労働問題

パワハラ加害者に対する出向命令は違法?【国・中央労基署長(JR東海)事件】

パワハラセクハラマタハラをはじめとするさまざまなハラスメントが問題視される中、令和2(2020)年に労働施策総合促進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律。通称「パワハラ防止法」)が改正され、事業主が職場のパワハラ防止措置を講ずるべきことが義務付けられました。

パワハラ防止措置を通じて、職場内のパワハラがなくなることが最も望ましいですが、万が一、パワハラが発生してしまった場合には、事業主として
・事実関係を迅速かつ正確に確認すること
・パワハラの事実が確認された場合、速やかに被害者に対する配慮措置を適正に行うこと
・パワハラの事実が確認された場合、行為者に対する措置を適正に行うこと
・パワハラの事実が確認された場合、確認されなかった場合いずれであっても、再発防止に向けた措置を講ずること
といった適切な対応を迅速に行う必要があります。

さて、ある職場でパワハラが起きてしまったことから、会社が加害者となった労働者に対して出向を命じたところ、出向命令の適法性が問題となった事件がありました。

国・中央労基署長(JR東海)事件・東京地裁令和3.6.28判決

事案の概要

本件は、B社に雇用されて勤務していたAさんが、上司らからパワハラ等を受けたことにより適応障害を発病したとして、中央労働基準監督署長に対して労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付を請求したところ、不支給とする処分がなされたところから、その取消しを求めた事案です。

事実の経過

Aさんの勤務状況

Aさんは、東海道新幹線の運行業務等の鉄道事業等を営むB社との間で雇用契約を締結し、平成9年4月に入社しました。
その後、Aさんは、駅員、車掌、輸送指令当直員等の業務を経験し、平成25年7月以降は、B本部B1運輸所所属の車掌として勤務していました。
また、平成26年1月以降は、同所属の指導車掌として業務に従事していました。

Aさんによる暴行行為

Aさんは、平成28年6月22日、新幹線のぞみ〇号(本件新幹線)に新大阪から車掌長として乗務していたところ、本件新幹線に同乗していた部下である2名の車掌のうち1人の勤務態度に腹を立てました。
そして、立腹したAさんは、同車掌の脛部をつま先で複数回蹴るという暴行をしてしまいました。

Aさん
Aさん

なんだその態度は!

B社の就業規則

B社の就業規則には、懲戒の種類として、懲戒解雇、論旨解雇、出勤停止、減給、戒告を規定しており、「懲戒を行う程度に至らないものは訓告または厳重注意する」と規定されていました。

B社の対応

平成28年6月22日、Aさんによる本件暴行に関する報告を受けたB社は、Aさんに対し、同日以降の乗車業務を命じることなく、報告書や反省文の作成等を指示しました。

Aさん、報告書と反省文書いてくださいね

B社
B社

また、同年7月20日、B社はAさんに対し、
「平成28年6月22日、乗車中に同僚社員に対して、暴行を為したことは、社員として誠に不都合な行為である。よって、就業規則により訓告する」
などと記載された訓告書を交付し、Aさんに対して訓告処分をしました。

この際、B社はAさんに対して、「事前通知書」と題する書面を交付し、同年8月1日付で令和元年7月31日までの間、新幹線メンテナンス会社への出向を命じる旨通知しました。

Aさん、訓戒します。あと、出向ね。

B社
B社

Aさんの対応

B社による本件出向命令に基づき、Aさんの就労場所は新幹線メンテナンス会社のJ事務所とされ、Aさんの業務内容は新幹線列車の社内清掃作業等とされました。
もっとも、Aさんは本件出向命令を通知された翌日である平成28年7月21日、ストレス性障害の診断を受け、同日から平成30年12月5日まで病気休職しました。
そのため、Aさんは、実際には上記業務に従事しませんでした。
また、Aさんは平成28年9月13日には、適応障害の診断を受けました。

Aさん
Aさん

出向命令が出たけど、適応障害で働けない

労災給付の申請と不支給処分

Aさんは、B社の対応によって適応障害などの疾病を発病したとして、平成28年12月、中央労働基準監督署長に対して、労災保険法に基づく休業補償給付の請求をし、平成29年1月には療養補償給付の請求をしました。

もっとも、中央労働基準監督署長は、同年5月、Aさんの本件疾病の発病は、業務上の事由によるものとは認められないとして、休業補償給付も療養補償給付も不支給とする処分(本件各処分)をしました。

業務上の事由による発病とは認められないので休業給付などは不支給処分とします

労基署
労基署

これに対して、Aさんは、同年8月以降、本件各処分を不服として審査請求および再審査請求を行いましたが、いずれも棄却されました。

訴えの提起

Aさんは、令和元年8月21日、本件各処分の取消しを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、中央労働基準監督署長による休業補償給付等の不支給処分の適法性のうち、本件疾病の業務起因性の有無が争点となりました。

本判決の要旨

判断枠組み

労災保険法における保険給付のうち、業務災害に関するものは、労働者の疾病等に業務起因性が認められる場合に給付されるものである(同法7条1項1号)。
労働者の疾病等に業務起因性が認められるためには、業務と当該疾病等との間に条件関係があることを前提として、両者の間に法的にみて労働者災害補償を認めるのを相当とする相当因果関係が認められることが必要と解される。
そして、労働者災害補償保険制度が、業務に内在又は随伴する各種の危険が現実化して労働者に疾病等の結果がもたらされた場合には、使用者に過失がなくとも、その危険を負担して損失の補償をさせるべきであるとする危険責任の法理に基づき、使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係が認められるためには、当該疾病等の結果が、当該業務に内在する危険が現実化したものであると認められることが必要というべきである。

また、認定基準は、裁判所の判断を直接拘束する性質のものではないが、その内容等に照らせば、相応の合理性を有するものというべきであるから、裁判所において精神障害の業務起因性を判断するに当たっても、これを参考とした上で業務起因性を検討することにする。

本件の検討(業務による強い心理的負担の有無)

B社がAさんに対して本件暴行に関する指導、教育をする必要性

本件暴行は、指導車掌として車掌長を務めるAさんが、多数の乗客が乗車していた営業運行中の新幹線の車内において、職位及び年次の低い部下であり、同様に車掌業務に従事していたPに対し、同じく部下であるR車掌の面前で、脛部をつま先で複数回蹴るという有形力を行使したものである。
そもそも、東海道新幹線は、開業以来極めて高い安全性を確保しており、その安全性に対する信頼を通じ、いわば「国民の足」として多くの国民が利用していることは公知の事実である。
このように、多くの国民が利用する東海道新幹線を運営するB社は、目的地までの安全な運航を確保した上で乗客に対する快適なサービスを提供することを通じ、運営する東海道新幹線を含む鉄道の利用を通じて利益を上げているものである。
そして、乗客を安全に目的地に輸送するためには、運転業務における安全確保が重要であることはもとより、車内における乗客の安全を確保することが重要であることも当然である。そうすると、多数の乗客が現に乗車中であった本件新幹線内において、16両の新幹線車両の車掌業務を分担して担当する3名の車掌の筆頭である車掌長のAさんが、部下のPに対し、同様に車掌業務に当たっていたR車掌の面前で、つま先で脛部を複数回蹴ったという本件暴行は、その当たり所等によっては、身体的な観点から、Pの車掌業務遂行を不能とするおそれがあっただけでなく、Pはもとより、R車掌に対しても大きな心理的衝撃を与え、車掌業務の円滑な遂行を困難とするおそれのある行為である。
その意味において、本件暴行は、車掌業務の円滑な遂行を直接阻害し、安全運航及び輸送中の快適なサービスの提供という国民の東海道新幹線に対する要求の実現及び信頼を損なうものであるから、B社の企業秩序を維持する観点からみて、重大な非違行為というべきである。

そうすると、(…)本件暴行は、企業秩序に反する悪質なものであり、Aさんが主張するように悪質性がないとか、その問題の程度が小さいものであるなどとは到底いうことはできず、Aさんに対しては、上記事情を踏まえ、再発を防止するためにも、適切かつ充実した指導、教育を行う必要性が高かったものというべきである。

会社がAさんを指導教育する必要性は高かったと認められますね

裁判所
裁判所

したがって、本件会社対応は、上記の充実した教育、指導を施すべき必要性に基づいてされたものであるから、以下、この点を踏まえ、本件会社対応が業務上必要かつ相当なものであったか否かを検討する。

本件訓告処分及び本件出向命令について

Aさんが本件疾病を発病したのが平成28年6月下旬であることは前判示のとおりであるから、同年7月20日にされた本件訓告処分及び本件出向命令は、本件疾病の発病後の出来事であり、発病前おおむね6か月の間の業務による出来事に当たらない。

この点を措くとしても、既に判示したとおり、本件暴行は、B社の企業秩序を維持する観点からみて、重大な非違行為というべきであり、本件暴行後のB社の指導、教育に対する原告の反応、対応等を含む前判示に係る諸事実を総合すれば、B社において、懲戒処分が重い方から懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止、減給及び戒告とあり、懲戒を行う程度に至らないものは訓告又は厳重注意とするとされている中で、Aさんを懲戒処分ではない訓告処分としたことは、人事権行使に当たり、裁量の逸脱濫用があったとは認められない。

会社がAさんを訓戒処分としたことは権限の濫用とは認められませんね

裁判所
裁判所

また、上記1(2)スにおいて判示したB社において本件出向命令を決定した経緯によれば、B社は、本件暴行の内容及びAさんに対する指導、教育の結果等を踏まえ、従前どおりの職務に従事させるのは適切でないとの判断の下、Aさんの経歴、他の従業員との関係、組織上の配慮等の事情に加え、Aさんが被る労働時間や賃金等の不利益へもできる限り配慮して本件出向命令を行ったことが認められるのであって、当該事実関係を基にすれば、本件出向命令は、必要かつ相当な人事権の行使であるといえる。

会社がAさんを出向させたのも必要かつ相当といえますね。

裁判所
裁判所
まとめ

以上のとおり、本件訓告処分についてB社に人事権行使における裁量の逸脱濫用があったとは認められない上、本件出向命令によってAさんが出向先会社において多大な労力を費やしたなど強い心理的負荷を受けたような出来事があったことを認めるに足りる証拠もないから、本件出向命令について、認定基準別表1の「配置転換があった」に該当する余地があるとしても、その心理的負荷が「強」であるということはできず、本件訓告処分及び本件出向命令がAさんの心理的負荷に強く影響したと評価することはできないというべきである。

結論

以上のとおり、本件疾病の発病時期をいずれに解したとしても、認定基準に従って判断した場合、Aさんが発病した本件疾病は業務起因性を認めることはできない。
認定基準を離れてみても、前判示に係る本件会社対応等を含む本件疾病発病前の事情を踏まえると、本件全証拠によっても、本件疾病がAさんの業務に内在する危険が現実化したものであると認めることはできないから、本件疾病について業務起因性を認めることはできない。

したがって、本件疾病は「業務上の疾病」(労基法施行規則35条及び同規則別表第1の2第9号並びに労災保険法7条1項)に該当せず、療養補償給付及び休業補償給付の支給要件を満たさないから、本件各処分は適法である。

解説

本件のポイント

本件では、パワハラの加害者であるAさんに対して、B社が訓告処分や出向命令をしたところ、AさんがB社の対応によって適応障害などの疾病を発病したとして、労働基準監督署長に対して休業補償給付や療養補償給付の請求をしたものの、業務起因性が認められないとして不支給決定がなされたことから、Aさんが、この不支給決定の取消しを求める訴えを提起したという事案でした。

裁判所は、Aさんによる部下に対する本件暴行は、企業秩序に反する悪質なものであって、再発を防止するためにも適切かつ充実した指導、教育を行う必要性が高かったものであるとしたうえで、B社による訓告処分や出向命令といった対応がいずれも業務上必要かつ相当なものであり、人事権の行使にあたり、裁量の逸脱濫用があったとは認められないと判断しました。

近年、パワハラ等のハラスメントの加害者に対する処分について、当該処分の適法性が争われるケースが増えています。
本件では、労災保険制度における業務起因性の判断との関係で、B社の対応の適法性が問題となりましたが、場合によっては、使用者の安全配慮義務違反であるとして債務不履行に基づく損害賠償などが請求されることもあります。
実際に、Aさんは、別訴においてB社に対して、安全配慮義務違反や不法行為に基づく損害賠償請求をしています。
したがって、ハラスメント等の加害者に対して会社が事後的な対応をとる際には、当該事案を的確に把握したうえで、指導や教育を行う必要性の有無、具体的な対応としての適否などを慎重に考慮する必要性があります。

弁護士
弁護士

パワハラ加害者に対する対応も慎重にする必要はあります。

弁護士にご相談ください

パワハラ防止法の改正によって、規模や業種などにかかわらず、すべての事業主が職場のパワハラ防止措置を講ずべきことが義務付けられています。厚労省のページも参考にして下さい。

パワハラが発生してしまうと、被害者の心身に大きな傷を与えるだけでなく、会社としても安全配慮義務等の責任を問われるリスク、取引先や顧客等からの信頼を失うリスクがあります。
したがって、パワハラを絶対に許さない職場環境を構築していくことは非常に重要です。
また、パワハラが発生してしまった場合に備えて、相談窓口を置いたり、対応マニュアルを作成したりすることも大切です。
このほかにも、パワハラの相談があった場合には、被害者、加害者を含む関係者からの聞き取り調査をはじめとする対応を真摯かつ迅速に行うことが必要となってきます。

職場のパワハラを防止し、すべての従業員にとって働きやすい環境を整備するためにも、パワハラの防止策や事後対応についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。