契約のいろは

契約書の記名押印欄の書き方【代表者以外の記名や押印の要否など】【弁護士が解説】

私たちが契約書チェックのご依頼を受けるときによくある質問です。

この契約書の記名押印欄、先方が「営業本部長」の肩書きで、なおかつ個人の印が押してあるのですが、これは有効でしょうか?

契約書の記名押印欄は「誰と誰との間の契約か」をはっきりさせるために意外に重要となる部分です。

今回は、契約書の「記名押印欄」(署名欄)にまつわる問題について深掘りしていきます。

契約の有効性は契約権限の有無によって決まる

契約の効果を契約当事者本人に帰属させるためには、有効な契約をすることが必要になります。特に法人の場合、自ら手を動かして署名なり押印をするのは人間(自然人)になるため、この人間が行っている行為が本人(法人)に帰属させるためには、契約権限(代表権、代理権)のある者によって行われたかどうかで決まります。

法人の場合

法人の場合は代表権を有する者によるかどうかが判断要素になります。

株式会社であれば原則として代表取締役や支配人、持分会社(合同会社等)等であれば代表社員、医療法人や公益法人等であれば代表理事、といった役員が代表権を有する者になります。

また、会社からその契約の締結権が付与されていれば、取締役や部長、課長といった役職者に付与されることもありえます。こうした人はその職務権限内であれば権限を有することになります。

会社法
第13条 会社の本店又は支店の事業の主任者であることを示す名称を付した使用人は、当該本店又は支店の事業に関し、一切の裁判外の行為をする権限を有するものとみなす。ただし、相手方が悪意であったときは、この限りでない。
第14条 事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人は、当該事項に関する一切の裁判外の行為をする権限を有する。


会社法 | e-Gov法令検索

契約に当たって注意するべき点を肩書きごとにまとめると次のとおりになります。なお、株式会社の場合を想定しています。

代表取締役

会社を法的に代表する立場であるため、問題ありません。また、代表取締役が複数いる場合、どの代表取締役が署名したかを明確にすることも必要です。

取締役

代表取締役設置会社においては、単なる取締役は当然には契約締結の権限はありません。
したがって、契約締結に当たっては契約締結の権限を改めて確認する必要があります。

「営業本部長」などの事業主任者としての肩書き

会社法13条によって、その事業に関して一切の裁判外の権限があるとみなされます。したがって、(権限がないことを知っていたり、知らないことに重大な過失がある場合を除いて)その肩書きに記載のある事業に関する契約であれば契約権限があると考えて問題ありません。

「部長」、「課長」、「係長」など

会社法14条によって、会社から特定の事業に関する委任を受けた使用人であれば契約締結権限があることになります。会社法13条と異なり、「権限があるとみなされる」わけではありませんので、その肩書きの方の署名による契約の場合、その権限について会社の委任状等の確認をする必要があります。

個人の場合

もちろん企業が個人の方と契約することも日常的に行われます。個人の場合「本人」が明確なので、キチンとご本人確認を行ってからそのご本人と契約するのが大原則になります。

しかし、本人以外の方と契約する(むしろ本人と契約締結できない)場合がありますので、注意が必要です。

未成年者

民法改正によって18歳で成年となりました。未成年者と契約をするには、原則として法定代理人(親権者が複数いれば双方)と行うか、法定代理人の同意を取る必要があります。

未成年者が単独でした法律行為は後に取り消されてしまう可能性があります(民法5条2項)。

民法
第五条 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。
2 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。
3 第一項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。

民法

成年被後見人

成年後見開始決定を受けた成年被後見人と直接契約することは原則としてできません。したがって、成年被後見人と契約するには成年後見人と行う必要があります。成年後見人の資格は資格証明書(登記事項証明書)によって確認することになります。

破産管財人

相手が破産者の場合、破産開始決定前に持っていた財産の処分に関する契約は、原則として破産管財人との間で行うことになります。他方、破産開始決定後に新たに雇用契約や賃貸借契約を締結することは破産者本人と行うことができます。

記名押印欄は契約者特定のための重要な項目

記名押印欄の記載は、

  • 契約の主体が誰なのか
  • 誰がどのような資格に基づいて契約したか

が明らかになるような記載方法が望ましいといえます。

たとえば次のような記載ではどうでしょうか。

このような記名押印がなされているとき、その解釈として次のとおりのものが考えられます。

  • BさんがA株式会社のために契約した
  • A株式会社に勤めるBさんがBさん個人の契約をした

いずれの解釈によるかで、そもそも誰に対して契約上の責任を追及していくべきかがまったく変わってしまいます。

  • さらに、①の場合であっても、Bさんが、A株式会社の代表者として契約したのか、その契約の職務権限として契約したのか、会社から委任を受けた代理人として契約したのか、それともまったく権限がなく契約したのかが不明です。
    会社の構成員は今後変わりうるので、将来問題が発生したときに、事情を知っているBさんがすでに会社にいない可能性があります。そのときにA株式会社が契約締結自体を争ってきた場合、商法504条や会社法354条などの規定の問題となり、Bさんに代理権がないことを知っていたかどうかという議論に発展するなど、紛争の火種になり得ます。

したがって、Bさんの立場を明らかにして、A株式会社のための契約であることがはっきりわかる記載方法にしましょう。

のぞましい例

Bさんに代表権があるとき

Bさんに事業に関して代理権があるとき

Bさんが個人事業主のとき

のぞましくない例

署名と記名押印の違い

「署名」とは自筆によるサインのことをいいます。本人が署名したものであれば、その本人がその意思を表示した文書となります。

「記名」とは自筆以外の氏名の記載(ワープロ打ちによるもの、ゴム印によるもの、他人の記載によるもの等があり得ます)のことをいいます。「記名」だけではその本人の意思を表示した文書と認めることができないため、社会通念上、記名に「押印」をすることで意思表示を完結させるという方法を取っています。

法律では「署名」又は「記名押印」という方法が選択的に規定されていることがほとんどですので、署名があれば本来は押印までは必要ないということになります。

民事訴訟法 第228条4項
私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

民事訴訟法

また、契約書の押印は必ずしも実印による必要はありません。もっとも、実印のほうが他人が勝手に使う可能性は低い(「ない」とまではいえません)ので、本人が押したのであろう、本人が押したのであればその文書は本人の意思が表現されたものであろう(二段の推定)という証明力が高まる、という効果はあります。実際に印鑑を他人が勝手に使って契約をしたという紛争は少なくありませんので、押印がどのような印鑑によるものかによって判断が異なることはありえます。

電子署名とは何ですか?

電子署名とは電子化された文書に対して行われる電子的な署名で、以下の点を解決します。

  • 同一性の確認(その文書が改ざんされていないこと)
  • 署名者本人の意志が確認できること(本人が確かにその文書に署名をしたことが確認できること
    (電子認証局会議)

本人の公開鍵による認証がある電子署名がなされた電子文書は、本人によって電子署名されたものであろう。本人によって電子署名された文書があればその内容は真正に成立したものであろう(電子署名及び認証業務に関する法律(電子証明法)3条)という推定が働くとされています。

電子署名及び認証業務に関する法律
第3条電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

電子署名及び認証業務に関する法律

仕組みは非常に複雑ですので、電子署名が実印と同じような効果によって文書の真正な成立を推認させるという結論だけを覚えていただければ結構です。コロナ禍を経て、遠隔地間での文書の電子的やり取りも活発になりました。文書の保管や改ざん防止などを考えると今後電子署名が普及していくものと思われます。