契約成立のルールを決める重要性【申込みと承諾とは】
過去の記事で、契約書の重要性について説明いたしました。
今回は、契約の成立に焦点を当てて解説していきます。
契約はどのようなときに成立するか
契約とは、複数の当事者の意思表示が合致することにより成立する法律行為です。一方の当事者が他方の当事者に「申込み」、他方の当事者がこれを「承諾」した場合に成立します。
「申込み」と「承諾」
このように、一方当事者の「申込み」に対して、他方の当事者が「承諾」をしたときに契約が成立します。厳密に言うと、申込者の申込みを受けた相手方が承諾の意思表示をし、それが申込者に到達した時点で契約が成立することになります(到達主義)。
①申込者が3月1日付けの契約の申込書面を相手方に発送し、相手方に3月3日に届いた。
②相手方は少し考えて3月5日に承諾書面を発送し、申込者に3月7日に届いた。
この場合、契約の成立日は3月7日になります。
「申込み」をしたのはどっちか
「申込み」とは、単純に考えると、「契約して下さい」と申入すること、と考えるかも知れません。ただ、これでは「申込み」を理解するのに不十分です。
申込みとは、「契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示」のことをいいます。相手方がこれを受け入れる(承諾する)意思表示をしたら、その内容で契約が成立する意思の表明のことです。
逆に言えば、相手方がそれを受け入れると言った後でも契約を成立させるかどうかを留保していたり、条件交渉に入ったりする申入れは「申込み」ではありません。「申込みの誘引」(申し込みをさせようという行為)に過ぎません。
では、コンビニで商品を買う行為を見てましょう。
素直に考えると、客が商品を手に取ってレジに持っていく行為が「申込み」のように思えます。
しかし、レジの店員は基本的に物を売らない自由はありません。物を買うかどうかを最終的に判断しているのは客の方です。
そうすると、
コンビニが商品を並べて客に見せている行為が「申込み」
客が商品を手に取ってレジに持っていく行為が「承諾」
に当たります。
この記事で、「買って下さい」「買いましょう」と表現したのはこのような理由なのです。
では、家の賃貸借契約の場合はどうでしょうか。
不動産屋さんの前に物件情報が張り出されています。
客がそれを見て、気に入った物件を見つけたら店の中に入って「この物件(不動産屋自社物件)、貸して下さい」と店員さんにお願いします。
この契約における「申込み」はどの行為でしょうか。
コンビニの例と同様に考えると、物件情報を店先に張り出す行為が申込みのように思えます。
しかし、「この物件、貸して下さい」とお願いされた店員さんは、「分かりました」とすぐに貸すでしょうか。
通常は、ここから物件の内見をして、各種書類を出してもらい信用審査をおこなって、改めて不動産屋が貸すかどうかを決めて契約を締結することになります。
このように、
物件情報の張り出しが「申込みの誘引」
客の「貸して下さい」という意思表示が「申込み」
不動産屋の「貸しますよ」という意思表示が「承諾」
となります。
契約の類型によって、何が「申込み」で何が「承諾」なのかが変わってくることになります(両者のイラストで、「客」の位置が入れ替わっていたことにお気づきいただけましたでしょうか。そこまで考えて作っていました。)。
口約束でも契約成立
この申込みと承諾には、方法の制限はありません。口頭でも構いませんし、メールや手紙のやりとりでも構いません。とにかく申込みとそれに対応する承諾があれば契約は成立してしまいます。
例外(契約書がないと無効のケース)
なお、契約の相手方の保護のため、契約書などの書面によらないとそもそも契約が無効という類型があります(要式契約)。保証契約(民法446条)や定期賃貸借契約(借地借家法22条、38条)などがこれにあたります。
口に出さなくても(暗黙の了解でも)契約成立
先ほど、申込みや承諾には方法の制限はありません、と説明しました。方法の制限がない、ということは「黙示の承諾」、つまり、態度やジェスチャーなどはもちろん、「何も異議を述べなかった」という暗黙の了解でも成立しうるということです。
ごく身近な例で説明します。
Aさんが何かを書こうとしたところペンが見当たりませんでした。そうしたところ、Bさんの前にBさんのペンがあることに気が付きました。AさんはBさんに目配せをして、そのペンを持っていき、Bさんはそれに対して何らの異議も述べませんでした。
Aさんは「このペン貸してね。あとで返すから」という意味でペンを持っていき、Bさんは「わかった。あとで返してね」という意味で異議を述べなかったのであれば、黙示の使用貸借契約(ペンを無償で貸し借りする契約)が成立します。
ただ、黙示の承諾の怖いところは、本当に双方の意思が合致しているかがはっきり分からない点です。
Aさんが「このペンちょうだいね」という意味でもっていき、Bさんは「あとで返してね」という意味で異議を述べなかったのであれば、Aさんの希望する贈与契約(ペンの所有権を無償でもらう契約)は成立していないことになります。Aさんの立場では「Bさんは私にくれるだった!なぜなら異議を述べなかったからだ!」という誤解をして、争いになるケースは枚挙にいとまがありません。
申込みの撤回は可能か
申込みをしたものの、やっぱり契約することを止めたい、と思うことがあるかも知れません。承諾されてしまうと契約が成立してしまうので、急いで撤回すればいい、と思うかもしれませんが、そう簡単ではありません。
申込みが相手方に到達すると、相手方も契約の準備に入ることや、申込者以外の人の申込みを拒絶してその申込者と契約をしたいと考える可能性もあり、自由に撤回ができるとしてしまうと、相手方に不測の損害を与えてしまうことがあります。
そこで、民法は次のとおりのルールを定めました。
承諾期間の定めがある場合
承諾期間を定めて申込みをした場合(「本書面到達後14日以内に回答してください」「承諾いただける場合は3月10日までにご回答下さい」などの記載をした場合)、その期間内は申込みを撤回することができません。この期間に撤回をした後であっても、相手方が承諾をした場合には契約は成立してしまいます。
なお、撤回する権利を留保した場合は、承諾の前であれば撤回することが可能になります(「この期間内であっても、申込みを撤回することがあります」などの記載がある場合)。
承諾期間の定めがない場合
承諾期間の定めをせずに申込みをした場合、「承諾の通知を受けるのに相当な期間」は撤回することができません。
この「相当な期間」とは、
「申込みが相手方に届くまでの時間」
+「相手方がその申込みについて調査し検討するための時間」
+「相手方の承諾が申込者に届くまでの時間」
の合計期間です。
ただし、対話者間(面談している間、電話している間など)はその対話が継続している間はいつでも撤回することができます。対話者間であれば、その間に準備を進めるなどの心配もなく、相手方を害するおそれがないからだとされています。
契約の成立が争われたケース
これまで見てきたように、契約は「申込み」と「承諾」によって成立しますが、果たして「承諾」があったといえるのかどうかが問題になってしまうケースは少なくありません。
そこで、契約の成立を巡って、2023年に話題になった海外判決をご紹介します。「👍」という絵文字が承諾の意思表示と言えるかどうかが争点となりました。
事案の概要
A社の主張によれば、A社は、令和3年3月26日に亜麻の購入契約を締結し、87トンの亜麻を契約価格1トン当たり669.25カナダドルで売買し、B社はこれを同年11月1日から同月30日までの間に引き渡すこととしました。
B社がこの期間内に亜麻を引き渡さなかったため、A社は、契約違反があるとして、B社に対して損害賠償請求訴訟を提起しました。
これに対し、B社は、契約の締結を否認するとともに、予備的に、契約が締結されたものと認められる場合であっても、当事者によって作成又は署名された契約書面がないため、この契約は法に基づき執行不能であると主張しました。
なお、A社とB社との間の本件売買に当たり、主に穀物バイヤーとして活動していたB社従業員は、A社従業員によって契約書の写メと共に送付された「亜麻契約を確認してください」という内容のSMSに対して、「👍」という絵文字で返信していました。
争点
本件の争点は、①絵文字の利用が契約の承諾に該当するか否か、また、②絵文字の利用が契約書面への署名を構成するか否かです。
本判決の要旨
①絵文字の利用が契約の承諾に該当するか否かについて
➣従来の契約状況
A社とB社は、過去にも、有効で拘束力を有する購入契約であると認識して受け入れたものを、同様のパターンで締結してきている。
具体的には、A社の従業員が、提案された契約と共に「穀物契約の条項を確認してください」とメッセージするたびに、B社従業員は、「OK」、「うん」、「良さそう」と簡潔にテキストメッセージを送っていた。
両当事者は、これらの言葉が契約の確認を意図したものであり、単にB社従業員が契約書面を受領したことを確認するものではないことを明確に理解していた。
➣本件の契約状況
これまでの契約の場合と比べて本件において異なるのは、A社従業員が「亜麻契約を確認してください」という文言を使用していることと、「OK」、「うん」、「良さそう」というテキストメッセージではなく、「👍」という絵文字がB社従業員からメッセージで送信されたことである。
B社従業員は、この絵文字の使用により、単に契約書面ファイルを受領したことを表現したにすぎないと証言している。
➣裁判所の判断
もっとも、裁判所としては、過去の一連の契約締結の経緯に照らすと、今回の絵文字の使用は、過去におけるテキストメッセージに代わるものとして理解するのが妥当であると認める。
よって、本件における絵文字の利用は契約の承諾に該当すると判断されました。
②絵文字の利用が契約書面への署名を構成するか否かについて
署名としての利用の可否
前記①に示したような状況下においては、「👍」という絵文字は、「電子形式の行為」であり、承諾を表現するために使用できるものである。
B社は、署名は該当する者の身元を確認するために不可欠であるため、絵文字の使用では足りないと主張する。
たしかに、署名は本人確認と合意の確認を意味するものであるが、このことによって絵文字の使用が妨げられるわけではない。
また、B社弁護士は、単純な絵文字に身分と承諾を示す機能を認めることは、様々な異なる絵文字が何を示すのか、たとえば「👊」や「🤝」という絵文字が何を意味するのかについての解釈を求める多数の訴訟が提起されることを許す結果になるとの懸念を示している。
しかし、裁判所は、技術や一般的な使用法の流れを阻止することはできず、また、するべきではない。
署名としての要件充足性
残る問題は、「👍」という絵文字が、本件の特殊な状況において、1978年物品売買法の要件を満たすのに十分であるか、すなわち、「👍」という絵文字が「署名」を構成するのかどうかということである。
これまでのA社とB社との間の一連の契約締結の形態に照らした場合、法の定める書面及び署名要件の根本的な目的である信頼性の確保には、問題がない。
したがって、本裁判所は、「👍」という絵文字が文書に「署名」するための伝統的な手段ではないことを認識しつつ、「署名」の2つの目的、すなわち、署名者を特定すること、および、契約を承諾したことを示すために十分であると判断する。
よって、本件では、署名要件は、B社従業員及びその携帯電話から送信された「👍」という絵文字によって満たされていると判断されました。
解説
本判決から学べるポイント
本件判決は、「👍」という絵文字の利用が契約に対する「承諾」に該当する行為であるか否かが争われ、これが認められた点において特徴があります。
B社従業員は、この絵文字を利用した趣旨として、単に契約書面ファイルを受領したことを認めるものであったと証言していたのに対し、裁判所は、従来のA社とB社との間の契約締結の経緯やA社がその後にB社に対して契約内容について特に連絡していなかったことなどを考慮し、「👍」という絵文字の利用が承諾に該当することを認めています。
また、「👍」という絵文字が契約への署名に該当するか否かという点については、絵文字の利用が署名として排除される必要はなく、承諾を表現するものとして利用できることを前提として、A社とB社との間の従来の契約締結の経緯などに照らし、本件ではB社従業員の署名を構成すると判断しています。
日本はハンコ文化であることもあり、契約書が作成される場合には署名・押印がなされることが通常です。
そのため、契約書を送付して絵文字だけ返されたからといって、これによって契約成立と判断されるケースはあまり考えにくいかもしれません。
しかし、今日では、従業員が取引先とのメールやチャットの中で絵文字を利用することも増えてきており、安易に絵文字を使用することによって、取引に関する解釈に疑義が生じる場合もあります。
特に国際取引の場合には、本件のように、従来の契約締結の経緯などに照らして、絵文字の使用による契約の成立が認められる可能性もあることから注意が必要です。
ビジネス上のコミュニケーションであいまいなやりとりをすると、双方が異なる認識を持つことになりその後大きなトラブルに発展しかねません。態度をはっきりと示すことがトラブルの防止につながります。
社内教育としてメッセージの送付方法や契約締結のルールなどを徹底しておく必要もあるといえるでしょう。
普段から継続的に取引をする相手方であれば、取引基本契約を締結し、申込みや承諾のルール(メールや書面のような後から確認できる方法でする等)を事前に決めておくことも有用です。
顧問弁護士に相談しておくことが重要です
契約関係に関する問題は、一度相手方と紛争が起きてしまうと、紛争解決に向けてさまざまなコストがかかるだけでなく、その相手方との取引が事実上不可能になってしまうため、会社の事業継続にも大きな影響を及ぼすリスクがあります。
したがって、契約書の作成はもちろん、契約の相手方との間にトラブルが生じないように、取引は慎重に進めなければなりません。
もっとも、それぞれの取引の実態に合った契約書を作成したり、どんなリスクが考えられるのかを事前に予測したりすることは困難です。
こんなときは、契約書の作成から日々の取引に関するちょっとしたお悩みをいつでも気軽に頼める顧問弁護士に相談してみることがおすすめです。