労働契約法上の使用者に外国企業は含まれず、その余の点を考慮しても、B社は中国の労働法及び労働契約法上の使用者には当たらない

その他のAさんの主張について

Aさんは、国際私法における法律関係の性質決定において、本件契約が法の適用に関する通則法(通則法)12条所定の労働契約とされた以上、その当然の帰結として、中国の労働法、労働契約法が適用されるし、このような解釈は労働者の抵触法上の保護を図るという同条の趣旨に沿う旨主張する。

法の適用に関する通則法
(労働契約の特例)
第12条 労働契約の成立及び効力について第七条又は第九条の規定による選択又は変更により適用すべき法が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外の法である場合であっても、労働者が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したときは、当該労働契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する。
2 前項の規定の適用に当たっては、当該労働契約において労務を提供すべき地の法(その労務を提供すべき地を特定することができない場合にあっては、当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法。次項において同じ。)を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。
3 労働契約の成立及び効力について第七条の規定による選択がないときは、当該労働契約の成立及び効力については、第八条第二項の規定にかかわらず、当該労働契約において労務を提供すべき地の法を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。

法の適用に関する通則法(平成十八年法律第七十八号)


しかし、通則法12条は、労働契約の成立及び効力に係る準拠法の選択に係る定めであり、これによって適用される国の法令の解釈を左右するものではない。Aさんの上記主張は、同条の効果に係る理解を誤るものであり、採用することができない。

Aさんは、通則法12条1項に基づいて、本件契約の最密接関連地である中国法の特定の強行規定である中国の労働法及び労働契約法を適用すべき旨の意思表示した以上、同条に基づいて本件契約には中国の労働法及び労働契約法が適用される旨主張する。
しかし、同項は、「労働契約の成立及び効力について第7条又は第9条の規定による選択又は変更により適用すべき法が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外の法である場合であっても」と定めており、最密接関連地でない地の法が準拠法であることが前提であるところ、本件では、最密接関連地は中国であることに争いはなく、同項の要件を欠く。したがって、Aさんの上記主張は、前提となる要件を欠くから、採用することができない(なお、Aさんの上記主張を前提としても、上記(1)で説示したとおり、B社は中国の労働法及び労働契約法所定の使用者には当たらない。)。

Aさんは、中華人民共和国渉外民事関係法律適用法43条により、本件労働契約には中国の労働法・労働契約法が適用される旨主張する。
しかし、同法は中国国内の準拠法を定める法律であって、同条は、労働契約は労働者の勤務地の法律を適用する旨を定めているにとどまり、その文言上、中国の労働法及び労働契約法所定の労働契約の当事者に外国企業が含まれるか否かを左右する定めであるとはいえない。したがって、Aさんの上記主張は採用することができない。

Aさんは、日本の労働基準法9条、労働契約法2条1項は法廷地の絶対的強行法規であるから本件契約にも適用される結果、Aさんは労働者として扱われることによって、中国の労働関係法令が適用される旨主張する。
しかし、日本の労働基準法9条、労働契約法2条1項の「労働者」にAさんが該当したとしても、適用されるのは上記各法律であって、これをもって中国の労働法や労働契約法の「労働者」にAさんが、「使用者」にB社が該当するとはいえない。したがって、Aさんの上記主張は、前提に誤りがあるから、採用することができない(なお、Aさんのいう絶対的強行法規とは、一定の政策的な目的を達するために準拠法のいかんにかかわらず強行的に適用される法規というものと解されるところ、日本の労働基準法や労働契約法が適用されることによって中国の労働法や労働契約法が適用されると解すると、日本の労働基準法や労働契約法のもつ政策的な目的を超える効果をもたらすことになるのであるから(本件経済補償金請求はその一例である。)、Aさんの上記主張は、この点においても採用することができない。)。

争点②本件措置による本件契約の解消は有効な解雇か否か

主位的請求は、本件契約が労働契約であり、中国の労働契約法等の関係法令が適用されることが前提であるところ、(…)本件契約には中国の労働法及び労働契約法が適用されない
したがって、その余の点について判断するまでもなく、主位的請求はいずれも理由がない。

争点③本件措置による本件契約の解消は有効な契約解除か否か

本件契約の法的性質について

中国の契約法396条は、委任契約とは、委任者と受任者が契約に従って、受任者が委任者の事務を処理する契約をいう旨を定めているところ(関係法令等の定めオ(カ))、本件契約におけるAさんの業務は、通訳、経理、商品開発、価格交渉、契約書の作成、通関との折衝等であり(前記前提事実(2)ウ)、これは委任者であるB社の事務処理を行うものといえる。
したがって、本件契約は中国の契約法上の委任契約である。

これに対して、Aさんは、本件契約の実態は労働契約であるから、委任契約に当たらず、無名契約である旨主張する。しかし、中国の契約法に「労働契約」という契約類型の定めはないし、本件契約に中国の労働法及び労働契約法は適用されず、これらの法律所定の契約に該当しないことは上記3で説示したとおりである。
したがって、Aさんの上記主張は採用することができない。

本件措置は有効な契約解除か否かについて

本件契約は委任契約であるから、本件措置による本件契約の解消は、当事者が随時委任契約を解除することができる旨を定めた中国の契約法410条に基づく有効な委任契約の解除である。

結論

裁判所は、以上の検討より、Aさんの請求はいずれも認められないと判断しました。

ポイント

本件のまとめ

本件は、B社と通訳等の業務にかかる契約を締結していたAさんが、B社から本件契約を解約される措置を受けたことから、本件契約の成立及び効力について適用すべき法は中国法であり、本件契約は労働契約であって本件措置は違法な解雇であると主張して未払賃金等の支払いを求め(主位的請求)、また、仮に本件契約が労働契約ではないとしても本件措置は無効な契約解除であると主張して損害賠償の支払いを求めた(予備的請求)事案でした。

これに対して、裁判所は、中国労働法が同法の適用対象となる使用者を「中国人民共和国国内の企業、個人経済組織、民弁非企業単位等の組織」と定めており、これによれば、中国の労働法及び労働契約法上の使用者は中国企業であって、日本企業をはじめとする外国企業は含まれないと解されるところ、これに沿う中国の裁判例があるとして、本件契約に中国の労働法及び労働契約法は適用されないと判断しました。

この結果、Aさんの主位的請求は認められず、予備的請求に関する検討がなされましたが、中国の契約法によれば、委任契約は委任者と受任者が契約に従って、受任者が委任者の事務を処理する契約をいう旨を定めており、本件契約におけるAさんの業務はまさに委任者であるB社の事務処理を行うものといえるから、本件契約は委任契約であって、本件契約を解約する本件措置は委任契約を随時解除することができる旨を定めた中国契約法に基づく有効な解除であると判断されました。

本判決は、中国の労働法の適用対象について定めた同法2条1項に関して、中国の労働法及び労働契約法上の使用者は中国企業であって、日本企業を含む外国企業が含まれないと判断した点で大きな意義があるといえます。

弁護士にもご相談ください

本件はAさんとB社間の本件契約の適用される準拠法が問題となったためやや複雑な判断となっていますが、日本法が適用される場合であっても契約の性質が問題となることがあります。
特に雇用契約か業務委託契約かによって、労働基準法や労働契約法などの労働関係法令が適用され、年次有給休暇の取得、雇用保険や健康保険、厚生年金保険への加入といった「労働者」としての保護が受けられるか否かが変わるため、契約の性質が争われることが多い傾向にあります。
もっとも、雇用契約にいう「労働者」性が認められるか否かを判断するにあたっては、仕事の遂行について拒否が可能か否か、会社側の指揮命令を受けているか否か、仕事の場所や時間に拘束があるか否か、労務提供の代替性があるか否かなどさまざまな点を総合的に考慮しなければなりません。

たとえば、契約書のタイトルが「業務委託契約書」となっていたとしても、事実上は雇用契約である場合には、労働関係法令の適用を逃れようとする「偽装請負」などに当たることになるため、両契約の相違について十分に理解し、間違っても偽装請負にならないように留意しなければなりません。
「いま業務委託契約を締結してるけど、この契約って大丈夫?」「これから業務委託契約を締結しようと思っているけど、これって雇用契約に当たらない?」といった不安があるときには、トラブルを未然に防ぐ観点からも、弁護士に相談することがおすすめです。