名目的取締役の損害賠償責任【名前を貸しただけ?】
近代日本経済の父や日本資本主義の父とも呼ばれる渋沢栄一。
およそ500以上の企業の設立や運営に関わったとされるほか、600を超える社会・教育事業にも関わったとされています。
しかし、渋沢栄一ほどの偉人であっても、身体は一つ。
設立等に関わり名を連ねたすべての企業に毎日出社していたはずはありません。
いわゆる名前貸しのような形になっていた企業や団体も多かったのではないでしょうか。
日本では、旧商法下において、株式会社は必ず3名以上の取締役を置かなければならないとされていたため、適法に取締役には選任されているものの、実際には会社との合意によって職務を行わない取締役や会社の社会的信用を上げるために名前を連ねているだけの取締役(いわるゆ名目的取締役)が多数存在しました。
従来、このような名目的取締役の対会社、対第三者責任については、当該取締役の性質にかんがみ、否定される傾向にありました。
しかし、近年では、特に第三者との関係において、名目的取締役の責任を肯定する裁判例も増えてきています。
今回は、そんな名目的取締役の損害賠償責任が認められた事案をご紹介します。
損害賠償請求事件(東京高裁令和4.3.10判決)
事案の概要
Aさんは、B社が経営するレストランで料理長を務めていました。
ところが、Aさんは長時間の過重労働に起因する不整脈を発症し、亡くなりました。
亡Aさんの相続人は、Aさんは、本件の不整脈の発症と死亡により損害を被ったと主張し、B社に対しては債務不履行に基づく損害賠償請求を求め、B社の代表取締役であるCさんに対しては会社法429条1項に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。
しかし、Cさんは、名前だけをB社に貸して代表取締役として登記されていたにすぎない名目的取締役でした。
会社法第429条
会社法(平成十七年法律第八十六号)
1 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
2 (略)
争点
本件では、名目的取締役であるCさんが会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負うか否かが争われました。
本判決の要旨
Cさんが名目的取締役であったこと
Cさんは,B社の設立に当たり名前を貸すように依頼を受けてこれを了承し,B社の取締役及び代表取締役に就任する旨の登記がされたものであり,B社の経営に関与したり,役員の報酬を得たりしたことも一切なかった。
したがって、Cさんは,B社の業務執行に関わることが予定されていない,いわゆる名目的な代表取締役であったものと認められる。
Cさんが名目的取締役であったことはそのとおりですね
Cさんの取締役としての責任は軽減されるか
しかし、Cさんは、名前を貸すようにとの上記依頼の内容について,B社の役員になるのかもしれないとの認識を持ち,登記手続のために印鑑登録証も貸したことが認められるから,B社の代表取締役への就任自体は有効に行われたものと認められる。
したがって、名目的な代表取締役であることをもってCさんがB社の代表取締役として第三者に対して負うべき一般的な善管注意義務を免れ又は軽減されるものではないというべきである。
だからといって、Cさんの取締役としての善管注意義務がなくなったり軽くなるわけではありませんね
Cさんの反論について
これに対して、Cさんらは、
- Cさんは、B社の経営に関与せず、出資もしていない上,B社から役員報酬も受け取っていなかったこと
- Cさんが、別店舗における板前の仕事を兼務しており,亡Aの労働時間等を把握することができなかったこと
- B社は別の主体によって経営されており、仮にCさんが事業内容に口出ししたとしても受容されることはあり得ず,影響力を行使できる立場になかったこと
などを理由として、会社法429条1項の基づく責任を負わないと反論していました。
Cさんの反論に対する裁判所の判断
しかしながら、裁判所は、
1について
そのような事情は会社の内部的な事情にすぎず,株式会社制度の意義・構造及び代表取締役の法的地位に鑑み,そのことをもってCさんがB社の代表取締役として同社の従業員に対して負うべき善管注意義務の任務懈怠に係る法的責任の内容が左右されるものではない。
2について
代表取締役の業務執行は代表取締役として一般に要求される水準の善良な管理者の注意を尽くして行われるべきであって,多忙や別の仕事への従事又は他の者に任せていた等の個人的な事情によって直ちに注意義務が軽減されるものではないというべきであり,Cさんの任務懈怠に係る悪意又は重大な過失や本件発症との相当因果関係が否定されるものではない。むしろ、亡Aの労働時間等を把握していなかったことは,Cさんの任務懈怠に係る悪意又は重大な過失を基礎付ける事情となる。
3について
Cさんが実際に亡Aの労働時間等の是正の申入れをした形跡はなく,仮にCさんがそのような是正の申入れをしたとしても、これを受け入れる可能性がおよそなかったことを基礎付ける事情を認めるに足りる的確な証拠はないため、Cさんの任務懈怠に係る悪意又は重大な過失や本件発症との相当因果関係が否定されるものではない。
として、Cさんの反論は採用することができないと判断しました。
結論
Cさんは,B社の代表取締役としてB社の業務全般を執行するに当たり,従業員の労働時間が過度に長時間化するなどして従業員の業務が過重な状況に陥らないようにするため,従業員の労働時間や労働内容を適切に把握し,必要に応じてこれを是正する措置を講ずべき善管注意義務を負っていたものというべきであるところ,B社の代表取締役としての業務執行を一切行わず,亡Aの労働時間や労働内容の把握や是正について何も行っていなかったというのであるから,その任務の懈怠について悪意又は重大な過失があり,これにより亡Aに本件発症による損害を生じさせたものというべきであって,その任務懈怠に係る本件発症や死亡との相当因果関係も認められる。
よって、Cさんは、会社法429条1項に基づく責任を負うものというべきである。
ポイント
役員等の第三者に対する責任
本件では、亡Aさんに対して生じた損害について、B社の代表取締役であったCさんが、会社法429条1項に基づいて責任を負うか否かが問題となりました。
前述のとおり、会社法429条1項は、会社の取締役などの役員等が職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うことを定める規定です。
この規定は、会社が経済社会において重要な地位を占めていること、また、会社の活動がもっぱら役員等の職務執行に依存するものであることから、第三者を保護する観点から設けられた規定であるとされています。
名目的取締役の責任
名目的取締役は、本件のCさんのように、単に頼まれて名前を貸しているだけであったり、事実上は従業員にすぎなかったりして、実質的な会社の経営には全く関与していません。
そのため、仮に第三者から責任追及を受けた場合には、名目的取締役であって会社の経営自体には関与していなかったことから、任務懈怠に係る悪意又は重大な過失が認められないとの反論や、損害との因果関係が認められないとの反論をすることになると考えられます。
もっとも、“名目的”取締役であったとしても、適法に選任された取締役であることに変わりはなく、第三者から見れば“取締役”なのです。
会社法429条1項が、第三者保護の観点から設けられた規定であるという趣旨に照らして考えれば、やはり第三者に損害が生じた場合において、名目的取締役であるから責任を負わなくてよいという理屈は不合理であると考えられます。
注意すべきポイント
会社の取締役は、善管注意義務・忠実義務を負う責任のある立場であり、名目的であるか否かは単に会社内部の事情にすぎません。
したがって、特に第三者に対する責任が生じた場合には、名目的であることを理由として責任から逃れられるものと短絡的に考えることは危険です。
むしろ、本判決では、名目的取締役であったことを理由にAさんの労働時間等の把握をしていなかったことが、善管注意義務違反を基礎づける重大な事由とまで判断しています。
(代表)取締役の責任は回避できないと考えましょう
また、本件B社にそのような事情があったかどうかはわかりませんが、後ろ暗い業務を行っている会社に関し、責任を回避したい実質的経営者から、代表取締役の職を「押しつけられる」という事案もときどき聞きます。
いずれにせよ、会社の役員等は、その職務の重さに真摯に向き合うことができる人財を選任する必要がありますから、安易に「誰かに名前を貸して」などと依頼することは控えた方がよいでしょう。