労働者の同意なく給料の減額は可能?【使用者による賃金減額の有効性】
人件費は会社のコストの中で最も大きな割合を占めるものの1つであるといっても過言ではありません。
会社の経営が厳しいときに真っ先に思い浮かぶのは、従業員の解雇や給料の減額ではないでしょうか。
また、経営状況を理由とする場合だけでなく、当該従業員の人事評価の結果、いまの給与では高すぎるのではないかと考えた場合や、会社として給与水準を見直したいと考えた場合などにも賃金の減額は検討されるところです。
さらには、従業員が規律に違反した場合や従業員の重大な過失によって会社に損害が生じた場合には、減給という懲戒処分がなされることもあります。
このように、労働者の賃金の減額はあらゆる場面で問題となってきますが、使用者がいつでも自由に金額を決めて減額措置を講ずることが許されているわけではありません。
たとえば、使用者と労働者が賃金減額の合意をした場合であっても、労働者の合意が真意に基づくものではないと判断された場合には、減額は無効となります。
また、就業規則において、懲戒処分の一つとして減給処分を定めている場合であっても、労働基準法上、減給処分は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が1賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならないこととされています(労働基準法第91条)。
労働基準法第91条(制裁規定の制限)
就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)
したがって、労働条件の1つである賃金の減額については、使用者側がいかなる理由を根拠とする場合であっても、慎重に検討しなければならない事項といえます。
さて、今回は、使用者が一方的に従業員の賃金を減額してしまったため、会社が従業員から訴えられた事件をご紹介します。
システムディ事件・東京地裁平成30.7.10判決
事案の概要
本件は、B社と雇用契約を締結しているAさんが、B社が理由なく賃金及び賞与を減額したと主張して、減額分の賃金、賞与等の支払いを求めた事案です。
事実の経過
AさんとB社の雇用契約
Aさんは、平成19年3月22日頃、B社との間で雇用契約を締結しました。
契約締結時の労働条件は、次のとおりでした。
Aさんの配属地の変更等
平成20年4月1日から、本件雇用契約に基づくAさんの勤務地および配属は、B社東京支社勤務、A事業部配属に変更されました。
これに伴い、B社がAさんに対して支払う賃金は、1か月37万4500円(基準給23万円、能力給3万円、裁量労働手当5万7500円、技能手当2万7000円、住宅手当3万円)に変更されました。
Aさん、東京支社に行ってください。能力給も変更になりますね
そ、そうですか
Aさんは、同日から、B社東京支社に転勤し、以後、同支社で就労していました。
なお、平成21年4月1日から、能力給が1か月3万円から3万2000円へ増額されたことにより、Aさんの1か月の賃金は37万6500円に増額されました。
給料の減額
ところが、B社は、平成22年4月1日から、Aさんに対し、本件雇用契約に基づく1か月あたりの賃金について、基準給を23万円から15万2000円へ、能力給を3万2000円から0円へ、裁量労働手当を5万7500円から3万8000円へ、技能手当を2万7000円から3000円へと減額しました。
Aさん、賃金を減額することにしますよ
Aさんの休職
平成26年1月18日、Aさんは医師からうつ状態であると診断され、これによって同年3月1日から休職期間(1年6か月)満了日である平成27年8月31日まで休職しました。
Aさんは、平成27年8月26日に復職届及び診断書を提出し、B社の求めに応じて、復職願及び医師作成に係る回答書を提出するなどして復職を申し出ました。
うつ状態から回復したので復職させてください
しかし、B社は、Aさんに対して、同年9月11日、Aさんが休職期間満了の日である同年8月31日をもって退職となったとの記載のある通知書を送付しました。
Aさん、休職期間満了で退職扱いになりますよ
訴えの提起
平成28年3月8日、Aさんは、B社に対して、雇用契約に基づく減額分の賃金・賞与の支払いなどを求める訴えを提起しました。
なお、AさんとB社は、代理人弁護士を介するなどしてAさんの復職についてのやりとりを継続しており、平成28年9月30日、本件訴えが判決の確定等により終了するまでの間、AさんがB社東京支社において暫定的に復職をすることを合意し、同合意に基づく賃金の支払いを受けていました。
争点
本件では、①B社はAさんに対して本件雇用契約に基づく賃金を承諾なく減額することができるか否か、また②本件雇用契約において定額の賞与を支払うとの合意があるか否かが争点となりました。
本判決の要旨
争点① B社はAさんに対して賃金を承諾なく減額することができるか
判断枠組み
労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更するべきものである(労働契約法3条1項)。
そして、特に賃金は労働契約の中で最も重要な労働条件であるから、使用者が労働者に対してその業務成果の不良等を理由として労働者の承諾なく賃金を減額する場合、その法的根拠が就業規則にあるというためには、就業規則においてあらかじめ減額の事由、その方法及び程度等につき具体的かつ明確な基準が定められていることが必要と解するのが相当である。
本件の検討
本件についてみるに、証拠及び弁論の全趣旨によれば、B社の就業規則である賃金規程中には、B社がAさんにつき前提事実のとおりその承諾なく減額した賃金について、
- 基準給は本人の経験、年齢、技能、職務遂行能力等を考慮して各人別に決定する(10条1号)、
- 裁量労働手当は裁量労働時間制で勤務する者に対し従事する職務の種類及び担当する業務の質及び量の負荷等を勘案して基準給の25%を基準として各人別に月額で決定支給する(12条)、
- 技能手当は従業員の技能に対応して決定、支給する(13条)
との規定があることが認められる。
そして、上記各規定によっても、上記各賃金が減額される要件(従前支給されていた手当が支給されなくなる場合を含む。)や、減じられる金額の算定基準、減額の判断をする時期及び方法等、減額に係る具体的な基準等はすべて不明であって、B社の賃金規程において、賃金の減額につき具体的かつ明確な基準が定められているものとはいえない。
また、証拠及び弁論の全趣旨によれば、上記賃金規程中には、昇給に係る規定はあるが(21条)、降給については何らの規定もないことが認められ、B社の賃金規程は、そもそも降給、すなわち労働者の賃金をその承諾なく減額することを予定していないものといえる。
まとめ
以上によれば、B社において、Aさんの業務成果等を理由としてその賃金を減額することには、法的な根拠がないというべきである。
このことは、Aさんの配置や業務が変更されたことによっても左右されない。
したがって、その余の点について検討するまでもなく、この点に係るB社の主張は理由がない。
賃料の減額について、B社の賃金規程になんらの取り決めもないので、法的根拠がありませんね
争点②本件雇用契約において定額の賞与を支払うとの合意があるか
賃金規程に照らした賞与請求権の有無
次に、賞与について、証拠及び弁論の全趣旨によれば、B社の賃金規程中には、
- 賞与の対象期間は、7月支給分については前年12月1日ないし当年5月末日、12月支給分については当年6月1日ないし当年11月末日とする(23条)、
- 賞与は原則として7月及び12月に支給する(22条本文)、
- ただし、会社の業績が著しく良好な期には決算賞与を支給し、また、著しく低下その他やむを得ない事由がある場合には支給時期を延期し又は支給しないことがある(同条ただし書)、
- 賞与の支給率は会社の業績及び従業員の勤務成績等を考慮して各人ごとに定める(25条)
との規定があることが認められる。
上記賃金規程中の規定によれば、B社がAさんに対して支払うべき賞与額は、B社が上記〈3〉の事情を考慮して賞与を支給する旨を決定し、かつ、上記〈4〉のとおり、会社の業績及びAさんの勤務成績等を考慮してその支給率を定めることによって決まるものであり、AさんのB社に対する賞与請求権は、これによって初めて発生するものというべきであって、その前に、AさんがB社に対し一定額又は一定割合の具体的な賞与請求権を有するものとは認められない。
既に一定の賞与を支払っていた場合の賞与請求権の有無
他方、B社がAさんに対して、特定の賞与対象期間について、現に基本給の一定割合により計算した金額の賞与を支払った場合には、B社はAさんについて特定の時期に支払うべき賞与額を算定するために基本給に乗じるべき支給率を上記割合とする旨個別具体的に定めたものと認められるから、Aさんは、B社に対し、基本給に対する上記割合による賞与請求権を有するというべきである。
まとめ
したがって、この場合に限り、Aさんは、B社に対し、受給済みの賞与については、B社会社が前記のとおり法的な根拠なく減額した基本給と減額前の基本給との差額に上記割合を乗じた金額の未払賞与請求権を有するものと認められる。
結論
裁判所は、以上の検討により、Aさんの請求のうち、B社が法的な根拠なく減額した基本給と既に賞与が支払われていた特定の期間における一部の賞与については認められるとの判断を示しました。
賃金減額分に相当する分に対応する部分については賞与請求権を認めます
解説
本件のポイント
ポイント①労働者の業務成績不良を理由とする減額は予め具体的な基準を
賃金の定めは労働者と使用者との間で締結される労働契約の内容の一つです。
労働契約法3条1項は、「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。」と定めており、また、労働契約法8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」と定めています。
したがって、賃金を減額する場合には、原則として、使用者と労働者が対等な立場で賃金の変更に関する合意することが必要となります。
もっとも、労働者の業務成績が不良であるなどの場合には、会社としても、労働者の承諾を得ることなく賃金を減額せざるを得ない場合があります。
この点、本判決において、裁判所は、「使用者が労働者に対してその業務成果の不良等を理由として労働者の承諾なく賃金を減額する場合、その法的根拠が就業規則にあるというためには、就業規則においてあらかじめ減額の事由、その方法及び程度等につき具体的かつ明確な基準が定められていることが必要」であるとしています。
すなわち、労働者の業務成績が不良等を理由として会社が一方的に賃金減額をしたい場合には、就業規則において、あらかじめ減額の根拠となる事由、減額の方法、減額の程度などを具体的に明記し、労働者に周知しておく必要があるといえます。
賃金を減額するには、就業規則に減額の根拠となる事由、減額の方法、減額の程度などを具体的に明記し、労働者に周知しておくことが大前提です
ポイント②賞与請求権は就業規則の定め方によって異なる
賞与の性質は、会社ごとに異なるため、就業規則においてどのような定め方がなされているかによって、労働者側に賞与請求権が発生するか否かが異なってきます。
たとえば、本件B社のように、会社の業績を勘案して決する旨の記載が就業規則に書かれている場合には、賞与請求権は、各時期の賞与の時期に、使用者が会社の業績等に基づき算定基準を決定して、従業員の勤務成績等を査定したときや、労働者と使用者との間で会社の業績等に基づいて具体的な金額を合意したときに、初めて賞与請求権が発生します。
他方、就業規則等において、賞与の支給金額が既に具体的に定められている場合や支給基準を具体的に算定できる程度に基準が定められている場合には、使用者側の決定等を待つことなく、賞与請求権が発生します。
したがって、会社として賞与を支給することを検討する場合には、就業規則における定め方には注意が必要です。
賞与については、就業規則の定め方次第で意図しない請求を受けることがありえます。
弁護士にご相談ください
賃金の減額は、既に説明した労使間の合意による場合や労働者の成績不良等による場合の他にも、就業規則の見直しによる場合や懲戒処分としての減給する場合などが考えられます。
しかしながら、賃金の定めは労働契約の中でも特に重要な事項であり、賃金の減額が労働者に与える影響や不利益の程度も大きいことから、いかなる理由であっても、会社が賃金の減額措置を講じる場合には、慎重に判断しなければなりません。
仮に、賃金の減額が違法であると判断された場合には、会社は減額分の賃金を支払わなければならないだけでなく、遅延損害金の支払義務も負うことにもなります。
したがって、労働者の賃金の減額を検討する場合には、顧問弁護士に相談し、根拠となる就業規則の定めがあるか否か、手続面で問題となる事項はないか否かなどの点をしっかりと確認しながら進めていくことがおすすめです。
なお、賃金の支払に関連して、女子労働者との差がある人事制度の有効性が争われた事案についてもご参照ください。